0021 熱


「熱つッ……!」


 目の前で火事がおきたかのように体皮が炙られる。


 これは広範囲を焼くスキルだろう。

 後方、左斜めに壁を背負っている。

 後方の右手、莉菜の方に逃げても攻撃の方が速いに決まっている。 

 避けるには真横か前方、右斜めの方向だ。


(だが……)


 それは読まれているだろう。


 しかし、そっちに避けるしかない。


「イオオオァ――ッ!!」


 高石は、聖剣士に似つかわしくない憤怒の表情を爆発させた。

 そして、炎の剣を二度振り降ろす。


「大火炎十字ギリィィィ――ァッ!!」


 すると、人の幅よりも太い炎の柱がクロスして十桜に迫った。


 身体はすでに動いていて、横に跳ぶ動作にはいっていた。


 だが、


「――二倍だァァァ――ッ!!」


 やはりだった。


 十桜の動きは読まれていて、

 地獄のような叫び声とともに、もう一つのクロスした炎柱が行く手に置かれていたのだ。


 しかし、


 十桜には聞こえた。

 この身を焼き尽くさんとする炎を、切り裂く女神の声が。


 それは、高石の「――二倍だァァァ――ッ!!」のあたりで響いていた。


「――かけてとんではねて、うさぎさんのじゅつ!」


 莉菜の、呪文詠唱の声で震えた空気が十桜の肩をなでる。

 その肩に、あざやかなみず色のうさぎがぴゅんとはねて抱きついた。

 瞬間、ヘルメットの頭に、長い耳がはえて霞のように消えた。


 十桜は身体がすこし浮いたような気がした。

 なので、そのまま跳んだ。


「ノァッ――ッ!?」高石は見あげ、声にならない声をたれた。


 白鎧に金飾りのソイツは、下にいた。


 クロスした炎柱も足元の向こうにあった。

 上昇中、横壁に激突しそうになった十桜は、そこを蹴り、天井すれすれまでいくと、


 ソイツを視た。


 光は、白い兜の頭から伸びていた。


 あとは、落ちるだけだった。

 スコップを握りしめ。


 高石は、剣でなんとかしようとしていた。が、その手は鈍く、もう遅い。


 カァァ――――――――ンッッ


 工事現場の足場から、工具が落ちて、鉄骨にあたったような音がした。


 床にカコンッと、金飾りの白い兜が転がり、

 指のちからが抜けたらしく、剣もすっぽぬけていた。

 高石は、天に祈るような格好で直立。

 十桜はその右側に着地していて、ソイツがゆっくりとこっちを見た。


 その顔面を、


 ――ゴッ


 拳でへこませた。


 深くお辞儀するように、祈るような格好で着地した十桜は、

 低い姿勢からうさぎのように跳び、右アッパーで高石をえぐったのだ。

 スコップは、握っていた手元からポキリと折れていたので、手放して。


「グァッ――」


 高石は尻から倒れて床に肘をついた。

 着地した十桜は剣をひろうと、ソレの持ち主に切っ先をむけた。


 持ち手が熱くなる。


 刃がわずかに振動すると、輝き、収束し、光の刃になって高石の耳スレスレを通り、石の床に突き刺さった。

 剣のリーチは、刀身自体が五倍の長さになっていた。


 元の刃渡りは50センチメートル。

 そこから幅の広い、エネルギー体のように輝く光の刃が伸びているのだ。

 それは、全く重みもなく、腕の延長のような感覚さえあった。


「な、なんで高石さんよりもデカくなってるんだッ……!? ア、アンタ何者だよッ!? 鑑定だとレベル1のはずなのにィ……!!」


 腰巾着その2僧侶が目を丸くして唸った。


「ぐウウウゥウウゥゥ――……」


 手で鼻を押さえている高石は、

 歯をくいしばって十桜を睨み、

 叫んだ。


「……オゥッ、オマエはなんだァァ――――ッッ!? ……痛でぇ、クソォ……お、おかしいだろが雑魚のくせにィッ!! クッ……装備も買えない貧乏人じゃないのかよッ!! なんで……なんでいつも……いつも……俺の方が上なんだァ――ッ!!」


 高石は地面をドンと殴り、「クソ――ッ!!」と吐き捨てた。


 誰も喋らなくなった。

 しんとする空気のなか、


「……じゃあ、また勝負するか?」


 十桜は、つぶやいていた。


 その言葉を聞いてか、高石の眉間がゆるくなった。

 その顔を見た十桜は気がついた。


(……面倒くせえ……)


 再戦だなんて、イヤに決まっているのに、

 ただの気分で、やりたくもない事を申し出てしまった。

 気まずい気持ちだ。


 なので、はい、ごめんね、って感じで拝借していた剣を高石から遠い床に置いて三歩さがった。すると、


「先輩……大丈夫ですか……?」


 莉菜が駆け寄ってきて、斬られた衣服の隙間から、まだ血が付いている肌に薬草をあてがった。


(ち、近い……)


 こそばゆく、いい匂いがして、ドキドキする。

 莉菜は高石に斬られた傷を案じてくれるが、

 実際は大したダメージはなく、

 戦闘中にこっそり使ったポーションで全快していた。

 だが、


(言えない……)


 言えなかった。


 また、しんとなったが、


「……いまから……もう一度しろ……!!」


 高石が、今度は噛みしめるようにいった。


 十桜は、(……ヤダよ……マジ、ムリ、カンベン……)となったので、

 ジャンパーの襟元を正して「ん~んん~ん~♪」と自然に漏れた鼻歌をかまして聞こえないフリをした。


 莉菜が十桜を見詰めた。

 心配そうな顔をしていた。


「大丈夫……」

「はい……」


 小声で言葉を交わすと、


 また、しんとなったが、


「タカッ! 今日はもう帰るぞッ……!」 


 重田は高石に寄ってきて、うめくように言った。しかし、


「うるせー……! だったらオマエがヤルか? 俺と戦え……!!」

「お前ッ……何いってんだよ……もう帰るんだよ……」


 更にしんとしてしまった。


 その静けさを壊したのは、はじめて聞く声だった。

 海底に落としたゴマ粒を見つけ出してしまいそうな、低く鋭い声。


「……高石さん、もう勝負あったんだ。君は、先手をとって彼の肌を斬っただけだ。そのあと君は何度も攻撃をくらった。不思議なことに、君の圧倒的な攻撃と防御の隙間をつくかのように――」


 それは、Scutum(スキュータム)の最後尾にいて、このやりとりにそっぽを向いていた魔術士の男だった。


 高石は立ち上がり彼を睨んだ。


「ぐゥゥッ……! なんでアンタが、口をはさむ……!」

「……君は、スナカワ君の加勢を受けても彼におよばなかった。アレがなかったら、もっと早く勝負が決していたかもしれない」

「なんだとォッ!? ふざけんなッ、マグレだッ! コレは、たまたまこうなっただけでッ、もう一度ヤれば……ッ!!」

「いまのヤリ合いには教訓があった。ダンジョンにおいてレベルと装備は、冒険者を判断する一つの材料でしかないという確かなものが見て取れた。君が負けたのはまぐれでもたまたまでもなく、かなりの実力差があったからだ。もう彼に剣気を向けるのはやめたらどうだ?」


 淡々と話す魔術士に、高石は眉間の皺を深く深くしていった。


「なッ……キタジマァ!! オマエはクビだァ――ッ!!」


 高石の怒鳴り声が通路に響く。

 パーティーの解雇通告を受けても、それでも魔術士はまったく顔色を変えることもなく、また淡々と話しはじめた。


「そうか、ちょうどよかった。調査はおとといで終わっていたんだ。今日、パーティーを抜けるむねを伝えようとしていたところだった」 

「調査だァ!? オマエはッ……ユミカがチクったのかッ!? イヤッ! できるわけがッ……!!」


 高石は、寝耳に水をぶちまけられたような顔になった。

 キタジマと呼ばれた魔術士の男は、ローブの襟首をゆるめて息を吐いた。


「彼女はなにも話していない。君が彼女にした事も無効化したから、いまから何をしても無駄だ……高石誠志さん、私は、ギルドの依頼であなたの調査をしていたんですよ」

「なッ、ンだとォ……!?」

「詳しくは言えませんが、一昨日の探索でのこと、心当たりがおありでしょう?」


 魔術士のその言葉に、


 高石はギクッとなる。

 十桜はホッとする。

 

 なんだかわからないが、

 怪しいおじさんが望まぬ再戦の邪魔をしてくれたのだ。

 肩の力が抜けた。

 スウエットの足は更に二歩さがった。


 キタジマが、無精髭をはやした大人の雰囲気で淡々と語っていると、


「何だそりゃッ!? 調査って……ユミカちゃんがなんだって!? おとといの探索って、おとといはオフだったろッ!?」


 重田は興奮のままにキタジマに詰め寄った。


(……知らない名前出てきちゃったよ……)

(……俺もう帰っていいよね……)


「莉菜ちゃん、ありがとう。もう大丈夫」

「はい……先輩、無理しないでくださいね」


 莉菜は離れ、十桜はまた一歩下がる。

 キタジマは、大男の疑問、質問に淡々と答えていた。


「一昨日の探索は、重田さんと私以外の、高石さんたち四人だけでしていたんですよ。まあ、そこがどこのダンジョンなのかは私のくちからは言えませんがね」


 話が終わると、重田はその巨漢を高石に向けてずんずん近づき、

 ひざまずいて白鎧の肩をゆすった。


「貴ッ様ァ!! なにしたんだァ――ッ!?」


 ぶんぶんされる高石は、「うるさいッ!」ぶっとい腕をはねのける。

 ……いや、はねのけられなかった。

「ふー……」高石は息をはく。

 二人の腕力の差がありすぎたようだ。


「言え――ッ!」 

「……コレ、じゃあ、言えんだろッ!」

「す、すまん……」ぶっとい腕が離れた。

「……ふん、オマエには関係ない……」

「貴様ァ――ッ!!」巨漢が再び刑事ゴッコをはじめると「重田さん!」と莉菜が前に出た。


「あッ……すみません! 莉菜ちゃんにお見苦しいところを……本当に、すみません……」

「あ、私は……あの、お二人はお友達なんですよね?」 

「はずかしいですが、幼なじみの、腐れ縁です……」

「じゃあ……お話し、ちゃんと、聞いてあげてくださいね。つらいときは、きっと……いまじゃなくても、お話し、したいと思うんですよ、だから……」

「……あ、ありがとうございます! こんなヤツの、ために……!!」


 莉菜はせつなそうに、しかし、ほほ笑んでいた。

 重田は女神を見るかのような顔をして頭をさげた。

 アイドルとは、こういうことなのかもしれない。


 一方、十桜は、


「んじゃあ、俺はこれで~」


 なにごともなかったかのように、熱量が高くなった現場に背を向けて速歩きした。それは、かなりの速さだった。


「あ、先輩待ってくださいよぉ……元気だしてくださいね……やまない雨は……」


 莉菜は、まだ重田たちに声をかけていた。

 十桜がズンズン進むと、マップから人の反応が消えた。

 話し声もかすんでゆく。

 こころなしか、ダンジョンはさっきよりもひんやりしていた。


(……なんか寒いなあ……)

(すげえ静かだ……)

(……あれ……暗くない……?)


『あっしが居やすよ旦那ぁー!』


 ダンジョンに冬が来たのかな? そう思ったとき、青白い眼に、


【エンチャンター(かわいい)】が映り、歩くよりも早い速度で近づいてきた。



 0021 熱






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