0007 おにぎりとお昼寝と
「あッ!」
十桜は通路に落ちていた草を思い出した。
(うわ~~さっきのッ! 薬草拾えばよかった……!)
そうはいっても後の祭りだった。
(とにかく手当だ)
といっても、荷物には松明、水、御守り、ハンカチとティッシュ、エチケット袋しか入れていない。
なので、水だけだして、後は、彼女のリュックを覗いて回復薬を……と思い、まず自分のリュックを見た。すると、
「……えッ!?」ギョッとした。
アイテムの反応が複数あることに気がついたのだ。
ダンジョンのアイテムは《安全松明》しか入れてないはずなのにだ。
そこを視詰めると、薬草とポーションの反応だとわかった。
一瞬ホラーかと思った。
しかも、中を覗くと、巾着のようなものまではいっていた。
やっぱりホラーかと思ったのだが、手紙があった。
『 お兄ちゃんがんばってね! おみやげ狩ってきてね!! 』
それは妹の書いたものだった。
かわいい猫ちゃんの便箋だ。
手描きの猫ちゃんも添えてある。猫猫しい手紙だった。
妹のそらがリュックに回復薬を忍ばせたのだろう。
(え? おみやげ“狩って”来いって、獲物を狩れってこと……?)
(水って見た目よりも重いよなあって思ってたら、他の荷物があったのか……しかもアイテム反応気が付かなかったのかよ……)
ホラーじゃないとわかって十桜は安堵した。
(いや、回復しないと……)
うずくまる彼女を抱き起こした。
軽い。とても小柄だ。
半開きの口にポーションを少しずつなじませていき、薬草を刀傷の患部に充てがった。
体力は回復しただろうし、傷口も徐々に塞がっていっている。
それでも目を覚まさないのは、痛みのショックで気を失っているせいだろうか? ステータス表示には、『気絶』も『睡眠』もないし、もちろん息もしているのだが……
(魔法とか関係ないリアルでも、睡眠表示はされるって話なのにな……)
(あっ……! 寝たふり……!? いやそれはないよな……)
(……ただただ眠っていたいのか?)
(冒険者のステータスとか、関係ない、眠りがあるのかな……)
(……あ、裏ステータス……)
(いや……これ以上は……)
十桜は彼女を床に寝かせた。
枕には彼女のリュックを使った。
(なんだろうな……懐かしい……)
眠る彼女を見て、既視感が湧いた。
胸の奥がくすぐられる感じがする。
(……なんだろう……いや、早く処理しなくちゃ……)
それからダークナイトの男を縛って拘束。
最初は、ソイツ自身のマントをロープ代わりに使おうと思った。
しかし、なんと、ソイツの荷物にロープが入っていたのだ。
それは、れっきとしたダンジョン産のアイテムだった。
(こいつ……何に使うつもりだったんだ……)
あとは武器だ。
おっかない形の剣と吸音の壺などのアイテム群は、ヤツの持っていた《冒険者の小袋》に詰め込んだ。
これは見た目の何十倍も用量が入る魔法の袋だ。
それをS字通路の入口付近に置いた。
そのとき、ニセ壁の幻術はすでに消えていた。
トラップは全て解除してアイテムと一緒にした。
そのアイテム群のなかには、やはりポーションや薬草などの回復系のものはなかった。代わりに、闇で取引きされているような物騒なものがごろごろしていたのだ。
(ソロなのに回復がなかった……初めから低レベル狩りしか眼中にないのか……)
(あ……俺も回復なしのソロだった……しかし……)
男はアイテムも使わなければ、ダークナイトのスキルすら使っていなかった。
もし、ヤツが冷静に戦っていたなら、勝敗は違っていたかもしれない。
「……風呂につかって忘れたい……」
ひと仕事終えると、腹が鳴った。
というか、さっき確認した巾着のなかのものに反応していたのだろう。
それは、シャケマヨのおにぎりと、じゃこと大葉のおにぎりだった。妹がにぎってくれたのだ。
母ちゃんのおにぎりならばカチカチで、十円硬貨を曲げられる人が握ったんだとすぐにわかる。
ばあちゃんのおにぎりは、塩問屋が握ったようなあんばいで、おにぎりをおかずに白米が食えるほどだった。
巾着のそれは、どれとも違った。
そらのおにぎりはふわっと絶妙なちから加減で握られていて、米粒と米粒が適度に結びつき、くちのなかでほろりとほどける。
シャケの風味とマヨのほどよい酸味とうまみ、こめの絶妙なしお味が渾然一体になってくちのなかにしあわせを運んでくる。
米をそしゃくし続け、水をあおる。
「生きかえる……」
すべて平らげると眠くなった。
彼女から少しはなれたところでざこ寝しようと横になる。
なのだが、
(あ、モンスター来やしないか……!?)
そう、魔物が徘徊してきたら、ヤバい。
(真っ先にアイツがヤられる)
だから、
(だいじょうぶかぁ!!)
となった。
しかし、それだけでは心配だし、目をつむると、
(マップが消えたあッ!!)
なんと、ただの真っ暗闇になり、《ダンジョン・エクスプローラー》がオフになるのだ。
だったので、目を開き、
(あのぉ……さっきのひと、いませんかぁ?)
カーナビを呼んだ。
(……)
反応はない。
(え~と……あの、宝の地図のひと……)
ない。
(あ~、ねこ? のひと……)
ないね。
しかし、諦めないでいると、
(ん~……ダンジョン・エクスプローラーの中のひとぉ……)
『はい、私はあなたの助手です』
(おお~……!)
カーナビの声があたまに響いた。
(あのぉ~ヤバイヤツ、モンスターや狂人が来たら、あっ、眠ってる俺を起こしてくれませんか?)
ダメ元でこころで念じる。
すると、声の代わりに、ねこのイラストが宙空にポップアップされ、そいつは満面の笑顔でサムズアップポーズをかましてきたのだ。
(うおォ! OKっこと!? こんな機能まであんのかよォ……)
(いろいろやってみるもんだな)
買ってから一年経ってやっと気がついた電化製品の機能があったことを思い出した。
ねこのイラストはすぐに消えて、暗闇だけになった。
(俺が猫派だからねこなのか……?)
十桜は、とりあえずスキルとねこを信じて眠る姿勢になると、ひんやりする石畳が意識を溶かしていった。
0007 おにぎりとお昼寝と
気がつくと、こことは別の場所にいた。
そこは水を感じさせるダンジョンだ。
父親と幼い自分が、ひかり差し込む薄闇を探索している。
いつもは最悪なことが起きるのに、今日は、なにかちがかった。
そこにいる自分は、大人の自分なのだ。
それに、足元をちょろつくやつがいたかと思えば、二匹の猫だった。
暗いグレー縞の大きいのと、黒ぶちの小さいやつ。
昔、家にいた猫たちだ。
大人の自分は、怯えることなく迷宮を余裕で歩いている。
父親も楽しそうだった。猫たちも、ここぞとばかりに人懐こい。
ダンジョンなのに、マンガの話をしていて、最近話題の作品を父親に教えて、そこで世界はとぎれて、夢だったときづいた。
目が覚めると、先に眠っていた彼女は起きていて、しなっと座っていて、こちらをぱっちりとした大きな目で見つめていた。
顔だちはたぬき顔というのだろうか、人に愛されるタイプの面持ちという印象で、ミディアムボブの髪型が似合っていた。
服装は盗賊のような軽装備で、ショートパンツで、サスペンダーで、ジャケットにタンクトップで、へそがちらっと見えていて、お腹と顔の間に横たわる山々は富士山だった。
わかるだろうか?
まあるい霊峰が二つ。
サスペンダーという壁にはさまれて――
それはさて置き、
十桜は、なんとなく二時間ぐらいは寝ていたような気がした。
その間、幸運なことに、モンスターはこの突き当たりに来なかったらしい。
ダークナイトが喰われていないのだ。
ヤツは静かに気絶したままだった。
なにもなかったので、ねこの目覚ましは作動しなかったらしい。
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