0014 エンチャンター(かわいい)


 中からラップに包んだものを出した。


 それをちょいと引っぺがして、その中身を斜め横の方に、

「ほれっ」っと放おった。それは、


「ハムだ」十桜はつぶやき、

「は、ハム? ですか……?」莉菜は聞き返した。


 朝食のサラダにはいっていた薄切りのハム。


「そう、ほら」


 唸りをあげていた犬は、それが気になったようで、剥き出しの歯茎をちょっとしまって、鼻をひくひくさせながら、加工肉の薄切りの方に寄った。


「いまなんかやって莉菜ちゃん」

「あ……」

「そう、エンチャンターなら力つけてさ、あいつを殴っちゃってよ」

「はい……!」


 莉菜は、小声だが威勢よく返事をすると、口元で詠唱をはじめた。


『 ちからづよく だいちにたって まるたのような うでを ふりおろす あなたの いちげきは とうとい なによりも あなたのみかた…… 』


 彼女の手は黄色い輝きに包まれる。

 しかし、その莉菜の姿勢は、光り輝く手は、


「えッ? 俺ェ――ッ!?」


『……くまさんのじゅつ 』


 十桜に向けられていた。


 なのだが、その時には、魔犬は小賢しいハムに目もくれず、莉菜のほうを睨んでいたのだ。


「ウワッ、こいつ贅沢かよ……」


 十桜がぼやいた時には、光る手のひらの手前に魔法円が浮き出した。

 そして、その魔法円の窓から、ちいさなぬいぐるみのくまちゃんが、ちょこんとかおを出したのだ。


 ほのかに輝くくまちゃんは、

 あたりをみわたして、

 だいじょうぶかな? ってなったから、

 ぴゅんっと石畳におりたんだ。

 すると、

 とことことこと上手にあるいて、

 十桜おにいちゃんのあんよにぽふんと抱きついたんだ。


 すると、


「ウオォ――ッ!!」


 十桜は、寝起きに小瓶の栄養ドリンクを一気飲みしたような、

 しかもソレをおかわりしたような、

 炭酸が身体ではじけるシャッキリ感を味わった。


 そして、両手が、握るスコップがほのかに煌々としているのだ。

 それは、攻撃力の上昇を表していた。

 だが、十桜の中で、炭酸がはじけるあいだも、

 魔犬はとっくに動いていて、「ワオォォォ――!!」と唸りをあげて莉菜に向かって飛びかかっていた。


「キャァッ――!!」莉菜の悲鳴があがった次の瞬間、

 ガギィンッ――、凶暴な牙はスコップの刃を噛み締めていた。 

 十桜は、獣の飛びかかりを莉菜の眼前ギリギリで止めていたのだ。

 おそらく、莉菜の付与呪文によって十桜がパワーアップしていなければ、魔犬を受け止めきれずに、彼女にダメージが通っていただろう。

 

 ギリギリと魔物を受け止める十桜の眼の光が増す。



【魔犬】

 Lv4 HP 38/ 38 MP 3/ 3 AP 7/ 7


 攻撃力 :25   防御力 :21

 投擲力 : 0

 ・

 ・

 ・

『執着心が強い』

『お肉大好き』

『加工品は嫌い』

『俊敏』



 個体情報が更新された。


 スライム同様、『魔犬』というモンスターとしては、昨日すでに《見透し》ていて、頭のなかに基本情報ははいっていた。


(ならっ――)


 十桜は刃に噛みつかせたまま魔犬を地面に着地させ、

 緩めの力でスコップの取ってを後ろに引いた。

 すると、魔犬は噛む力を強めて首を引き、何が何でもソレを離さない姿勢を見せた。


「莉菜ちゃん、俺のメット取って!」

「えっ、ヘルメット……!?」

「早く!」


 莉菜は、言った通りに十桜の頭から原付きのヘルメットをむしり取る。


「それで、紐持ってどこでもいいから殴って! モンスターをッ!」

「はいっ……!」


 彼女はメットのバックルを握ると、振りかぶって、


「ううっ……ごめんなさいッ!!」


 ボコンッと黒い胴体にメットを落とした。

 それでも、そのまま刃に食らいついている魔物は、ダメージなんてほとんど受けていない。

 だが、それでもよかった。


“莉菜が魔物を攻撃する”という経験が必要だと十桜は考えていた。

 ほんの少しでも《経験値》がはいって、“戦い慣れ”するからだ。


「莉菜ちゃん! そのままボコボコにして!」

「えッ!? ……はっ、はいッ!!」


 莉菜は、魔物に謝りながら微ダメージを与え続けた。

 二回に一回は1ダメージが入る。

 七、八発殴ると、魔犬は頭にキタのか、

「ガァッ――!!」と唸ってスコップの刃から口をはなした。


 ヘイトが、

 攻撃対象が莉菜に移ったのだ。

 その一瞬前から十桜は動いていた。

 魔犬の顎の筋肉が緩む所を《視た》瞬間には、しゃがみながら足払いをしていたのだ。

 ガクンッと上半身を落とした魔犬は、しかし、

 すぐにリカバリーして、尻もちをついた形の十桜に飛びかかっていた。


 だが、


 ドンッ――


 魔犬の首に、スコップの刃がめり込んだ。

 ソイツは、鳴くこともなく地面に沈む。

 青白く光る眼には、命の活動を絶つ赤い線が視えていた。


 十桜は足払いをして、地面に尻をつけたときには、上半身を大きく使ってスコップをぶん回していた。

 それは、赤い線に引き寄せられるようにして魔犬を絶命させた。


「ふぅ~……終わったァ~」

「十桜先輩、だいじょうぶですか!? お怪我はないですか?」


 仰向けになっている顔を莉菜が覗き込んできた。十桜の鼻を独特の緑のにおいが刺激する。莉菜は薬草を握りしめていた。


「だいじょぶ。ノーダメージ。……ハァ~、今回……仕留められたな……はぁ、二人ともノーダメージだ」

「ありがとうございます。また救けていただいて……」

「いやいや……」

「十桜先輩、まるで未来が見えているみたいに動いてて、凄かったです……!!」


(そっか……そう見えるんだ……)


「りな、尊敬しちゃいます! 本当に、ありがとうございました!」

「いいよいいよ、パーティーなんだから。そういうもんだろ? あの呪文、たすかったし。あれがあったからノーダメで勝てたんだよ」

「えへへ……そう言ってもらえると……あの子、くまさんの子、かわいいですよね……お役にたてて……」


 ほほ笑む莉菜は、話途中でハッとしたような顔になり、


「あれ、あッ! レベルがあがったぁ! 十桜先輩! あたしレベルがあがりましたよ!」


 莉菜は、大喜びではしゃいで、まあるい富士山も弾けるようにブルンと動いていた。

 十桜の眼にも彼女の表示は視えた。



 クラス:エンチャンター(かわいい)


 Lv2 HP 31/ 31 MP 24/ 31 AP 9/ 12




 莉菜が申告したとおりレベルが一つ増えていた。

 しかし、エンチャンターの後の(かわいい)については何も知らない。


 この追加表示のことは、今朝ダンジョンに入るときには、十桜は気がついていたのだが、来客のインパクトでごちゃついてて彼女に聞きそびれていた。


「その、カッコかわいいってのは、なんだろ?」

「あ、これ、今朝気がついたらこうなってたんですよ」

「きのうは、なかったよな」

「はい、きのうまでは、魔法の名前も《アタック・ライズ》でしたし……」 

「くまはなかったの?」

「その、《アタック・ライズ》がなくなっていて、《くまさんのじゅつ》と置き換わっているみたいで」

「これは……」

『あっしの出番ですね!』助手は浮上した。

「……聞いたことあるぞ!」十桜はいきいきとした。

『あれぇ~あっしの役がァ~……』助手は沈んだ。十桜は説明を続けた。

「ある日、クラスやスキルが変化することがあって、それは……」

『なにか、吹っ切れたり、壁を突破したりしたときでやんす!』

「なにか、吹っ切れたり、壁を突破したりしたときに起こるとか」


 莉菜の知らないところで、十桜と助手はハモっていた。


「それって……今朝の……」莉菜がつぶやく。

 それは、莉菜を訪ねて来た客とのやり取りのことだ。

「そうかもな」

「あっ、あたし、きのうの夜もすっきりしたような気がします。いつも寝起きがわるいのに、今日はすぐに起きられたんですよ」

「あぁ~やっぱ、きのうの夜のは夢じゃあなかったんだな?」

「ぁ……えっと、あの……あたし、おかしかった、ですか……?」

「いや、まあ、かわいかったよ」

「えぇ~! あんまり、覚えてなくて……でも、その……十桜先輩に、なんか、言ったような……はずかしい……!」



 0014 エンチャンター(かわいい)



 莉菜は、顔を真っ赤にしていた。ただ、昨夜のことが、今朝の来客とのやり取りにつながったのだと十桜は思った。


 それはさて置き、


『まだ、さて置くでやんすかぁ! あっしは、今朝のお客人について話したい! あっしは――』


 それはさて置き、


「まあ、レベルもあがってよかったよ」


 十桜は、莉菜に魔物を殴らせたかいがあったなあ、としみじみした。

 のもつかの間、


「あれ、ちょっとまてっ!! 俺は!? 俺のレベルはァッ!? やっぱ上がんねーじゃん!!」


 となった。


 おかしい。


 やはり、十桜はレベルが上がっていないのだ。

 これはかなりおかしなことだった。


 十桜は昨日の戦闘で、

【戦斧の男】にとどめを刺し、

【魔犬】を血だらけになって気絶させ、

 レベル31の【ダークナイト】をも、《強烈な気絶》状態にさせたのだ。


 今日は【ソフトライトスライム】と【魔犬】を倒した。


 冒険者は、戦いの中でなにかしらの貢献行動をとれば、ほとんどの場合経験値を得る。

 それが一定以上に溜まれば、レベルが上昇し、力や体力、すばやさなどのステータスがあがり、新たなスキルを覚えることもあるのだ。

 その大事なレベルが一向にあがらない。

 魔犬やスライムはともかく、強敵の戦斧の男を倒し、ダークナイトを気絶させたのだ。

 なのにレベルがあがらない……


(経験値は……いまのヤツの分しかない……)


 十桜の眼前にホログラムのように浮かぶステータス表示に、魔犬を倒した分の経験値「25」ポイントが加算されている。


 しかし、助手の小型版みたいなやつが突然二匹現れて、

 経験値の「25」を、「2」と「5」に分けて、

 それを一匹ずつ持っていってしまい、

《ダンジョン・エクスプローラー》の表示の横に現れたドアに入って閉めてしまったのだ。


「俺の25ォッ!!」


「25」あった経験値表示は、「0」になってしまった。


 これに、


『や~っと説明係長であるあっしの出番でやんすね~! このままあっしまで無職になっちまったらどうしようかと思ったでやんすよ~』


 と、助手がしゃしゃり出てきた。


 しかし、十桜は独り言が止まらない。


「これは、まさかあれか!? 俺のサンライズ・スキル《ダンジョン・エクスプローラー》に吸収されてるんじゃあないのかッ!? いま得た経験値がァ――ッ!! スキル表示の真横によお、どこでもドアみたいなのが開いて『2』と『5』が入ってったんだからよォ~! こんな特殊で強力な技だからなぁ、なんか、縛りというか、マイナスがあるんじゃあないかと怪しんでたらよォ~ッ! そういうことかよォォ――ッ!!」

『なにィィィ~~~~!? なぜわかるしぃぃeeee! どんな理解力じゃんッ!? あんた名探偵じゃんッ!! もはやあっしいらねーじゃんッッ!!』


 助手は、地面、というかマップに前足と膝をついて、ガクッとなっていた。


「んで、《ダンジョン・エクスプローラー》は『樹木』で、経験値が『水』とか『日光』なんじゃあないのか――ッ!! 本来、俺の冒険者レベルを上げるはずの、経験値がァ、スキルの成長に吸われてるんじゃあないのかあァ!! ねこ顔の助手はよォ、昨日のダークナイトの経験値でェ、スキルが成長して出てきたたんじゃあないのかあァ!?」

『ギク――ッ!!』

「つまりィ、こいつはァ、すげええスキルではあるけれどぉ、その代わりぃ、俺自身の『レベル』はあがらん! そういうことか――ッ!!」 

『……ええ、そっすよ……おおむね当ってますよ……おおむね……』


 助手はそっぽ向いてふて寝していた。まんまるのみずたまくんをまくらにしいて。


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