0023 稼ぎ


 妹のそらはケーキを焼く。

 その様子を録画したことがある。

 生地がオーブンで焼かれている間も定点カメラで撮る。

 オーブンの中で生地は膨らんでゆく。

 その様を倍速で見ると、ブワッと膨らんで面白い。


 喜多嶋のミニカーが変化する様は、その時のケーキの凄い版だった。


(うおおォ――ッ! スゲエ……!!)


 ソレは、十桜の肩と並ぶほどの大きさになった。

 屋根を入れると更に大きい。

 スゴイのは、その大きさの量感だけではない。


 前面についている土砂をかきおこすためのブレード部分が、

 カバが口をひらく形に変化していた。

 そう、コレもネコカートと同じような、

 動物と乗り物が合体したような形状になったのだ。


 そいつは、迫ってきた牙ネズミ三匹とイージースライム二匹に突進し、

 ブレードをぶち当ててそのまま前進しつづけていった。

 しかし、そこから脱出した牙ネズミが一匹、莉菜にダッシュして跳びかかった。


「きゃッ……!」


 莉菜が悲鳴をあげた。

 そのときには、ソイツはスコップの刃に刺されて吹き飛んでいた。

 十桜が取っ手のないソレを投げつけていたのだ。


 その速度は、眼を見張るようなものだった。

 肩も軽い。

 投擲力が倍になったのが効いていた。


 『俊足』で『器用』な牙ネズミは、壁にぶつかって落ち、動かなくなった。


「十桜先輩、ありがとうございます」


 莉菜はにこにこしながらぺこりとした。

 十桜は、「ああ……」と生返事して折れているスコップを拾った。 


(……クソッ……失敗した……クソッ……)


「折れちゃいましたもんね」


 莉菜が顔をのぞいてきた。


「ああ、まあ、しょうがない……」


 十桜の頭に祖父が庭いじりしている姿がよぎる。

 それから、高石をぶっ叩いて折ってしまったときや、魔物をこれでやっつけた記憶がよみがえる。


「でも、先輩とあたしを救ってくれたんですもんね」


 莉菜がつぶやいた。

 そうだ、これは命を救ってくれたスコップだ。

 それに、スコップは魔物を倒して宝石に変えてくれた。


(……いや! 修理は無理だろうけど、買えばいいんだ! 俺、お金持ちじゃん!)

 

 今日、モンスターを狩って得た宝石はまあまああったので、スコップぐらいは余裕で買える。

 十桜の生活は、「千円以上のものを買う」ということがレアな行為だった。

 そのため、「壊れたら買えばいい」という単純な発想がかんたんには出てこなかったのだ。


 十桜はホッとして息をはいた。



 0023 稼ぎ



「今日稼いだぶんで買うよ」

「そうですよね、あたしたちいっぱい倒しましたもんね!」


 莉菜はにこにこしながら両手でガッツポーズをしてみせた。


(思い出は、しょうがないかぁ……最初の武器は、うちの柱削って槍を作ればよかったかなあ)


 十桜は、なんでもない祖父との思い出の連続に胸をちくちく痛めながら、母親に勘当されて、家を追い出されかねないことを考えていた。


『旦那ぁ、そりゃあ文明が衰退したあとのサバイバル術ですぜ……!』


 助手がぼそぼそっと口にしたとき、


「それ、直せますよ」喜多嶋がぼそっと言った。

「本当ですかっ!? あ、スキルか! そうか、そういう人に頼めば!」


 冒険者方面のことを思い出した。


「いくらですか?」

「五万円でお直ししますよ」

「五万ッ!?」


 少し考えればわかることに驚いていた。

 直すのにはなにかしらのコストがかかるのだろう。

 このスコップは新品なら、二、三千円だろうが、冒険者界隈で“直す”というのはそういうことなのだ。

 それでも、五万円というのは、おそらくかなりのサービス価格のはずだ。

 さっきまで牙ネズミだった砂山に手を伸ばす。


「それ、いくらぐらいになりますか?」莉菜が手のひらをのぞきこんだ。

「七千円かな」

「大きいですもんね、今日の分あわせれば……直してもらうんですか?」

「ああ、そうしてもらう。直してじいちゃんに返す」


(……あっジャンパーとスウエットも……直してもらえば……)

(……いや……このままにしとこう……)


 全部避けられると思っていた。

 地下一階の攻撃などは。

 だから、せっかく貰ったジャンパーとスウエットを着てきた。

 もう、戦斧のヤツや、ダークナイトのようなヤツはでないと思っていた。

 慢心だった。

 そのことを忘れないために、ジャンパーとスウエットはこのままにすることにした。

 これは、稼ぎがあっても得ることができないものだ。


 十桜は、喜多嶋に折れたスコップだけを渡した。


「数日中にお店のほうにうかがいます。豆大福もいただきたいのでね。お代はそのときに」


 喜多嶋はそういってから「今日は、これからどうなさるんですか?」と聞いてきた。


「俺はもう、帰ろうとおもってるけど……」十桜は莉菜をみた。

「そうですね。きょうは、盛りだくさんでしたしね……」

 莉菜は、ほほ笑んではいたが、その表情にはどことなく浮かない雰囲気があった。


「でしたら、出口までお送りしますよ」


 喜多嶋は袖からまたミニカーらしきものを出すと、ゴーカートの後ろに置いた。


「しっぽくん、よろしく」


 それは、腰の高さほどの、軽トラの荷台のようなものになって、カートの尻尾につながった。


「わあ、かわいい! 遊園地みたいですね~! 乗っていいんですか?」  


 莉菜は胸元で両手を握りしめてそれにちかよった。


「乗るのかっ!?」


 十桜は、なんの抵抗もなく生き死にのあるダンジョンで遊園地の乗り物に乗ろうとしている莉菜につよめのつっこみをした。


「もふもふですよ~!」


 莉菜が猫の荷台をなでると、喜多嶋が、


「どうぞ、お乗りください、土足オーケーですよ」


 といい、彼女は顔を輝かせて荷台のフロアに手をついた。

 すると、胸の逆さ富士がぷるんとゆれ、お尻がぶりんと突き出されたのだ。


「……いや、まあ、なんだ……」

「先輩も乗りましょうよ~」


 莉菜が足を上げようとすると、

 積み荷をガードするためのアオリが、

 むんっとフロアに吸収されてなくなり、彼女が乗り込みやすくしてくれたのだ。


「あ、やさしい~!」


(こいつ、生きてやがる……!)


 生き死にというか、コレに乗ればはずかしいのは必至だ。

 だが、結局十桜は荷台に乗った。


 いろいろくたびれていて、座りたい。

 という欲求にまけたのだ。

 こういうのは、手持ちのポーションでは回復できない。


 ねこカート&荷台の進むスピードは、外にいる猫がトトトトトと、速歩きするぐらいだろうか。


 意外にゆれもすくなく、

 荷台は莉菜の感想どおりにもふもふで、

 十桜のうちの座布団よりも座り心地がよかった。


 莉菜は前を向いて女の子ずわりで乗り、

 十桜は後ろを向いて、

 背中合わせであぐらをかいていて、

 荷台のケツについている、ふにゃんふにゃんゆれるしっぽをながめていた。


 いつ、強烈なモンスターが現れるかわからないダンジョンにメルヘンがやってきた。


 これは、十桜にとって衝撃のできごとだった。

 変な汗がでる。


「探偵やってるのに、こんな目立っちゃっていいんですか?」


 十桜は肩越しに訊いてみた。

 すれ違う冒険者たちは皆、

 十桜たちを見て、UFOを見てしまったかのような顔をする。


 それだけではない。


 魔物が出れば、さっきのカバがすりつぶす。

 ドロップした宝石類は、フクロウ型のドローンが回収する。

 人目を引くのは間違いない。


 喜多嶋は、あははと笑った。


「もう、お気づきかもしれませんが、この子たちは、私のサンライズ・スキルで生まれた子たちなんですけどね、友達みたいなものでね……ダンジョンなんだから、逆に楽しい方がいいじゃないですか」


 それは、質問の答えにはなっていなかった。

 しかし、すれちがう四人組の女冒険者がこっちを見て手をふった。

 莉菜はにこにこと手をふりかえしていた。

 十桜は、遠くなってゆくのにまだ手をふる四人に、

 考えたあげく、

 敬礼してしまっていた。


「……ああ、答えになってなかったですね。まあ、なんてことはないんですがね、私は潜入調査に向いてないんでね。そういうのは、助手たちにまかせちゃおう、ってことですよ。さっきの、高石さんの《Scutum(スキュータム)》にはいってそれを痛感しましてね、なら、まあ、目立っちゃってもいいかなってね」


 十桜は、高石たちが近づいてきたところを思い出していた。


(なるほど……このひと、すげーつまんなさそうな顔して浮いてたもんなぁ……)


 喜多嶋は、高石とその腰巾着たちをそうとう嫌っていて、ストレスMAXだったのだろう。


(まあ……わかる……)


 十桜の頭に、高石の下卑た態度フルコースがよみがえる。


「助手ってあの……」言いかけてやめた。


 先程、高石たちから離れていくときに、

 十桜に視えているマップには、

 召喚術で瞬間的に現れたかのように冒険者の反応が二つ増えた。

 しかし、それをレベル1シーカーが知っているのは変だ。


「あの……?」


 喜多嶋がひっかかるが、十桜は、


「あの~、ワトソン? みたいな……探偵の助手の……」


 完璧にごまかした。


「あぁ、くノ一の子たちがね、いまして、優秀な二人なんですけど。いまさっき来てもらって、高石さんをギルドに連れて行ってもらっているところです」

「くノ一っているんですね~、かっこいい」


 莉菜はたのしそうに言う。


「そうなんですよ~、ドジなところもあるんですけど、しっかりしている子たちでね」


(どっちだよ)


「まあ、私たちが荒事をせずに剣と彼を回収できたのは、三日月さんのおかげですよ。三日月さんは、レベル1なのに、まるでそうは感じさせない実力をお持ちですね。しかし、私のようにレベルを下方に偽っているようには思えない。正直、驚きました。そんな冒険者を私は見たことがない」


(やっぱり、上書きしてたか)


 喜多嶋のレベル表示には違和感があった。

『レベル25』という文字表示が微妙に薄く感じられたのだ。

 おそらく実際のレベルは40前後だろうと十桜は思った。

 しかし、それは北斎ダンジョンにおいての話で、基本レベルはもっと上だろう。



【基本レベルってなあに!? 大公開! 助手が教える基本レベルの話でやんすっ!】


 なんとぉ! 冒険者、基本のクラスレベル、サブクラスレベル、スキルレベルなどは、全てのダンジョンで共通のものではないのでやんす!


 これは驚きでやんすねぇ!


 例えばぁ、馴染みのダンジョンAでレベルが40だったとしても、初めて入るダンジョンBではぁ、レベルが半分に減りまくりで、レベル20からのスタートとなってしまうのでやんすぅ!


 ですけどご安心を!


 またダンジョンAに戻りますとねぇ、そこでのレベルは40のまま変わらんのでやんすよォ!! 


 このぉ、最大数のレベルのことを~“基本レベル”といいます!

 ダンジョンAでのレベルが最大レベルだったとしてもぉ、ダンジョンBで最大レベルが更新されれば、それが“基本レベル”に変更されるのでやんすよぉ!


 あっ、ちなみに、地上でのレベルは基本レベルと同じでやんすからね!


 おっ、水玉くんも、わかりやすい! とうなずいてるでやんすんね!

 以上、助手の『全冒険者お役立ち情報局』でしたっ!


 では次回ッ!


 貴様の脳天に突き刺されッ!


《星屑流星かかと落とし――っ!!》


 でやんす~~っ!!


 ……あっ、次回は北斎町町内会館からお送りするでやんすぅ~!!


(そんな予定ねーだろ……)






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