0010 お茶と大福とわたし


 三日月家の玄関は、店の入り口とは別にある。


 が、十桜もそらものれんをくぐり、店の奥の居間にどすんと飛び込んだ。

 再放送の水戸黄門を観ていたじいちゃんとばあちゃんに「ただいま」といってふたりがあたるこたつに滑り込む。そらも続いた。


 春といっても夕方は冷えていたので、遠赤外線がジリジリと身体に沁みいる。

 兄妹そろってとろけるような同じ顔をしていた。


 ぐ~~……ぽわん


 十桜のはらが鳴った。

 そらは「あ、焼肉の支度しなきゃ」といって立ちあがった。

 すると、そらは「よくがんばったね」といって十桜のあたまをなでて台所にいった。

 二個下の妹そらは、たまにお姉ちゃんぶる。


(あいつは生意気なくせにかわいいやつだ……)


 十桜はばあちゃんが淹れてくれたお茶と漆器にとってくれた豆大福をかじった。そしておおきく息をはいた。


「ふいぃ~~~……」

「なんだ、くたびっちゃか? ……目のとこどうした?」

「ホントだ、傷あんじゃないの、マキノンやるか?」


 じいちゃんとばあちゃんが目端の傷痕を見つけた。


「ああ、これはぜんぜん大丈夫だ。生きた心地しなかったけどな」十桜はまた息をはいてぼやくようにいった。

「十桜はやればできるんだよ」ばあちゃんがいった。

「できたのかな?」十桜はため息をついた。


『計画』は失敗したうえに、あそこで死ぬ思いをして一円も稼いでいない。

 スウエットもダメにした。

 いま着てる北斎拠点ジャンパーと同じく北斎スウエットもたいへん気にいっているが。




 0010 お茶と大福とわたし




 お茶をすする。

 大福をはむ。

 お茶をすする。


 なぜか、おそろしく久しぶりに自宅に戻ってきたような気がしていた。

 ダンジョンに滞在していたのは四時間程度だったはずなのに、何泊もして家を留守にしていたような感覚なのだ。


 ダンジョンという異世界に侵入する。

 ということは、そういうことなのかもしれない。


 また息をはくと、茶箪笥ちゃだんすの戸棚にしまっていたノートパソコンを出して渓谷のアニメドラマ「喰いしんぼ」を観だした。

 あたまはボケーっとしているがオープニングのサビになると、十桜オリジナルのコール「L・O・V・E・湯・卯・子~」を口もとでつぶやいた。

 この日は、第5話『そばツユの高見』の気分だった。

 しかし、話の途中、プロゴルファーゴリラこと、トド松警部が出てきたあたりでダンジョン界隈のことが気になり、喰いしんぼを流したままで、画面は『SakAba』という冒険者ご用達サイトに切り替えた。


 そこの掲示板はプレイヤーキラーのことでもちきりだった。

 クラスがダークナイトということまで知られていた。

 それに、新人がソイツを倒したとかいう噂まであがっていた。


 動画投稿サイト『ITube』でも、冒険者系『ITuber』がダークナイトの話題を生配信していた。

 さすがに喰いしんぼは一時停止して配信をながめた。


(早えーなー)


 のんびりおどろいていると、猫がキーボードのうえに寝そべり、画面に文字が浮かんでダーッとなり、そらがホットプレートを運んできた。


「お兄ちゃん、おふろはいったら?」というすすめに生返事していると、メールが着信した。

 キーボードを叩こうと思ったが、猫がじゃまして叩けない。

 仕方がないので毛むくじゃらのそいつを揉む。

 どかない。

 どくどころか、目を細めて王様のような顔をしていた。

 メールが気になる。

 猫を持つ。

 持った猫を襟巻きのように首の後ろに乗っけると、そいつは、十桜を引っ掻いて居間から出ていった。


(痛ってぇ~……)


 犠牲は払ったが、パソコンは空いた。

 メールは日向からだった。

 そら以外で、人間からメールをもらうのは何年ぶりだろうか?


『 今日はありがとうございました。助けていただいて本当に感謝しています。

 警察の事情聴取の日もよろしくお願いします。

 あと、焼肉のおいしいお店調べておきますので、楽しみにしておいてください。空いている日が決まったら連絡くださいね。 』

 

 その内容に『 楽しみにしてます 』という旨の返信をして数分経つと、十桜はもやもやしていた。

 日向は、ダンジョンでこんなことを言っていた。


『 あたし、生きていたほうが……いい……ですか…… 』


 彼女は思いつめていたのだ。

 十桜は、わかれたときの笑顔や、メールの文面とのギャップにもやもやがとまらなかった。


(あかの他人に話してしまうほどなのか……)


 話していたときの表情は、軽いものには見えなかった。


 そのとき十桜は、(死のうとしているのか……?)と思った。


 訊きたくても訊けなかったことだ。

 だからかもしれない。

 地上で偶然彼女の姿を目にしたとき、「冒険者ぽくない」と感じたのは、そういう、よこしまな目的にダンジョンを使おうとしていたからなのかもしれない。


 十桜は、純粋に成功してやろうとダンジョンに潜る冒険者をずっと見てきた。

 彼女には、そういった冒険者とは根本的に違うものを感じた。


(並べられるものじゃないけど……俺も不純だったからな……)


 それに、ソロでエンチャンターだなんてのも変だし、彼女は、武器や杖のたぐいも持っていなかった。

 客観的に見て取れるものだけでもちぐはぐなのだ。


「メール? 日向さんから?」


 部屋着のパーカーとショートパンツに着替え、エプロン姿のそらがモニターを覗きこんだ。


 十桜は、「肉どんだけある?」ときいた。

 そらは、「い~~っぱいあるよ、いいお肉たくさん買ったの」といってきれいなサシの入った和牛のパッケージを見せてきた。


「日向さん呼んでいいか?」十桜がたずねると、

「いいよ、みんなで食べよう」そらはにこにこ笑顔でこたえた。


 そこに母が現れて、「友達?」と話にはいってきた。


「女の子だよ、すっごくかわいかった。わたしと同級生でね、北斎高校に一年だけいたんだって」そらが興奮気味にこたえた。

「え~、そりゃあ縁だねぇ! なあ、十桜? 冒険者になってよかったろぉ!?」母はドヤ顔で包丁を振り回している。

「母ちゃんあぶね~な~」十桜はぼやきつつ、


『 もしよかったら、うちで晩ごはんどうですか?妹がお肉買いすぎちゃったみたいで、肉の消費に協力してもらえませんか? 』


 という文の送信を完了した。


 その間にも母が「あんた、そこの一角片付けな!」と十桜を注意したかと思えば、「その傷どうしたのッ!?」と目の辺りのソレに気がついた。

 十桜は、「ああ、だいじょぶだいじょぶ」とやる気なくこたえながら、言われたところの雑誌やらコミックやらをひろっていると、ギョッとしてハッとなった。


 週刊漫画雑誌の表紙に釘付けになったのだ。

 表紙の、ビキニ姿で笑っているグラビアの女の子が、


「日向莉菜……!?」


 顔を見たことがあり、名前を聞いたことのあるはずだった。

 漫画雑誌は父親が買ってくる。

 十桜は、父が読んだ後の雑誌をもらって読むのだが、まさか、今日出会った女冒険者がここにいたとは……

 目をまるくしていると、メールが着信した。当の日向莉菜からだった。


『 うれしいです!(*^^*) 私、おなかペコペコで、豆大福とてもおいしかったです(*´ω`*)妹さんにもよろしくお伝えください。ほんとうにおよばれしていいんですか? 』


 そう来たので、


『 いいですよ!逆に迷惑でなければ来てください。家族もよろこびます。ぼくも日向さんに薬草のお礼がしたいです。いまどこですか?道わからなかったら教えますんで。 』


 こう返した。


「ま、いっか」十桜はつぶやいた。


 テレビの時代劇は終わっていて、じいちゃんはおもてに出て大きなあくびをしながらぶらぶらしていて、ばあちゃんは店番をしていた。


 十桜はテレ東のアニメとEテレのアニメをうろうろしながら観ていると返信がきて、内容は、『 近くの公園にいるので、すぐに向かいます 』というものだった。

 それから十分もせずに『 今つきました(*´ω`*) 』と着信があり、玄関の呼び鈴はなった。


 十桜がこたつから立ちあがろうと思ったときには、母とそらが日向を迎えていた。


「いらっしゃい、莉菜ちゃん?」

「はい、日向莉菜と申します。きょうは、お招きありがとうございます」

「あら、これはご丁寧に、あたしは十桜とそらの母ですぅ~。ほんと、莉菜ちゃんかわいいわねぇ! さあ、あがって――」


 などとやり取りをして、日向は居間にあがると、そらに促されて十桜のとなりに座った。

 食事のしたくはほとんどできていたので、そらは日向のとなりに腰をおろした。今日はいつもより早い夕食だった。じいちゃんとばあちゃんも、店の明かりはつけたままでのれんは降ろしていた。


 莉菜を囲んだ夕食は、母ちゃんのおしゃべりを中心にワイワイとはじまった。






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