0011 女子と焼肉パーティー
ホットプレートに牛脂だのバターだのを置いて、肉を焼きだした頃には父もお勤めから帰ってきた。
母がかわいいお客さんがきたと、日向を紹介すると、父は「たまげた」という顔をして、ネクタイをゆるめた。
さらに、母が十桜は男前になったと、目の上の傷痕を紹介すると、父は「たまげた」という顔をして、十桜に読み終わった漫画雑誌を渡し風呂に直行した。
食卓では、焼肉奉行の母が、菜箸をタクトのように操り、
「ほら、そこ焼けてる! 十桜、あんたは一回休みな! 莉菜ちゃんまだ二枚しか食べてないのよ!」
などとパーマをゆらしてハッスルしていた。
「ほら、莉菜ちゃん、ちゃんと毎日ご飯食べてるの? あんた小柄なんだから肉いっぱい食べるんだよ! ほら、皿かしな!」母が吠える。
「母ちゃんツバ飛ばすなよォ!」十桜も吠える。
「あ、ありがとうございます」日向はおずおずと皿をさしだす。
「ほら、ここも焼けてる! ほらほらほら、はい!」母、ご満悦で肉と肉と肉をとりわけ日向にパス。
「あ、ありがとうございます」日向、肉の量に驚く。
「莉菜ちゃんはいくつ?」母の質問がはじまった。
「18歳です。今年で19歳になります」
「あぁ、そうだった! そらの同級生なんだったね!」
「転校先の高校はどこにいったんですか?」そらはお茶をすすり尋ねる。
「目黒の暁高校です」
「暁高校って、芸能コースがあってアイドルが大勢通ってるところよね! 莉菜ちゃん、あんたアイドルになれるわよ! こんなかわいいんだもん!!」母、大いにはしゃぐ。
「……いえ、そんな……でも、転校してしまって、そらさんとお話したことなかったのに、こうして出会えるなんて……」日向は、感慨深そうにいった。
「ほんとにそうですね、すてきな偶然……」そらはうれしそうにいってほほ笑む。
「ご縁よね~! ご出身は? ずっと東京?」母のターン。ドロー!
「中学三年生まで静岡にいました」
「まあ~、お茶処とキャプテン翼!」マジックカード、《適当な名物》を発動。
これにより、会話の内容が崩壊。以後、
「……いいわね~! ご両親は――」
ずっと母のターン。
しかし、十桜のトラップカード発動。
「母ちゃん質問攻めは失礼だぞ! それじゃあ肉食えねーだろ!」口に肉を溜め込みながら《息子の正論》。
これにより、
「まっ、この子ったら……ごめんなさいね莉菜ちゃん、いっぱい食べてね~」母の羞恥心を引き出し、負けを認めさせた。
かに見えたが、
「……でも、ほんとかわいいわねえ! 顔こんなちっちゃい! お姫様みた~い! なのにおっぱいはボインボインで! すごいわあ!」
母はアウトレイジ化し、ご満悦で菜箸をふるう。
「いえ、そんな……」日向、顔をほのかに赤くする。
「母ちゃん、やめろよ! セクハラだぞ!」十桜吠える。肉を噛む。肉をとる。
「いいのよ! チャームポイントなんだから! ほんとにすごいわぁ! そらとどっちが大きいのかしら!? あたしもあやかりたいわあ!」母ずっとご満悦。
「……おなじくらいかなぁ」そらは胸を見比べながらほほ笑んだ。
「そら、冷静に観察するな!」十桜吠える。肉を噛む。そして肉をとる。
そんな感じで騒がしく夕げを囲んでいると、湯気をたてた父が瓶ビールとグラスを持って上座のお誕生日席についた。
その角を挟んで十桜、日向、そらがいて、父と逆サイド、台所側のお誕生日席に母。十桜たちと逆サイド、すぐ店に出られるガラス障子側が祖父母。猫は、そらのすぐ横でネコ缶にがっついている。
これで三日月家の、今晩の食卓は完成した。
七人(と一匹)座っても、八人用のこたつテーブルは余裕だった。
父はグラスについだビールを飲みほし、
「ダンジョンはどうだった?」
残った泡を見つめたまま聞いてきた。
「目眩してたんだけど、半分治った」と十桜は答えた。
父は、「そうか」と頷くと、湯気が立つえのきとしめじのホイル焼きをつまんで、グラスにビールをついだ。
それから、「母さんグラスもう一つちょうだい」といった。母が持ってきたそれに、ビールをつぐと「お前もどうだ」と十桜にすすめてきた。
十桜は、黄金色で満たされたグラスを、二口で半分にすると、「苦え、やっぱ苦えな。でも、ダンジョンで食べるおにぎりはうまかった」そういった。
そらはちいさくガッツポーズをして、父は、「そうか、いいじゃないか」とつぶやいた。
父は、こんどは十桜のほうを向いていた。
日向は「私、三日月先輩に危ないところを救けてもらったんです。気を失いかけていたんですけど、危険な相手にボコンってしたところまでは覚えているんです」と父にいった。
「そうでしたか、たすかってよかった。十桜つよいんだな」父はビールをうまそうに飲んでいた。
「莉菜ちゃん、十桜には襲われなかった?」母が死ぬほど余計なことをいって「フハハハ」と笑った。
(うわァァッ! それでも人の親か!?)
母だけが楽しそうな凍った食卓で、十桜が母ちゃん! と抗議の声をあげようとしたその時、となりの美少女が口をひらいた。
「いいえ、お母様。先輩は、そういうひとではないです。ヒーローみたいなひとです」
日向はそういって、うつむくと、「あたしにとっては……」と小声でつぶやいた。
そらはウンウンとうなずいている。
十桜は日向に五百円あげたくなった。
肩がこっているのなら揉んでやってもいい。
その美少女の金言に、パーマの母はなんの脈絡もなく、「莉菜ちゃん、きょう泊まっていきなさいよ!」と爆弾を落とした。
日向さんを困らせるなよ! 十桜はそういおうとしたら、先に日向が「それはわるいですよ!」といって眉をハの字にしていた。
十桜は、初めのうちは、家に泊まれなんて迷惑だろ! と思っていた。しかし、
『 あたし、生きていたほうが……いい……ですか…… 』
ダンジョンでの、その言葉が再度よぎった。
この娘は、独りにしてはいけない気がする。
そう感じた。
日向が一人暮らしかどうかは知らない。
しかし、彼女の自宅に家族がいたとして、それでも、家族といってもいろいろだろう。
もし、十桜のうちのような家庭ですごしているのなら、あんな言葉は出てこないはずだ。
十桜の気持ちが変わっていくうちにも、母はしつこく食いさがっていた。
「いやさ、なにか用があるなら別だけどさ、泊まってきなよぉ」
「用は、ないんですけど……ご飯ごちそうになっちゃって、そのうえに……」
母ちゃんいいぞ! と十桜は人知れず母を応援しながら、
「きょう、つかれたろ。迷惑じゃなかったら泊まってってよ、母ちゃん、日向さんと別れるのがさびしくなっちゃったんだよ」
と追い打ちをかけた。
「そう! 母ちゃん、さびしがりなの!」母は十桜に乗っかって声を張った。
「……ほんとうに、いいんですか?」日向は遠慮がちにいった。
「いいもなにもいいのよ! 自分ちだと思って泊まってよぉ!」母のご満悦が帰ってきた。
「そうだよ、ゆっくりしていきなよ」ばあちゃんがいった。
「そうだね、ダンジョンは大変だったでしょ、日向さんは学生さん?」父が聞くと日向は「いえ……」と小声になって答える。
「じゃあ、ひとり暮らし? ご実家だったら親御さんに連絡したほうがいいね」
そう父がたずねると、
「いえ、ひとりです……親は大丈夫です……では、ふつつかものですが、よろしくお願いします……」
日向はていねいにお辞儀をした。
あとは、彼女はどこで寝るか?
だが、母は満足そうに、そらの部屋に泊めてあげてね。といった。
しかし、そらの部屋はNGだった。
今夜、そらは『ITube』でガンプラ制作(起動紳士ガンバルのプラモデル制作)の生配信をする予定だった。
そらは、ちょっとした動画配信者なのだ。
なので、日向は十桜の部屋に泊まることになった。
もちろん、十桜は、「じいちゃんばあちゃんの部屋で寝るよ」ということになった。
というか、十桜は週三か四くらいで祖父母の部屋か、この居間で寝ているのだ。それは、眠くなったら部屋に戻るのが面倒くさい。という理由だった。
というのは、三日月家はちいさな庭のついた二階建てなのだが、屋根裏部屋があり、そこは実質三階部分の部屋になっていた。
その、屋根裏を十桜が自室として使っていたのだ。
食事をおえると、十桜は日向に屋根裏部屋を案内した。
布団は客用のものを運び、もしも何かあったときのために、十桜が寝る祖父母の部屋の場所を莉菜に教えておいた。
「――他になにか必要なものがあったらいってね」
「あの、ありがとうございます……泊めていただいて……」
「いや、こっちがお願いしたことだからさ、母ちゃんスンゲーよろこんでたし」
「ありがとう、ございます……」そういう日向の声には元気がなくなっていた。
「今日はつかれたろう、ゆっくり休みなよ」十桜がそういって部屋から出ようとすると、「三日月先輩……」日向に呼びとめられた。ふりむくと、彼女はうつむき、「ごめんなさい、なんでもないです……おやすみなさい」といって、前髪をさすっていた。
十桜は居間に降りると、昭和の大阪下町ど根性アニメ「がきン子モモエ」を観はじめた。
「お風呂はいっちゃいなよ」母はそういって二階にあがった。
居間は兄妹だけになった。
寝そべってテレビを観ていると、そらが背中に乗ってきて、肩やら背中やらを揉んでくれた。
「なんもやらんぞ~」
「なんもいらないよ」
マッサージが十分経ち、がきン子モモエのエンディングで猫のコギンがけん玉をこなしていた頃、
「そらね……」そらがつぶやいた。
「ん~」十桜はなまへんじした。
「そらはすごいと思いますよ、お兄ちゃん」そらはささやき、
「ん~……」十桜は眠ってしまった。
目をさますと、居間は十桜だけになっていた。時間は22時過ぎ。
「……ん~……ふろはいるけぇ……」よたよたと風呂場にむかった。
脱衣所で脱ぐ。気がつけば、Tシャツのうえに北斎拠点ジャンパーを着ていた。素っ裸になって戸を開く。
開けてから、(あれ、電気ついてる……)と気がついた。
「……」
「……」
風呂場には、見慣れぬ美少女がいた。
目があった。大きな瞳。
愛されるたぬき顔。
泡々まみれで、まあるい双子富士の谷間にホクロがひとつ。
グラビアで見覚えがある
富士を支える肩から伸びるほそい手で、シャワーヘッドを持っている。
もちろん、見慣れぬだけで知っていた。
今日、ダンジョンで結果的に救った冒険者であり、漫画雑誌の表紙巻頭グラビアにもなっているアイドルの、
(ひな、た、りな、さん……)
「あっ、すいません……」なぜか、日向のほうがあやまった。
「あ、いえ、こちら、こそ……すいません」十桜はしゃべりながら戸を閉めた。
脱ぎ捨てた服をひろい、脱衣所のドアを開くはだかの背中に、
「あの、ごめんなさい、気にしないでください! すぐに出ますから……」
と声をかけられた。
「いえ! ぼくのほうが! 寝ぼけてて、不注意でした! ほんとにごめんなさい……! ゆっくり入ってください……!」
十桜は早足で居間にいって服を着た。
その足でじいちゃんばあちゃんの部屋にはいった。
祖父母はとっくに眠っていて、十桜は真ん中に敷いていた布団にもぐり、じじ孫ばばの川の字になって寝た。
夜中、ふと目が覚めた。
でも、トイレという感じでもない。
なにか、声がして――
「……んぱい、三日月先輩……」
十桜はギョーンとした。
名前を呼ぶのは日向だった。
彼女は、左をむいて寝ている十桜の反対側に座ってこっちを覗き込んでいたのだ。
窓明かりだけの、濃紺色の祖父母の部屋に、彼女はいた。
0011 女子と焼肉パーティー
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