0015 星屑流星かかと落とし


「だ、だいじょうぶですか!?」


 莉菜が吠える十桜の顔を覗き込む。

 ハの字眉で大きな瞳は心配そうにしていた。


「ああ、ごめん、スキルの仕様に気がついたら興奮しちゃってな……」

「いま、レベルがあがらないとか、言ってましたよね?」

「ああ、そうなんだけどね。だいじょぶ。まあ、なんとかなるだろ」

「……あたし、がんばりますね!」


 莉菜は両手で拳をつくって、ちいさくガッツポーズをしてみせた。

 十桜は「……まあ、無理するなよ」といって歩きだした。


『だ・ん・な!』

(なによ……)

『レベルが上がりにくい代わりに~、旦那のスキルにはいいところがアルんでやんすよぉ~!』

(……あれか? あの、宝の地図のお宝開放のヤツか?)

『ギクウウウウウウウウウウウウウウ~~~~~ッ!!』

(出してよ宝の地図)

『は、はいでやんす……』


 目の前、空中に紙を筒状にしたものが落ちてきた。

 それがくるくると開かれて、昨日見た“THE・宝の地図”が現れた。

 

(経験値はここの宝探し型スキルツリーみたいのにも使われてるんだろ?)

『ドキイイイイイイイイイイイイイ~~~~~~ッ!!』


 昨日、地図上の迷路にあった白い丸はなくなっていて、代わりにねこの冒険者の姿をした人形に変わっていた。


(こいつ、動いてるな)


 ねこの冒険者は、昨日の宝箱の位置から移動していた。

 あと、もう数歩で“はてなマーク”のあるマスに届きそうになっている。


(なにが出るか楽しみだな。その次は別れ道か)

『旦那はカンが良すぎるでやんす~~~~ッ!!』

(べつに普通だよ……)


 十桜は次戦うモンスターに目星をつけて歩いた。


(モンスター倒しゃあ、スキルツリーかあ……次のお宝はなにかなあ……)


 ワクワクしていた。

 だが、「ハッ!」となった。


(お宝ッ!)


 十桜はさっき倒した魔犬のところに莉菜と戻った。


「あっぶね~!」

「あぁ、宝石!」


 魔犬が倒れていた場所に僅かな砂山があった。

 砂山の中心はボコッとへこんでいて、そこには鈍く光るちいさな宝石が二つ顔を出していた。

 ギルドで換金すれば一万円にはなるだろうか。

 十桜は二つの宝石を手のひらに乗せて莉菜にみせた。


「二人で山分けだ」

「うふふ、山分けですね」


 莉菜はほほ笑むと、薄いピンクの方を手に取った。

 十桜は、残った薄水色の石をギュッと握りしめた。

 その時、砂になかにほのかに息吹(アルモニー)の気配があった。


 くぼみのあった砂山は、さらさらと崩れながら減っていく。


 このように、さっきまでモンスターだった砂は、

 数秒から数十秒でダンジョンの床に吸収されるように消えていくのだ。


 そして、減り続ける砂山から、キラリとした小さなものが姿を現した。


 それは、リングだった。


「わぁ~すごい! 指輪ですね!」


 莉菜が目を輝かせた。

 リングには、ちいさな灰色の石が埋め込まれている。

 十桜がソレを見詰めると情報が更新された。



《オオカミの指輪》  

 必要スロット:1

 素早さ+2



 犬を倒したら狼の指輪が出たのだった。


「これさ、素早さがあがるやつだな」

「すごいですね~!」

「よし、ジャンケンだ!」

「え、いえ、いいですよ! あたしはいいんで、先輩つかってください!」

「え? いいんですかぁ? ぼくでぇ? え~、わるいな~!」

「もう、十桜先輩、指輪もらう気まんまんじゃないですか~!」


 莉菜がうふふと笑い、十桜もえへへと笑った。

 ふたりで給水すると、また歩きだした。


『うふふ、えへへってあんたら青春かッ! 青春なのかッ! ああ~若ぇ~男女がさ~……なんか、こうな……! あぁ、なんかさ、さっきまでよりさ、旦那についてゆく莉菜様の距離がかなり近いしぃ~ああ、春っていいよな~……』


 それはさて置き、

 

「スライムが来たぞ」十桜はつぶやいた。


 今日、最初に倒したヤツと同じ外観。

 青い半透明なソイツはピョンピョンと跳ねて来た。

 

「今度はあたしひとりでやってみます!」

「よし! あっ、ヘルメット貸そうか?」

「う~ん……なんとか素手でやってみます! ダメだったら助けてください!」

「そうだな。がんばれよ! かわいいエンチャンター莉菜!」

「がんばります! ……その、かわいいってやめてください……」

「かわいいってうれしくないの?」

「それは、ロマンティックなムードでいうものですよ!」

「ええ……」


 十桜は、女子に「かわいい」といっても喜ばれないことに絶望しながら一歩二歩とさがった。

 莉菜は十桜に抗議しつつ、自分に《くまさんのじゅつ》をかけた。


 ぬいぐるみのくまちゃんがぴゅーんと跳ねて莉菜の腕に抱きつく。

 後ろ姿だけでも、


(なっ……かわいい……)


 じょうずにできたくまちゃんは、十桜の胸にほっこりを残してふわっと霞になった。


 莉菜の双腕は煌々とする。だが、


 次の瞬間、


「キャッ……!」


 莉菜はスライムの体当たりをくらい、

 彼女は後退しながら転倒した。


「大丈夫かっ? メット貸そうか?」

「大丈夫ですッ! やれそうな気がします!」


 ヒットアンドアウェイするかのように、ピョンと後退するスライムに、

 莉菜は立ちあがり追いかけると、

 青まるに右ストレートを食らわした。

 瞬間、莉菜の腕から黄色く光る粒子が星屑でスターダストして綺麗だった。


(わ……すごっ……!)


 十桜は、そんな星屑美少女にみとれてしまっていた。


 殴られたスライムはのけぞる。

 だがすぐに跳躍。

 莉菜にアタックする。

 だが、こんどの莉菜は、身体を斜めにずらして直撃を避けたのだ。

 その反動を利用するかのように、勢いをつけて拳を振りおろす。

 スライムはボフッと床に叩きつけられ、すこーし潰れていた。


 そこに、


「えいッ!」


 かかとが落とされたのだった。


 その脚も星屑のスターダストで、煌めいていた。


(え? 進化した!?)


 十桜には、小柄な莉菜の身体の手脚がさっきよりも長く視えていた。

 星屑流星かかと落とし(十桜命名)を食らったスライムは、

 ビーチボールが空気を抜かれてぶふぅ~~んと目減りするかのようにぺちゃんこになったのだった。


「おぉ~……!」パチパチパチパチ……――


 十桜は思わず歓声をもらして拍手をしていた。

 莉菜は、たった一人だけいるお客さんに応えてエンターテイナーお辞儀をした。 

 それにしても莉菜の動きはなかなかのものだった。



 0015 星屑流星かかと落とし



「格闘技してたの?」

「あ、ちがうんですよ、ドラマでアクションやらせてもらったときに、映画とか格闘技の動画たくさん観て練習したんです。サンドバックも部屋に置いて、それが役にたったんですかね」

「へー、すごいじゃん!」

「えー、えへへ」


 莉菜は髪をとかしながら笑っていた。

 十桜は昨日気になったことを思い出していた。


「さいしょに武器とか杖とかは買わなかったんだ?」

「よく覚えていないんですけど……なんか、冒険者として、怪しまれなければいいかなって思ってたと思うんです。というか、武器は買い忘れていたのかな」


 莉菜は顔を上げて話はじめたのだが、話すうちにじょじょにうつむいていった。


(わっ、やっぱ昨日の話は……)


 十桜が焦っていると、彼女は「今日も買い忘れちゃいましたね」といってこっちを向いて笑った。

 

 莉菜は、命を断つために冒険者になったのだ。

 もちろんいまは違うんだろうが、十桜が回復アイテムを持たずに潜ったのと近いかもしれない。


 しかし、なぜ――


 ――冒険者だったの?


 そう聞きたかった。

 なぜ、わざわざ冒険者になってまで死のうとしてたのか。

 さすがにその質問をすることはできなかった。


「かわいい宝石ですね」

「ああ……そうだな」


 スライムから出た宝石は銀玉鉄砲の銀玉ほど小さかった。

 これで二千円くらいになるだろうか。






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