0020 聖剣対成長


 十桜はすでに動いていた。


 剣が抜かれる前には。


「タカッ! やめろ!」

「えっ? ホントにやっちゃうの高石くん! ちょっとぉ、お兄さん謝まったほうがいいよ……!」

「高石さん無茶ですよぉ、その人死んじゃいますよ……」


 大男が静止し、腰巾着その1とその2がうるさい中、


 斜め後ろへの《バックステップ》を発動。

 この、シーカーのスキルによって、放たれた刃を斜め後方に避ける。


 そのはずだった。


 だが、剣が抜かれた途端、


 キキキキキキキィィィィ――


 光が放たれた。


 白銀の刃は、殺傷距離を拡大させた。

 それは“光でできた刃”とでもいうようなものだった。

 50センチ程あった刀身が、

 両手で持つ剣よりも凶暴な刃渡りになり、

 十桜の衣服、肌を斬り裂いていた。


 腹から胸にかけて斜めに赤い線がにじみ、熱がジワリと刺さる。

 痛みへの耐性がなければ、それだけで気絶してしまいそうな裂傷だった。


(伸びたッ! 三倍ッ……!? 殺す気かよッ!?)


かわしたッ!? なんでェッ! 何やったァッ!?」


 高石が信じられないッ!?

 という声をあげた。


 周りのうるさかった連中は、


「………」


 完全に黙ってしまった。

 十桜は彼らの予想を裏切ったのだ。


“高石がザコを瞬殺するだろう”という予想を。


「バックステップだとォッ!?」


 高石は距離を詰める。

 踏み込む。

 袈裟斬りを放つ。

 十桜は剣の軌道に合わせるように、

 紙一重でソレを躱し、バックステップで距離を取る。


「なッ!? 何が起きてるーッ!?」


 高石は更に剣を出し続ける。


 まるで、


 当たれッ! 当たれッ! 当たれッ!


 という声が聞こえてきそうな雑で粗野な振り方。


「クソッ! なんだッ!? クソッ!!」


 ヤツは、振りながら口元でぼやいている。


“欲しい【SSR】が出るまで回し続けてやる”


 そういう顔をしている。

 立派な聖剣士の装備から、その表情だけが浮きあがる。

 最初の余裕は幻のように消えていた。


 しかし、


 十桜にもわずかに焦りがあった。

 避けることはできるが、攻めることができないのだ。

 光りのスポットがまったく視えない。 


 ヤツの斬撃速度は、昨日のダークナイトほどではない。

 十桜も、昨日よりスピードアップしている。

 だが、高石の振る聖剣の刀身は1.5メートルはある。

 ツバと握り、腕の長さを足せば2メートルは越える。


 この2メートルに、今の十桜は追いつけないでいた。


 なので、そのときが来るまで待つことにする。


 十桜は斬撃を躱しつつ、

 行動体力値を密かに回復した。


 ポケットの中に手を入れ、ポーションの容器を掴む。

 手のひらから、微量な《魔素カオス》と《息吹アルモニー》を流し込む。

 すると、パックジュースのような形のポーションの紙容器は溶けだし、青い液体が染み出してくる。

 スウエットに染み込んだ液体は、数秒で気化。

 肌から体内に吸収される。

 このやり方で、HP及び、

 裏ステータスにある行動体力値を回復した。

 

 この行動体力の回復を、高石には見せない。

 夢中になって剣を振るヤツに、回復という選択肢のヒントを与えないためだ。

 

 剣を避けた後、

 次の斬撃が来るまでの間に、

 彼我の距離を詰め、カウンターで反撃。

 そのイメージを頭の隅に置き、十桜はその時が来るのをじっと待った――


「――……なんでだッ!! なんでえ――ッ!!」


 高石は口元でうめく。


 当たらなければ当たらないほど、力は込められる。

 力を込めれば込めるほど、息切れが早くなる。

 

「こッのオォ――ッ!!」


 ヤツの気迫は充分だった。


 だが、その一振りは、

 今までより僅かに鈍いものだったのだ。

 十桜は、その息切れからくる、僅かな“甘さ”を見逃さなかった。


 上段から降りてくる剣を、

 体を外側に反転させることで躱し、

 その勢いのまま、一回転。

 裏拳を決めるがごとく、スコップの刃をヤツにブチ当てる。

 当てた場所は、

 剣のツバと握り手の間。

 そこに黄色い線は伸びていた。

 

「アガッ!!」


 足の小指を、タンスの角にぶつけたような声が聞こえた。

 

 ――カランッ

 

 なにか、金属のモノが石畳に落ちる音も聞こえた。

 攻撃をヒットさせた十桜は、そのまま止まらず、

 さらに回転しながら、

 次のスポットを狙った。

 そこは、兜と鎧との繋ぎ目。

 黄色い線に、


 差し込む。


 瞬間、腕を何かに掴まれた。

 それは、黒く細い影だった。

 影はすぐに消えた。

 だが、青白い片眼には視えていた。


(忍の影技……!?)


 その間に、高石は転がりながら剣を拾い、


「スピードブーストッ」

 

 しゃがんだままスキル使用。

 体をほのかに光り輝かせ、


(ずりィ――!!)


「うオァ――ッ!!」

 

 叫びながら低姿勢からの突き。


(速ァッ!!)


 それをスレスレで避ける。

 その途中、今度は足を掴まれた。

 

「うぐァッ」


 十桜からうめき声が漏れ、

 尻もちをついた。

 高石は突きのモーションから、

 十桜に向き直り、


「ィよぉおおオオオオオォォ――!!」


 剣を振りおろす。


 十桜は横に跳びつつ、

 黄色く光る、高石の膝裏にスコップの一撃を喰らわす。


「グワッ――!!」


 ヤツは膝を曲げてももを落とす。

 そう、膝カックンだ。

 十桜は、そのまま高石の顔にスコップを突き刺したかった。

 だが、どうせ妨害される。

 ならば、邪魔するヤツの射程外まで走り、どさくさでワンチャン決めるしかない。


 なので、


「莉菜ちゃん指輪ッ!」


 莉菜の元に走った。

 スピードアップするためだ。


 十桜と高石の戦闘は、通路を動き回り、長い距離を移動するものになっていた。

 莉菜は、十桜に付かず離れず、七メートルの距離をあけて追いかけてきていた。

  

 十桜は彼女に手をのばし、


「先輩っ……!」


 彼女から受け取ったソレを指にはめた。

 灰色の石がキラリとするオオカミの指輪。

 ステータスの素早さ「18」に「2」が加算されて「20」になる。増えた数字は、たったの「2」だったが、それでよかった。


「素早さ:9」からはじまり、

「白い宝珠+3」

「青い宝珠+5」

「白い宝珠+5」

「シーカーにクラスチェンジ+1」


 そして、


「オオカミの指輪+2」


 を足して、


 素早さの合計 25



『おめでと~ございまあぁ~~すッ!!』


 花吹雪が舞った。





 0020 聖剣対成長





『十桜の旦那の素早さが合計25以上になりましのでェ、ボーナスポイントをプレゼントおおォ~~!!』


 場違いに明るい声が頭に響く。


 拡張現実のようなネコ顔の助手が、

 ザルから細かいピンクのなにかを撒き散らす。

 その周りをみずたまくんがぴょんぴょん浮かれてメリーゴーランド。

 そんな、余計な演出がはいっているあいだにも、


 すぐ側にまで迫っていた刃の横薙ぎを、

 莉菜を抱きしめ、

 そのまま跳んで回避。

 確実に身体は軽くなっていた。


『そのボーナスとしてぇ、素早さの値がさらに+10されましてぇ、旦那の素早さの称号がァ、《小学生の本気チャリンコ漕ぎ》になりまぁ~したァッ!!』


 眼前では、無駄に明るい助手の祝辞と同時に、凶暴な斬撃が瞬いていた。


 その光り輝く幅広の刃は、十桜が一人で避けてしまえば、莉菜をも傷つける残影を描いていたのだ。


「イヤッ! これは、違うッ!!」


 ハッとなった高石が慌てた様子で叫んだ。


 レベル1を相手に、まさかの苦戦をしているヤツは、莉菜に攻撃を当ててしまいそうになるほど頭に血が昇っていたらしい。


「タカァッ!! テメエー何しやがんだァ――!!」


 重田が吠える。

 高石のパーティーも莉菜と同様十桜たちを追ってきていた。


「オォ……! オマエが彼女のそばに逃げるからァァ――ッ!!」


 高石は十桜に責任転嫁して吠えた。


「大丈夫か?」

「大丈夫です! せんぱいは……?」

「アイツにだけは負けないッ」


 十桜は、莉菜とともに倒れている姿勢を起こし、

 床に落としていたスコップに跳びついて立ちあがった。


 その時には、光る刃は、


 ヘルメットの頭めがけて振りおろされていた。

 しかし、いまなら余裕で躱せる。

 はずだったのだが、


「うォッ――」


 こんどは左足をつかまれた。

 床から生える黒い手だ。

 射程外に出る作戦は失敗した。

 ならば、コイツも相手にする。

 

「このォ!」


 十桜は、ガッチリ固定された左足を起点に、

 半身を後ろ側へ回転。


 降ろされた刃を避ける。


 が、切り返しが来る。

 ソレを尻もちをついて回避しつつ、

 先程と同じにスコップを回転させて、指を狙う。

 だが、そこへの光は通ってなかった。

 回転は止められず、ヤツの持ち手、指を狙うが避けられてしまい、スコップは空を切る。


 高石は、口端を吊りあげていた。


 光の刃が、頭に、一直せんに落ちてくる。

 掴まれた足は動かせない。


 瞬間、


 この場に不似合いな、くまのぬいぐるみが、

 背中の『GUILD北斎拠点』ロゴに抱きついた。


 全身が黄色く輝く。 


 力が満ちた。


 自由を奪われた脚に全力を込める。

 光はその脚に収束。


 おもいきり蹴りあげ、オーバーヘッドキックのようにゴロンと後転。

 足首を掴む、真っ黒な腕を釣りあげたのだ。


 そいつは、ゴム人間の腕のように床からびろーんと伸びて、

 落ちてきた光の刃に真っ二つにされた。


「痛でえええええええエエエェ――――ッッ!!」


 叫び声があがる。

 それは、巨漢重田の、後ろから聞こえていた。

 チャラ盗賊の悲鳴だった。


(やっぱりダメージがいった……)


 影技の一手目から、ソイツが使い手だと視えていた。

 しかし、それは純粋な忍者のスキルではなく、チャラ盗賊が装備した篭手のアイテム効果によるものだった。


「……なんで俺がッ!?」


 高石は、吐き捨てるように意味不明な事を言うと、

 口に手をあて何かを飲み込んだ。

 そして、


「……何なんだオマエェァ――――――――ッ!!」


 怒り叫ぶと、剣の刀身が燃えだした。






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