0013 パーティー結成

※来客の話は、今回からはじまるダンジョン探索二日目の最後の最後に公開します。

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 ――玄関の呼び鈴が鳴った。


 予期しない客が来た。

 そしてひと悶着あった。


 それから三十数分後、人生いろいろだと思った十桜は外に出た。


 すると、空はどんより曇っていた。

 雨が降りだしそうな天気だ。

 しかし、ダンジョンは昨日と変わらぬひんやり具合で、たいして寒くはなかった。


 目眩はない。


 今日は入り口から片目を閉じていた。


 十桜の左目はぽーっと輝き出す。


「溜まり」では、相変わらず、「……無課金プレイヤー……」

 陰口が聞こえる。


(もっと小さな声でいいなさいよ……)


 しかし、


 いま、後ろにはもう一人のパーティーメンバーがいる。

 それだけで、噂されることがどうでも良いと思えた。


 溜まりから真ん中の通路にはいる。

 そのとき、後ろを歩く莉菜に確認した。


「こっからモンスターが出るからね」


 彼女もレベル1だから、ほとんど戦闘らしい戦闘をしてないはずだ。


「はい……! がんばります……!」

「よし、いこう」


 十桜が前を向くと、


「先輩、目きれいです」


 莉菜が言った。


「右目は大丈夫なんですか?」

「大丈夫」


 そっちの目の端に、無頼漢みたいな傷痕が眉毛から目の下まで走っている。

 しかし、傷があるから右目を閉じているという訳ではない。

 左目を開けているほうが見えやすく楽だから、というだけのことだった。

 こっちが利き目なのだろうし、視力もよかった。


「緊張しますね……」


 十数歩あるくと背中から声がした。


(昨日はどうだったんだろう……?)


「俺も緊張してる」

「せんぱいも……?」

「俺がちゃんとやってるか、うちの母ちゃんが見に来そうで怖い……」

「あはははっ」


 背中で笑い声が聞こえたとき、十桜は彼女の横に移動していた。


「先輩?」

「モンスターだ」


 左折する通路で、ピンポイントに濃い霧が発生していた。

 十桜の前、三メートル先にソイツは出現した。


「イージースライム」十桜はつぶやいた。


 二人の前にピョコピョコと青い半透明なまんまるが跳ねている。

 自動車のタイヤくらいのソレが、ピョンッと弓なりに襲いかかってきた。

 胸に向かってきた楕円のソレを、スコップで突く。


 ブヨオ~ン


 ソイツは腕に重みを残し、へこみながら着地。



【ソフトライトスライム】


 Lv3 HP 16/ 17 MP 0/ 0 AP 5/ 5

 

 攻撃力 :7   防御力 :10

 投擲力 :0

 ・

 ・

 ・


 青白い眼は、すでに情報の八割を映していた。

 それは、昨日のダンジョン《見透し》時に、読み込んだモンスターの基本情報だった。


 おかげで、ソイツの動きが初めからスローに視える。

 なのだが、十桜はちょっぴり悲しくなった。

 スライムのHPを1ポイントしか減らせてないのだ。

 ダンジョン最弱のモンスターとされている相手にコレだ。


 しかし、


『距離感が近い』

『強がる』

『舐めプしがち』


 などの、個体情報が更新される。その時には、


 ぴょ~~ん


 スライムは、十桜のはるか頭上に跳ねていた。

 おそらく、スライムにお粗末な攻撃力を舐められたのだろう。

 ソイツは、ゆっくりと十桜めがけて落ちてくる。


 その腹に、赤いスポットを生やしながら。

 おかげで、レベル1のスコップ剣士は、得物を構えて待つだけだった。


 ――プスゥッ


 空気の抜けたような音がした。

 落下してきて、腹の奥(はたして腹なんだろうか……)まで刃が突き刺さったソイツは、力なくドロっと崩れて、床にボトッと落ちて動かなくなった。


「すごいです先輩! こんな簡単に……!」

「いや、まあ、スライムだから……」


 莉菜は大げさに喜んでくれる。

 大したことをやったわけじゃない十桜は、それでも気分がよかった。

 しかし、

 とてもじゃないが、自分が最弱のザコモンスターに舐められていた。

 なんてことを言うことはできない。。。


 十桜はふ~と息を吐くと、ぐづぐづになっているスライムだったモノを眺めていた。


「どうしたんですか? せんぱい」

「まあ、見てなよ」


 そう言って十数秒が経つと、誰かが床にぶちまけてしまった大量の水飴がサラサラと砂に変わっていった。


「わっ、すごい……! あたし、初めて見ました……!」


 絶命したモンスターは、だいたい25秒から50秒程でこうして砂に変わる。

 その中に、小さな宝石が一つ顔を出していた。

 水色のソレを拾って手に乗せる。


「5000円くらいかな」

「きれいですね……」

「上がったら分けよう」

「いいんですか?」

「バンドの解散理由は?」

「音楽性の違い?」

「お金じゃないの?」

「え~そうなんですかぁ?」

「きみの方が芸能界でしょ?」

「いえ、わたしは……端っこのほうで体育座りする感じでして……」

「あははっ、なんだよ端っこで体育座りって……」

「えへへっ……」


 ちょっとおしゃべりしてまた歩きだした。

 初戦はなるべく十桜が戦い、莉菜に実戦を見てもらおうと考えていた。

 なので、次が来たら彼女の番にする。


(あのヤツさあ、初手でジャンパーのロゴを狙って来たよなあ……)

(人をナメるわ、酷いスライムだよホントウに……)


 歩いていると、遠くでスライムの反応を見かける。

 すると、さっきのスライムのことが思い出され、十桜の被害妄想が爆発していた。


 頭に血がのぼる。

 お気に入りになった北斎拠点ジャンパーのファスナーをすこしさげる。


 左胸の『GUILD北斎拠点』のロゴを見ると勇気が湧いてくる。

 背中にも同じロゴが大きくついているので、背骨の骨髄が熱い。


 後ろを歩く莉菜は、昨日とはすこし形が違うジャケットを着ていて、人目がなくなるまではフードを目深にかぶっていた。


 いまならわかる。

 彼女はタレント活動をしているので、顔を見られたくなかったのだ。

 ヤング系漫画雑誌を読む男ならピンとくる顔のはずだ。

 二十代三十代の多いこの冒険者界隈での彼女の知名度は、世間のそれよりも高いだろうし。


「莉菜ちゃん、ちがう装備もあったんだね」肩越しに話しかける。

「二着買うと安くなるやつだったんで……十桜先輩は、ギルドで頂いたのを気にいってるんですね」

「ああ、最高さ」

「うふふっ」


 ギルド職員ジャンパーを手にいれたいま、十桜は冒険者になってよかったと本当に思う。

 しかも、闇に流れたモノや偽物なんかではなく、職員から貰った純正の正規品なのだから。


 だから、あとはなんでもよかった。


(満足だぁ――……!)しかし、そう思ったとき、


 魔犬が床に沈む姿があたまによぎった。

 昨日のアレはなんだったのだろう?


(……いや、俺、満足だし……アレはまあ、ああいうものなんだろう……) 


 そう、魔犬のことは置いといて、もう、なにもすることがなかった(実際は、冒険者として働く姿を母に見せる。という役割があって、そのためにこうしているのだが)。


 これからどうするかな~? と、ぼんやり考えながら歩いた。

 おなかがぐ~~となった。

 考えていると腹が減る。

 朝飯はしっかり食べたのだが、今朝の珍客によってカロリーを大量に消費してしまったような気がしていた。


(ラーメン食べたいなあ……昇龍軒いきたいなあ……)


 欲求がうまれた。

 その時、ひらめいた。 


(ああ、そうか……! 金か……!)


 そう、店のラーメンが食いたきゃ金が必要なのだ。


(好きなものを好きなときに好きなだけ食べられる、金……)

(……だけじゃない。母ちゃんをひざまずかせられるだけの金があれば、ずっとニートでいられる)


 それはもう、ニートではなく早期リタイアだ。


(まぁいいや、とにかく金稼げば大手を振ってラーメンいけんだよなあ……あぁ、ギョーザもいいなあ……チャーハンも食っちゃおうかなあ……)


 家にもお金入れるんだぞ! 


(……まあ、そうすりゃあ母ちゃんも黙るかあ……)


「……って、おまえ! さっきからなんだよっ! てゆうか誰だよッ!?」


 十桜が吠える。


 すぐ横にいた莉菜がビクッとして「どうしたんですか!?」と尋ねてきた。


「あーごめん、いやさ、こんなかに誰かいるんだよ!」


 十桜はメットの頭を指した。

 すると、視界に浮かぶ半透明のマップのうえに、ゲームのキャラクターのような人形が二つちょこんちょこんと落ちてきたのだ。


 その一つは、いたたとお尻をさすっていた。


 そいつは、魔法使いのとんがり帽子をかぶり、マントを着て杖をもつねこの獣人、という外見。

 もう一つはちいさくまんまるな水滴に、かわいい点目と逆三角の口があって、たのしそうにぴょんぴょんはねていた。


 そして、みずたまの横で、帽子とマントを正したねこの魔法使いが喋った。


『失礼しやした旦那ァ! 端的に申しますと、あっしは十桜様の《助手》でやんす!』


 人形劇の人形のように、コミカルな動きをしたそいつの声は、昨日のカーナビと同じ声だった。

 喋り方は、ポップアップしたねこのイラストと同じだ。


(ねこ! おまえ、きのうの、あの……)


「そうでやんす! あっしは、旦那のためにパワーアップしたでやんす! 今日から助手として活躍したくぞんじるでやんす~ッ!!」



「そうか助手か……じゃあ、まあいっか……」

「助手さんですか?」

「ああ、そうみたい」


 この人形のような獣人は、昨日のカーナビがイラストのねこと一体化してマイナーチェンジしたものなのだろう。

 そう判断した十桜は、ならば可し、といった感じで歩きだした。


『まあいっかって! 旦那ぁ! それはそっけないでやんしょ!?』

(え? そうですか?)

『敬語はダメだ!敬語はあ~!』

(ああ、じゃあ、なんだ……タメ口で話します……)

『いや、あっしが何者かの説明を訊いてくださいよぉ! いつものような、助手ってなんだよ! 的な軽快なつっこみはないんでやすか!? この能力の特徴を知りたいでしょ~!? 例えば、いまはダンジョンに入るだけで自動的にサンライズスキルが発動する自動モードでお目々ピカピカでやすがぁ、能力のオン/オフができるのでぇ、お茶したいときは能力オフにしてお目々まっ黒になって落ち着けるとかぁ~~!!』


 助手と名乗ったねこは、反応のうすい十桜に抗議して杖をふりまわすが、十桜は、


(ああ、まあ、あとでな……)


 とスルーして、マップに映った魔物に興味をしめした。


(ああ、でも大丈夫かなあ……まあ手をかせばいっか……)


「……犬ころ一匹のやつがいたから。莉菜ちゃんバトルだぞ。がんばれよ」

「え? あたしだけ戦うんですか?」

「いや、まあ、一応ね……」

「一応ですか?」

「莉菜ちゃん、目標はあんの?」

「あたしは……十桜、先輩……は、なにかあるんですか?」そういう莉菜は、つっかえつっかえになって、なにか言いづらそうにしていた。

 彼女とは反対に、十桜は、「俺は、日銭が稼げりゃあいいんだ」さらっといった。

「そう、ですか……あたしは……あたしも、生活費を稼ぎたい、かな……」

「じゃあ、てきとーにやるか」

「適当ってぇ! 冒険者は人助けができる職業なんじゃないですか?」

「いや、そうだけど……モンスター狩るだけでも人助けだからさ」

「う~ん……でもぉ……」

「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ」

「え~~……」


 十桜はすたすたと、角を曲がって目標の犬ころのところへ歩いていく。


 莉菜は「もう! 先輩、もうちょっとやる気だしてくださいよぉ!」と、追いかけてくる。


『って! 旦那ぁ! 旦那はいいよ! そうやって適当ぶっこきながら女の子とプラトニックにちちくりあっていりゃあ~いいんですからよぉぉ――ッ!』


 マップの上で、助手は猫目をおおきくみひらいてカンカンだった。

 十桜はしょうがないなあ、という目をした。


「で、助手くん、おまえさんの目標というか、やりたいことってなんだ?」

『……え? あっしの目標……そりゃあ……』

「あたまのなかの人と話してるんですか?」

「そう、そうなのよ、人っつーか“ねこじん”なんだけど、信じられる?」

「ねこの助手さんですか? うふふ、信じますよ」

「素直だなあ」

「ちがいますよ。十桜先輩だから、信じられるんですよ」

「え~過大評価だろ~そいつは~」

「ふふ、そんなことないですよ~……」

「いやいや……」

「あ、でもぉ、ちゃんとやる気は出してくださいね?」

「え~~……!」

『……って、ごらああああああああああああ!! 旦那アァッ、あっしに質問しといて、それでイチャイチャごらああああああああああああァァァッ!! しかも戦闘前にごらああああ不真面目めええええ……!!』


 助手は口から火をはいていた。

 杖からではなく、口から。


「おい、助手くん、マップを燃やすんじゃねーぞ」

『いや、これはですね……』

「来たぞ、莉菜ちゃん」

「わぁッ!?」


 十桜がつぶやいたときは、ソイツの姿を視認できた。

 魔犬は走ってきて五メートル先で止まり、唸りをあげている。


(う~んやっぱ最初はスライムの方がよかったかなあ……)

(……あっ、危ね~! 忘れるとこだった……! アレを使う時が来たんだ!)

 

 十桜はスウエットのポッケに手をつっこんだ。



 0013 パーティー結成






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