0009 ギルド北斎拠点


 ――狼煙を使って七分くらいで救けは来た。


 駆けつけてくれたのは、ギルド北斎拠点救援部の面々だ。

 これで、気絶者一名を運んでもらえるし、帰りの道中戦わなくて済む。


(ハァ~……バトルはお腹いっぱいだぁ……よかったぁ~……)


 救援を待っている間に、十桜が彼女のことを知っていた理由の一旦がわかった。

 十桜は自力で思い出すことをやめ、サラッと素性をたずねたのだ。


「――あのさ、中学どこいってたの?」

「中学は、静岡が地元で、陽之山(ひのやま)中学ってところに通ってました」

「そっか、静岡なんだ。いつから東京に来たの?」

「高校からです。一年のときは北斎高校という……」

「北斎ッ!? 俺も北斎っ!!」

「そうなんですか!?」

「えっ、いま何歳……――」

「いまは……――」


 日向はいま18歳で今年19歳になるといった。

 十桜はいまハタチで今年21歳。彼女の二個上。

 なんと日向は、十桜が三年生のときの一年生で、同じ高校に通っていた時期のある後輩だったのだ。


「――……先輩さんだったんですねぇ」


 彼女は感慨深そうにしてほほ笑んでいる。

 日向の顔を知っていた十桜はスッキリした。

 そのはずだったのだが、


(ん~……なんか忘れてるような……)


 まだちょっと引っかかっていた。


(まいっか、そのうち思い出すだろ――)


   ◇


 ダンジョンから引き上げる途中、十桜は悩ましい顔をしていた。


(ああ~……もったいない……)


 なんと、青白い眼に隠し扉の反応が二つも浮かんだのだ。

 そのどちらも、今歩いている通路から少し離れたところにあった。

 歩いて一分もしない場所だ。

 だが、しかし、

 十桜は『救援にきてもらい、救けてもらった冒険者』なのだ。


(ダークナイトを運んで逮捕してもらうため。なんだけどね……)


 そんな自分が、“たまたま”隠し扉を見つけるなんて不自然だ。

 一般冒険者の前ならまだしも、相手はギルドの職員なのだ。

 できる限り特殊スキルは隠しておきたい。

 でないと、いらぬ厄介事がおこるかもしれない。

 十桜は隠し扉の向こうにあるだろうレア・アイテムを諦めた。


 そして、なるべく顔を伏せて歩く。

 人と話すときは目が渋々する等の演技をする。

 いま、十桜の眼の色はみんなと違うカッコイイ仕様なのだから。


   ◇


 外に出ると日は暮れかかっていた。

 風は冷たい。


 視えていたダンジョンマップは消えた。

 目の色も元に戻った。

 目元を手のひらで覆うと、青白い光はなくなっていた。


 ダークナイトの身柄は、警備部が引き継いでギルドに一時拘束された。


 床に転がっていた犬の人形のことは、地上にもどった瞬間に思い出した。

 だが、それどころではなかったので、(まあ、いっか……)となった。


 十桜と日向は、警官から事情聴取を受けることになっていたからだ。


 十桜は(うええ~めんどくせ~……!!)となっていた。


 しかし、いいこともあった。


《GUILD北斎拠点特製スウェット』の上下と、《GUILD北斎拠点特製ジャンパー》に着替えることができた。

 血まみれでボロボロの姿をしていた十桜と日向を、救援部のひとが気遣ってくれたのだ。


 そうだ。

 タダで着替えをくれたのだ。

 これは救援部の紀之国部長の指示だそうだ。

 噂通り、救援部の紀之国部長は聖人だった。


 二人はペアルックになった。

 十桜は、本物の《北斎拠点特製グッズ》にテンションがブチ上がっていた。

 にこやかに鼻歌がもれる。

 なのだが、職員休憩室のソファに腰を沈める日向は、ハンドタオルを頭にのせてうつむいていたのだ。


 十桜は、付き添ってくれている救援部のお姉さんに、「帽子かしてもらえませんか?」と彼女がかぶっている《GUILD》ロゴが入ったキャップを借りられないかきいてみた。


 すると、お姉さんは新しいものをくれたのだ。

 それを日向に渡すと、驚いた顔をしたあと、ニコッとして、

「ありがとうございます」といってキャップを深々とかぶっていた。


《GUILD》キャップが彼女を笑顔にした。

 やっぱりギルドグッズはすごいや! と思う十桜だった。


 それからすぐにパトカーのサイレン音が聞こえた。

 警官が駆けつけ、ダークナイトは北斎署特務係とギルドの警備部によって北斎署に連行された。

 プレイヤーキラーは最終的に『中央特殊刑務監獄』という施設にぶち込まれる。

 おそらくヤツもそうなる。

  

 それはいいとして、警官の姿を見た十桜は、精神的な疲労を思い出し、面倒で逃げ出したくなっていた。


 だが、聴取は三十分ほどで終わった。

 詳しい話は後日改めて、ということになったので、十桜が想像したような重々しいものではなかった。

 それに、聴取を受け持った刑事はきれいなお姉さんで、冒険者もやっているひとだった。

 十桜は疲れるどころか事情聴取に癒やされたのだった。


(ああ~早く後日になんないかな~! 事情聴取楽しみだなぁ~!)


 だったのだが、


(ハァ~……)


 数分後、十桜はすぐにゲンナリとした顔になった。


 拠点長の執務室で、警察とは別の事情を説明することになったからだ。




 0009 ギルド北斎拠点




 執務室でのやり取りがはじまると、十桜はため息ばかりついていた。

 プレイヤーキラーを捕らえられた理由の、「襲われたとき、足を引っ掛けたら相手がよろけたので押したら勝手に転んだ」という説明になかなか納得してもらえなかったのだ。


 それもそのはずだ。

 レベル1剣士がレベル31のダークナイトに敵うわけがない。


 なのだが、十桜は、


「押したら勝手に転んだんです。目つき悪かったし、栄養が足りていない雰囲気でしたし、調子良くなかったのでしょうね。なんか嫌なことでもあったのかなあ? なにかないと、他人を刃物で傷つけたりはしないでしょうしね。言葉のナイフも同じですよね。環境なのかなあ。やっぱりろくなもん食ってなかったんでしょうね。それで荒れてて、ころびやすくなってたのかあ。人生ってホント色々ですよねえ、ぼくはぁ、彼をそっとしておいてあげたいなあ」


 で押し通した。


 もちろん、自身の特殊固有スキル《ダンジョン・エクスプローラー》の話は伏せていた。


 少々、自意識過剰かもしれないが、サンライズ・スキルを持つものは、良くも悪くも必ずギルドに目をつけられる。

 

 実際の話、レアアイテムが眠る『隠し部屋』を《視透す》だけにとどまらず、モンスターや冒険者まで《見透し》て《視切る》このスキルのことを知られてしまったら“ギルドの役にたたされる”に決まっている。

 十桜はそう考えている。

 その手の勧誘を断るのは非情に面倒くさいだろう。


 早く肉を食べたいし(さっき日向に焼肉をごちそうしてもらうことに内心で決定した)。


 事情説明から三十分経っても成城なりしろ拠点長は渋い顔のままだったし、救援部の三徳副部長は、


「キミのようなレベル1のペーペーが~! ぺーぺーが~!」


 と太鼓と笛で煽るサルのおもちゃみたいにうるさかったのだが、


「そうです。僕も彼女もペーペーなんで、つかれているんです」


 というと成城拠点長は執務室から二人を解放してくれた。


 自由になると地下の預かり所におりた。

 日向の荷物を引き出すためだ。

 女の子は荷物が多いんだろうな、と十桜が思っていたら、海外旅行にいくようなトランクが出てきて、想像以上だった。


 これから、ホントに旅行にでもいくのかな? と十桜は思ったが、いままでの彼女の口ぶりからしてそれは想像し難い。

 日向はだいぶ疲れている様子で、救援が来た時からずっとうつむいていた。

 拠点として使っているマンションから出ると、十桜は何者かのタックルをくらった。

 いや、それは熱のこもった抱擁だった。


「おかえり」


 十桜の左胸で聞こえた声はちいさく穏やかで、けれど少ししめっていた。

 迷宮最深部の、秘密の森に咲く小さな花のような声だ。


「おう……」


 十桜はちょっとだけ戸惑った声で返す。


 人目もあるので、「そら、ちょっと離れなさい」と、昭和の父親のような話し方をした。

 すると、ほんのちょっと間を置いて彼女は抱きつくのをやめ、十桜の横に立って長い黒髪とメガネのズレを直し、お嬢様みたいなワンピースもぱっぱと整えた。


 彼女は十桜に目を戻すと、その大きな瞳がゆれた。


「……ケガしてる……」かすれた声でつぶやく。


 十桜の眉から目の下にかけてはしる、肌の裂け目のことだ。


「ああ、痛みはないんだけどな、なぜかアトだけ残った」


 十桜がこたえると、彼女は「痛みはないんだ、よかった……病院いく?」とスマホを出した。

 タクシーを呼ぼうというのだろう。

 十桜は「大丈夫だ、心配するな」といってつややかな黒髪のあたまをぽんぽんとなでた。


 すぐ後ろを歩いていた日向の視線を感じる。

 妹のそらだ、と説明しようとしたら、


「彼女さんですか……?」と日向がいった。


 だから、妹のそらだ、と説明しようとしたら、


「まだちがうんですよ、妹のそらです」と妹のそらがいった。

「妹さん! あたし、北斎高校でA組の――」日向のテンションがあがった。


 十桜は救援待ちの間、妹も日向と同い年で同じ北斎高校に通っていたことも話していた。

 日向は、二年に進級するタイミングで転校してしまったため、そらとは顔見知り程度のようだった。

 しかし、日向とそらは、お互いが同級生だとわかってキャッキャッウフフとなっていた。


 十桜はさきに歩きだして、二つ隣の自宅に向かった。

 女子たちはキャッキャッウフフとついてきたかと思えば、そらがとことこと寄ってきて、


「薬草つかってくれたんだね」


 というので、


「ああ、たすかった。おにぎりもうまかった。あんがとな」


 というと、妹はるんるんになった。

 はたから見たら物静かに歩いているだけの女の子に見えるだろうが、柔和な表情とほんのり揺れる動作で十桜にはそれがわかる。


 自宅の前で立ち止まると、るんるんゆれるそらに、


「俺、飯いらないから、日向さんに焼肉おごってもらうんだ。いや、ジンギスカンでもいいかな? 近くに出来たよな、高校ンとき以来食ってないような気がするし」


 十桜がそう言うと、そらは「うち、今日焼肉だよ」と両手を口元にあててヒソヒソ声のジェスチャーをした。


「なにっ……!?」


 十桜が目をまるくしていると、すぐそばにまで来た日向は、兄妹の話が聞こえていたようで、


「お食事はこんどにしましょうか?」と言ってくれた。


 日向と連絡先を交換した。

 バイト退職と同時に携帯は解約したので、パソコンのメールアドレスを教えた。


 十桜は日向に「また今度」といって見送った。

 すると、そらがちょっと持っててといって、和菓子『三日月』ののれんをくぐった。

 日向はきょとんとしていたので、十桜は「あ、ここうちなんですよ」というと、「えぇ、そうなんですか……! 三日月って書いてありますね! すごい、和菓子屋さんなんですね!」と驚いていた。


 鐘が鳴り響く、青空市場のような声で、彼女は疲れのない笑顔になっていた。


「ダンジョンからこんなに近いんですね」

「そうなんすよ、さっき言ってた労働条件ってのがうちから五分以内に――」


 などと話していたらそらは紙袋を提げてきた。

 日向に豆大福のおみやげを持たせて、十桜とそらは彼女を見送った。






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