0022 喜多嶋探偵事務所
自分を追って来る反応がある。
十桜はフ~と息をはき、体の力が抜けた。
なのだが、胸がざわついていた。
(……まさか、初日に来るなんてな……あんな大げさな連中が……)
莉菜と、その周辺のことで頭を悩ませてしまいそうになる。
(……しかも……)
十桜は腹の辺り見た。
ため息が漏れる。
ざっくりと切れている。
北斎拠点ジャンパーとスウエットが……
(これは俺が悪いなあ……)
なるたけ速歩きする十桜は、
大きく息をはいて、
これ以上、気持ちが落ちこんでしまわないように、昭和のアニソンをこころで唄った。
例えば、
「俺は、ロボットだから涙を流さないけど、操縦者である君の友情はわかるぜ!」
みたいな歌だ。
これはハイテンション間違いない。
しかし、ねこ顔のファンタジーは嬉々として眼前に踊りだし、空気を読まなかった。
『いやあ、旦那の戦い感服いたしましたぁ! 直感と思い切りのよさ! そして去り際! あっしは痺れましたねぇ~! ……あっ、違う違う!』
助手は頭を振ると、お宝の地図を出した。
『ご用はこれでやんす~!』
助手がじゃ~んと手を広げる。
通路上のねこ冒険者のコマは進んでいた。
済 白の宝珠《なんでもアップ・サイコロ×1》
・
ねこ冒険者→ 群青の宝珠《投擲力+15》
・
スキル《
群青の宝珠を入手。
十桜は《投擲力+15》を得た。
投擲力が30になった。
「おおっ……」
全身がブルっと震えた。
少し熱い。
『……まあ、それは置いといてぇ、あっしは痺れたって話でした~! 莉菜様が選ぶわけですよ旦那のことを~~! ハンサムなわけでもなく~、女心にも鈍感で~、身長も平均よりちょい下! なによりも親のすねかじりのフーテンだってのに~! よく、莉菜様は旦那のことを……』
重田たちからどんどん離れていくあいだ、
うんうんうなずきながら語る助手。
気がつけば、十桜はソコに手を伸ばしていた。
「……オマエッ言わせておけばぁ――!」
そして、目の前に浮かぶ助手を掴んだ。
『ぎゃッ』
掴めた。
感触があったのだ。
ただの、頭の中の映像だと思っていたソイツが……
『ぎゃあああァァ――! おたすけをオォォオ――!!』
魔法使いのカッコをしたねこ人間の身体をまるごとギュッとつかまえて、ポイッとお宝の地図に投げつけた。
すると、助手がつっこんだ地図に波紋が広がり、
貫通。
助手は、そのまま通路の向こうにびゅーんと飛んでいった。
そして、通路の床、壁、天井に、五回ぶつかって跳ね返り、
最後は、また地図をぽもんと貫通して十桜の目の前に戻った。
「おまえ、さわれるんだな……」
『……うぅ……かたじけない……』
「あれ、いま妖精さんが飛んでませんでした?」
後ろから追いかけてきた莉菜がいった。
十桜は横に並んだ莉菜に「気のせいだろ」と何事もなかったかのようにいって歩きだした。
莉菜にはネコ顔の助手のことは言ってあるが、
いまはいなかったことにした。
しかし、
(これは……)
後ろから高速で迫る反応があった。
さっきの冒険者だ。
十桜はすぐに振り返ることはしない。
――ドルルル
こころなしか、かすかにエンジン音が聞こえてきた。
周囲が明るくなっていく。
「妖精さん、私にも見えたような気がしましたよ、三日月十桜さん」
背中から声をかけられた。
海底に落としたゴマ粒を、見つけ出してしまいそうな、低く鋭い声。
思わず振り返ると、
そこには、奇妙なカートに乗ったおじさんがいた。
十桜はすぐに前を向き、(ダンジョン・エクスプローラー、オフ、オフ、オフ!)と内心で唱えた。
『旦那ぁ、またのお越しを~! でやんす~!』
ねこ魔道は演劇のような深いお辞儀で、
みずたまくんはどこから出したのか、ハンカチをふっていて、
目の前のマップがパソコンのシャットダウンのような風情で閉じた。
同時に、眼にともるほのかな明かりもしぼんで消えた。
それから、また後ろを振り返ると、
「な、なんで……?」十桜の口がぽかんとひらいた。
「かわいいっ!」莉菜もかわいい。
喜多嶋は、遊園地のゴーカートに乗っていた。
今日は、お父さんハロウィーン仮装でテーマパーク遊び放題みたいな風情なのだ。
だが、その乗り物の姿は変わっていて、
化け猫がマシンに化けているんです。
そんなボディだった。
カートのボンネットが猫の顔になっていて、
全体が茶トラのフサフサな毛で覆われ、
さわったら気持ちよさそうだった。
「驚きでしょうが、この子に害はないですよ」
キタジマが言った。
『むぅ~……あやつ、あの猫車……あっしのライバルでやんすか……!?』
ねこ顔のハロウィーンコスが腕組みをする。
その『ライバル』という表現はそんなにまちがってはいないだろう。
(ていうかテメエいま帰ったろうがッ!)
どこに帰ったのかはわからないが、
ほんのいまさっきシャットダウンしたはずの助手は、
さっきまでと同じ、現実の映像にデジタル情報を合成した、拡張現実のように十桜の視界に浮かんでいた。
『まあ、こまけーことはいいじゃないですか~!』
なので、それは置いといて、
「……冒険者の装備なんですか?」
「なんというか、私のスキルで生まれたものでして」
「へ~! こういうこともできるんですね~……――」
「ええ、私も日々驚かされています……――」
莉菜とキタジマが話している。
動物カートはスキルだと彼はいった。
しかし、
さっきまでの《ダンジョン・エクスプローラー》には、スキル反応どころか、魔法反応もアイテム反応さえもついていなかった。
ならば、
(俺の知らない……サンライズ・スキルか……地上の普通のヤツ……)
『旦那ぁダンジョン・エクスプローラー・低燃費モードつかいやすか?』
(そんなのあんのかよぉ、目ぇあんま光らんのか?)
『やんす! さすが旦那ぁ、物分りが早いっ!』
(それでいこう……《ダンジョン・エクスプローラー》)
『《低燃費でGO!》 でやんす!』
助手が声をあげたあと、おでこ辺りを掻くふりをした。
手に映る光の反射は、通常の何分の一にも抑えられていた。
視える範囲は半径5メートル程だ。
これで、十桜のかっこよさが目立たなくなった。
キタジマが乗るカートを視詰める。
だが、やはりなんの反応もしない。
(……それはいいとして、問題は……)
「……三日月さんは、何のようだ? そういう顔をしていますね。そりゃあそうですね。まずはじめに……」
喜多嶋はそう言うと、
のろのろ歩かせていたカートを停めて降りた。
それから、名刺を十桜と莉菜にわたしてきた
「私はキタジマ ヒデキと申します。見ての通りの冒険者ですが、ギルドの雇われ探偵みたいなこともしているんです」
名刺には、『 喜多嶋探偵事務所 所長 喜多嶋 秀喜 』とあった。
十桜は、その名前と活躍は知っていた。
冒険者界隈では、変わり種事件専門の探偵事務所として名が通っていた。
0022 喜多嶋探偵事務所
「俺のことも調べたんですか?」
彼は十桜のフルネームを知っていた。
莉菜に下の名前は呼ばれたが、名字は誰も言っていないはずだったし、魔法やスキル、アイテムの通常鑑定では冒険者の名前を知ることはできない。
「ええ、昨日のPKを捕らえたのは三日月さんですよね」
十桜は言い当てられてドキリとした。
PKというのは『プレイヤーキラー』の略称だが、
自分たちとギルド職員しか知らないはずの、
しかも、昨日のことをもう知っているのだから。
こういうのはやはり、内部のリークがあるのだろう。
十桜は、驚きを顔に出さないようにしながら話した。
「……足に引っかかって勝手にころんだところをね、そうしました。すごく調子悪そうだったんで、ぼくでもなんとかなったんですよ」
といってはみたが、
さっきの高石とのバトルを見られたのだから、
能力の誤魔化しなんてできないだろうが……
「なるほど。で、その場所にいたPK、プレイヤーキラーの被害者が、日向莉菜さんですね」
「あ……はい……」
莉菜も、あまりリアクションをとらないようにしているようだった。
十桜のことを調べたのなら、莉菜のことも知っているのだろう。
「……でも、ですね、調べたといっても、日向さんの保護者の方の、依頼を受けたのは私ではありませんよ」
喜多嶋のいうそれは、今朝の来客のことだった。
莉菜の叔母は、興信所に調べさせて、彼女が三日月家にいることをつきとめたのだ。
喜多嶋は「あ、そうそう!」とトーンを急に変えて思い出したという感じで話を変えた。
「……ご自宅の、三日月さんの豆大福、いただいたのですが、とても美味しかったです。小豆の豊かな風味とほのかな甘味をえんどう豆の塩加減が引き立てていて、それを包む生地がもっちりなめらかで……」
フレンドリーな雰囲気の和菓子話に、莉菜ははいりたそうにしていた。が、十桜が、
「で、なんの用なんですか?」
「ああ、そうですね、実は、三日月さんにお礼を言いたくて」
「お礼?」
「これをかんたんに回収することができました」
喜多嶋がそう言って見せたものは、冒険者の大袋から出した《聖剣フレイド》だった。それは、さっきまで十桜が戦っていた高石が使用していた剣だった。
「これはですね……」喜多嶋がさらに続けようとしたとき、
『旦那ァ、においますぜ! 魔物のにおいでさあ!』
助手が鼻をスンスンしていた。
低燃費モード5メートルの射程外でも、
ネコ顔助手は危機を嗅ぎつけていた。
能力完全オフ中の目覚ましモードがあるのだから、それも納得だった。
こちらにモンスターが迫っているらしい。
しかし、十桜はなにも反応をしなかった。
探偵とかいう男に、これ以上自身のスキル情報をあたえないためだ。
「……非情に危険な……おっと、モンスターか」
喜多嶋は進行方向から来る影に気がついたようで、
ローブの袖からアイテムを出すと、しゃがみ込み床に置いた。
ソレは、ブルドーザーのミニカーに見えた。
「カバドーザー、自動運転で頼むよ」
喜多嶋は、ペットを相手にするかのような雰囲気で話しかけていた。
すると、ミニカーはカタカタと走り出した。
かと思えば、
そのボディが巨大化していった。
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