0012 二人の夜と朝食パーチー
「どうしたの……?」
十桜はかするように声をだした。
「すみません。夜分遅くに……起こして、しまって……」日向もこそこそ話し、「眠れなくて……」とつぶやいた。
あんな狂気じみた部屋じゃ無理か……? 十桜はそう思った。
屋根裏の自室は、散らかってはいるものの基本は整えている。
そらが掃除をしてくれているので埃っぽくもない。
しかし、本棚や収納・壁には、子供の頃から収集し、作成・創作しているダンジョン・モンスター情報、冒険者装備のレプリカや冒険者・モンスターフュギュアで溢れていた。
そんな『オタク部屋』に、冒険者とはいえ女の子が一人で寝泊まりするにはキツイかもしれない。
「居間で寝る?」
十桜が尋ねると、日向は首をふった。
「きょうだけ、もう一度だけ、ヒーローになってほしいです……」
彼女は泣きそうな声をだした。
「どう、いうこと?」
「……あたまを、なでてほしい、です……」
「え……!?」十桜は声をもらし絶句した。
「……ダメ、ですか……?」
「……いや、まあ……ダメってこたあないんだけど……」
ダメではないが、彼女と十桜は、うら若き男女のはずだ。
(なんだ!? なんで今日あったばかりでいえるんだ!?)
(俺は、お父さんなのか……? お父さんに似てるのか!? ……それともお母さんか!?)
十桜は混乱し、ハッキリしないでいると、彼女はどんどんうつむいっていった。とにかく言葉をかけなくては。という気持ちになる。
「……あの、俺が、なでるんですか?」
「はい……お願い、したいです……」
それはいいのだが、十桜のあたまのなかには『何故?』が溢れていた。
しかし、そんな疑問は、彼女の様子に気がつくことで消えていった。
震える子供のように見えたからだ。
「……じゃあ……なで、ます……」
「……ありがとう、ございます……」
(五百円分撫でるか……)
晩飯中、母が氷点下にした食卓を日向が温めてくれたお礼でもある。
上半身を布団から半分出し、彼女のあたまにふわりとふれて、さらっとミディアムボブの髪をさする。
自分のなかでは、なめらかにしているはずなのだが、かなりぎこちない動きになっているだろう。
十桜が緊張をかくしきれないでいると、
「あたしも、お布団に……はいって、も……いい、ですか……?」
日向がぎこちなくささやいた。
どうやら、日向は頭をなでなでしてもらいながら眠りたいらしい。
このままじゃ彼女は寒いし、頷いている姿勢もつらいだろう。
十桜は、そりゃあそうか……と思ってしまった。
もう、なにも考えずに、掛け布団をぺろっとひらいた。日向はそこにしゅんとはいりこんだ。猫みたいだった。
(いいにおい……)
彼女は、シャンプーと、なにかそれ以外の、それ以上の奇跡を詰め込んだようなかおりがした。
布団のなかがあまい海のようになった。あたまをこちらに向けていて、鼻先をくすぐられるような気分。
ひざとひざはふれている。
それだけでここちいい。
正体はわからないが、なにか、罪悪感もある。
わけがわからない状況というのがおおきい。
十桜は後先を考えようとする癖をマヒさせ、日向のあたまのうえに腕をまわしてそこにさわった。
髪の流れにそって手のひらを上下にうごかす。
眠りかけの猫をなでるように、泣いている赤子をあやすように、そんな感じに。
頭のなかは真っ白で、手を動かしていると、
「あたし……きょう、死のうと思ってたのかもしれません……」
日向は、ぽつりぽつりとつぶやいた。
「気がついたら……冒険者になってて……お仕事……たのしくなって、きたら……でも……つらくて……おばさんに……いやで……りな……がんばったんですけど……」
ぽつりぽつりと、はなしの順序もばらばらに。
「仕事なんてやってらんねーよな」
十桜は、さらりとつぶやいていた。言葉の割に明るく軽いトーンで。
「やだった……たのしい、のに……いそがしくて……りな、おやすみほしいって、いったのに……おばさんが……うぅ……おかあ、さん……あたし……お仕事……」
彼女は、ぐすりぐすりと泣きだしていた。
十桜はそのままなでなでしつづけ、
「やめちゃいなよ、本当につらいことは……つってもそんな簡単じゃないか……」
そうささやいた。
「……うん……お仕事、やめる……どうしよ? やめていいのかな……?」
「……なにか、ほかにやりたいことができたらいいよな」
その声は、地声に近い声量になってしまっていた。
周りを起こさないか? と十桜はビビったが、じじばばはしっかりとした寝息をたてていた。
「ほかにやりたいこと……」
「うん。まあ、俺は、本当は冒険者したかったから……でも、目眩で……だめで……母ちゃんの圧で、無理やりダンジョンいって……そんで、結果的には、よかったかな……」
「冒険者になって、ですか?」
「うん……日向さんもさ、やりたいことができたら、いまの仕事、堂々と辞められるんじゃないかな?」
「そうかもしれないですね……」
「ゆっくり考えればいいよ。自分のためだしさ」
「そうですね。 ……ゆっくりかんがえます……」
そこで話がとまった。
十桜は、日向のあたまをなでながら、このまま寝ちゃうかな?
と思っていると、彼女はゆっくりとささやいた。
「あの……十桜せんぱい、ってよんでいい、ですか?」
「……いいよ……莉菜ちゃん」
「うふふ、りなちゃん……んっ……きもちいい……あたまなでなで、きもちいぃ……」
彼女は、夕飯時のしっかりした様子からは想像できないような、幼い雰囲気になっていた。
泣いた子供が、抱きしめらて穏やかな表情にもどったような、そういう顔をしていた。
「十桜せんぱい……あえてよかった……」
その言葉は、ぎりぎり聞こえる声だった。
「え……? ああ……」
十桜はドキリとして、なんて返していいかわからなかった。
「たすけてもらってよかった……せんぱいも、イヤなことがあったら、りなにいってね……」
「うん……あ、あったよ」
「なに?」
「今日、モンスターみたいな野郎にあった」
十桜はそう言いながらマズイと思った。
彼女に、今日の嫌な事を思い出させてしまうと考えたからだ。
しかし、彼女は「うふふ」とほほ笑んでいた。
「……でも……十桜せんぱいは……たしゅけてくれました……」
「いや、結果的にね……」
「うふふ……じゅうろ、しぇんぱい……ヒーロー……みたい……」
ぽつりぽつりとつぶやくと、莉菜は寝息をたてていた。
ほほは涙に濡れているが、やすらいだ顔で目をとじている。
十桜は口もとがゆるんだ。
そのまま意識がとぎれた――
0012 二人の夜と朝食パーチー
――朝、目覚めると、莉菜は部屋にいなかった。
じいちゃんとばあちゃんもいない。
祖父母は、菓子の仕込みをしているのだろう。
(あれ、夢だったのか……?)
夢だと思ってもおかしくはないくらい、おかしなことが夜中おこったのだ。
十桜は、まいっか~、と切り替えて、入りそこなった風呂にむかった。
脱衣所で素っ裸になると、風呂場の戸をあけながら、
(あれ、音がして……る)と、気づいた。
「……」
「……」
風呂場には、見慣れた女の子がいた。
目があった。大きな瞳。
小動物っぽい仕草。長い黒髪。
泡々まみれで、富士山を誇っている胸から以下略――
(そ、ら……)
「ごめんね、お兄ちゃん……」なぜだか、そらの方からあやまってきた。
「いや、俺が……わる、かった……」十桜は謝りながら戸を閉めた。
脱ぎ捨てた服をひろい、脱衣所のドアを開くはだかの背中に、「お兄ちゃん……」と声をかけらてたのだが、「……ううん、なんでもない……」と話はおわった。
「そら、すまぬ……!」十桜は早足で居間にいって服を着た。
その足で、屋根裏の自室にあがった。天井扉をあげて顔を出すと、
「キャッ……!」部屋着の上を、脱ぎかけの莉菜がいた――
さくら色 絹につつまれ 富士やまの――
「すみません……!」
十桜は扉をしめ、ほっぺをポリポリと指でかき、
「とほほ……」と口にした。
十桜は、生まれてはじめて“とほほ”と言った――……
◇
朝飯時、父はもう出勤していて、祖父母はサッとすませて仕込みにもどった。
食卓にはアジの開き、たまご焼き、ごはん、みそ汁、味のり、梅ぼし、浅漬け、ハム入り野菜サラダが並び、
十桜、莉菜、そら、母が朝食を囲んでいた。
「十桜、今日もいくんでしょ、ダンジョン」
「え~、週一でいいだろ~」
「そんなんじゃダンジョンが上達しないだろう!?」
「なんだよ、ダンジョンが上達って!」
「そりゃあ、ダンジョンが上手になるんだろう!」
「言い方変えただけじゃねーか!」
飯を食らいながら、朝から母と息子がバカな話をしている。
そのバカな空間に「――うふふ」莉菜もそらもくすくすうふふと笑顔でいた。
「こんな息子だけどよろしくね、莉菜ちゃん」
母がなんとなく問題発言。
「……え、あ……はい……」
一気に懐に詰められたような顔になる莉菜。
「何いってんだよ母ちゃん、よろしくって」
十桜は当然指摘する。
「だってあれだろ? 徒党を組んでるんだろ?」
と母。
「徒党ってなんだよ! 信長の野望Onlineじゃねーんだよ、パーティーだよ!」
と十桜。
「おんなじだろ、パーチーなんだろ、莉菜ちゃんと十桜は」
母の誤解がそっちでよかった。
「別にパーティーってわけじゃないんだよ、たまたまいっしょになっただけで、きのう言ったろ?」
「じゃあ、なにかい? あんたらは、今日も別々にダンジョンするのかい?」
ダンジョンをエンジョイのように言う母。
「そうだよ」十桜はみそ汁にくちをつけて落ち着いた。
「あ……」莉菜は、なにか言いたげな顔をした。
「そりゃあ、さびしいだろ!? 莉菜ちゃんは、一緒のパーチーの人いるの?」
と母。
「いえ、いないです」
誰も“パーチー”につっこみをいれない。
「じゃあ、十桜とパーチーになんなよ!」
「……」
「……」
誰も話さなくなってしまった。
そらが、浅漬けのキュウリをポリポリ噛む音だけが食卓にのっかていた。のだが、
「あの……」莉菜が口をひらいた。
「私は、お願いしたいです。十桜先輩にパーティーを組んでほしいです」
莉菜は十桜の目をまっすぐに見ていた。
その彼女の口ぶりや表情に、昨晩のような幼さはなかった。
「ほら! 決まった! やったな、十桜! 未来は明るいな!」母はご満悦で飯をおかわりしていた。ひとりで気楽にやろうと思っていた十桜は、
(……アイドルと徒党、いや、パーティーを組むってのはさ……)
大きな息をはいた。
それから、右目の上端に残った傷痕をなでた。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った――
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