0005 ダンジョン・エクスプローラー


 その通路はS字の一本道で、最後は行き止まりになっている。


 十桜は、ダンジョンに潜ってすぐ、その通路の奥の気配に気づいてた。

 しかし、そのときはまだ、ソレが魔物なのか人間なのかもさだかではなかった。

 近づいた今は、それが人間だとわかる。

 つまり、その【ドス黒い気配】を発しているのは冒険者なのだ。


(……これは……やっぱそうだよなあ……やだなあ……怖えぇなあ……引き返すか……)


 スコップを持つ手は震えていた。


(……はぁ~、いまさらだよお……聞いちゃったし、声……)


 震える手をもう一方の手でギュッと握りしめる。


(……救援呼ぶか? いや、待ってられない。……いや、待たなくていいのか……呼んですぐに助けにはいれば……)


(違う。もし初級が来たら全員が危ない……コイツには舐めプしてもらわなきゃ……)


 悩んでいた十桜は、気がつけば十字路の角を右に曲がっていた。


 霧の中、物に近づくとその輪郭が見えてくるように、ドス黒い気配に遮られていた、青白い眼による視界が鮮明になっていく。

 十メートルしないうちに、左折の通路になるはずのソコには、


(壁……!?)


 マップでは、確かに左に曲がる通路になっているはずなのに、視認では、ずっと壁が続いていて、通路は行き止まりになっているのだ。

 しかし、近づけばそれは、《仕掛け》だとわかった。

 その壁には、《息吹(アルモニー)》反応があるのだ。


 体力はHP。

 魔法はMP。

 息吹(アルモニー)はAPとステータスに表示される。

 ほとんどの《スキル》は、この《アルモニーポイント》=APを消費して使用される。


 つまり、これは《スキル》によって作られた《幻術》の壁なのだ。

 そして、ニセ壁を越えた床には、無数のマジック・アイテム反応があった。

 ニセ壁をまたぐと、ちょうど踏みつける距離にびっしりと置かれている。

 ソレらを視詰めると、触れるだけで魔法が発動するトラップアイテムだとわかった。


(ご丁寧に地雷まで用意してるのかよ……!)


 さらにご丁寧なことに、トラップの上に低い段差のニセ床を作り、壁の向こうを覗いてもトラップのネタが見えないよう隠蔽している。


 とりあえず、地雷を踏まないようにしてさくっと向こう側に渡った。


 床の段差を実際に目にすると、ニセ壁と同様本物にしか見えなかった。

 青白い眼には映る、床に敷き詰められたトラップアイテムは何度見ても戦慄ものだ。


 十桜は、丸く薄べったいお菓子の缶のようなソレラを、端っこの誰でも見えるところにどかした。


(マジでヤバイヤツだ……)

(俺のステータス……)


 念じることで自分のステータスを呼び出す。




【 三日月 十桜 】


 Lv 1 剣士

 HP 24/ 41 MP 1/ 1 AP 5/ 185


 攻撃力 : 11   防御力 : 10

 投擲力 : 15

 魔法攻撃: 1   魔法防御: 4  

 回復魔力: 2


 力   : 8   知力  : 17  

 体力  : 7   魔力  : 4  

 素早さ : 9   精神力 : 25

 器用さ : 18   息吹  :280 

 命中力 : 15   運   : 59 


 取得経験値:0


『ダンジョン酔い』



 

 宙に浮かぶ、文字の羅列を見つめる。


(スピードがなあ……)

(死ぬかもなあ……)


 さくっと怪我させてもらえる相手ではない。


 目の前に浮くステータスを指でなぞる。

『素早さ』のところを。


(ああ~……って! 経験値ゼロってなんだよッッ!?)


 ステータス表示の異常を見つけ、目をまるくした。

 そのときだった。


『見つけたお宝、“白い宝珠”を“素早さ”に使用しますか?』


 カーナビの声優さんのような声が頭に響いた。


(はあああああああああ~~~~~ッ!?)


「なッ……!?」


 つい、声が漏れてしまう。


(なんだそれッ!?)


『地図を表示します』


「えッ?」


 カーナビの言葉通り、地図が目前に現れた。

 それは、いかにもな海賊が使うお宝の地図という感じで、しかし、中身はダンジョンのマップのような絵が描かれていた。


 そのダンジョンの通路上に、点滅している白い丸がある。

 ソコを見つると、


『お宝発見だよ! これは、白い宝珠といって、好きなステータスをアップできる、汎用成長宝珠だよ!』


 ごきげんな猫のイラストがポップアップされ、カーナビ音声があたまに響いた。

 同じ人の声なのに、最初の声とキャラが全然違う。

 十桜は、違う作品の違うアニメキャラに、同じ声優名がクレジットされていることに気がついた幼き日々を思い出した。


(いやいやいや、いまそれどころじゃないって……!)

(てかっ、これ何なんですか!? ステータス上げられるんですか!?)


 なにやってるんだろ? と思いつつ、カーナビに話しかける。

 すると、


『はい、選択された“素早さ”に白の宝珠を使いますか?』


 そう返事があり、なんと、カーナビと会話できたのだ。

 

(え……じゃ、お願い、します……)


『了解しました。白の宝珠を“素早さに”使います』


 カーナビが答えると、お宝の地図から、真珠を大きくしたような宝石の画像が現れ、それは、横に浮いているステータスに重なった。


 そして大きな真珠は“素早さ”の表示に吸い込まれていった。


(これは……ていうか、いつ“宝”見つけたんだよ……)

(……つーか俺レベル上がってないじゃんッ!! 経験値どこよ!?)


 十桜が当然の疑問で混乱しかかっていると、ステータス表は白く輝き、すぐにエフェクトがおさまる。


 すると、


『サイコロを振ってねえ!!』


 猫のイラストがポップアップされ、拳大の六面体サイコロが胸元に現れた。


 そこに、手を触れると、サイコロは転がりだし、


『3』を表示した。


『素早さが3上がるよぉ!!』


 猫がごきげんに喋り、ステータス表示の『素早さ:9』だったものが、

『素早さ:12』に上昇した。


(うわっ、本当だよ……!)


 たった『3』の上昇値でも、なにもないよりは何倍もマシだった。

 十桜はカーナビに聞きたいことを飲み込み、

 深呼吸をして『ドス黒い気配』を視詰めた。


 そこから一歩二歩と進む。


 近づいた今ならわかる。

 薄闇のそこに、ドス黒いソイツとは別の、もう一人の反応があることが。

 そして、そこを曲がればすぐにソイツがいる。


 おそらくソイツは、


「プレイヤーキラー……」


 角を曲がった十桜は、黒ずくめの騎士を視てつぶやいた。

 男は女の冒険者の髪を掴んでいて、彼女は血まみれで跪ずいている。

 黒い兜の隙間から見える目は、ギロリとこちらを睨みつける。

 その兜と肩は揺れている。

 男は何かを言っているのだろう。


 しかし、声はまったく聞こえない。

 彼我の距離、およそ八メートルの間。

 その間に、カメラの三脚が置いてあり、その上に小さな壺が乗っていた。

 十桜の眉間にシワが寄り、頭にカーッと血が昇っていく。

 胸がつかえて苦しい。

【ドス黒い】気配への恐怖は、言葉にできない怒りにすり替わっていた。

 その感情をごまかすかのように、十桜はゆっくり口をひらいた。


「それは吸音の壺だよね。めったにオークションに出回らないんだ。そいつを三年前落札したのアンタでしょ? 『DK6』さん。コレでその娘の声を遮っていたんだな。さっき聞こえ声は、その娘があんたの隙をついて壺の効果範囲から出たんだ。それをアンタが連れ戻した。そんな感じだろ? あと罠なんて危ないから仕掛けるのやめなよ、『DK6』さん……といっても聞こえてないか……」


 話しながらも、十桜は男をとらえつづけていた。

 その片方だけ開かれた瞳は静かにポーっと輝いている。


 反面、ソイツは馬鹿笑いしていた。

 声は聞こえないし口もとは兜のマスクに覆われてはいるが、顎をあげ肩を揺らしているのだ。


 間の悪い『無課金プレイヤー』が迷いこんで来た。

 男には、そういうふうに見えているのかもしれない。


 または、レベル1剣士が、身の程知らずにもホワイトナイトをかって出てきたから、片腹痛そうに笑っているのかもしれない。

 笑い続ける男が捕まえている女冒険者の情報は、視たくなくても眼に飛びこんでくる。


 

 クラス:エンチャンター

 Lv1 HP 9/ 28 MP 29/ 29 AP 11/ 11



 表示されたヒットポイントは、まだ三割残っている。

 手足に傷がつけられ、衣服に血がついているが、見た目よりは体力が残っているのだ。


「ふぅー」と息がもれる。


 そして目を丸くした。

 彼女の服装に見覚えがあったからだ。


(……この娘ッ……!?)

 

 彼女は、ダンジョン入り口で見た女冒険者だ。

「冒険者ぽくない」と感じて気になっていたその人物だった。


 十桜は彼女に向かって歩いていた。

 すると、黒ずくめのソイツは、肩を揺らしながら彼女の腕を掴み、血だらけの身体をこちらに見せつけてきた。

 ソイツは、いたぶるのが趣味らしい。

 しかし、


「俺のことは即死させるんだろうなぁ……」


 見られたからには生かしてはおかない。というやつだ。

 なのだが、その声は、十桜自身にも聞こえない。

 吸音の壺の効果範囲に入ったからだ。

 そして、十桜の口が閉じる前には、男は手を動かしていた。


 ソレは、その男を、肉眼で捉えてからまだ四十一秒しか経過していない時のことだ。

 男の手から放たれた投擲武器は、一瞬で急所に迫った。だが、


(止まって視える)


 それは、刃渡り20㎝ほどの、投げて良し、刺して良しの短刀だった。

 暗殺者の化身のような禍々しく尖った刃。

 白い片刃がエメラルドゴケの放つひかりを反射して、その凶暴な効果とは反対の美しささえ魅せた。


 胸に迫るソレを、十桜は腰の捻りだけで避けてみせた。

 いや、男の手から短刀が放たれる前から避ける動作をはじめていたのだ。


 背後でミシッと乾いた音が鳴る。

 短刀は石壁に刺さった。

 男は、スキルを使ってはいなかった。

 だが、八メートル離れた十桜の、その心臓を正確に捉えていた。


 高速で放たれ、当たれば即死確実のソレを、レベル1の初級冒険者が避けたのだ。

 それは、能力が完全に働いていたから。だといえる。


 戦斧の男の動きを把握するのは二分近くかかった。

 魔犬の動きは一分程度。


 しかし、この男の前に立ってからは四十数秒しか経っていない。

 だが、十桜は、この男のドス黒い気配を感じたときから、ソレをずっと視つづけていた。


 地べたに座り込み、

 特殊スキルでソイツの存在に気づいて、

 気持ち悪さが加速した時からずっとだ。


 魔犬との戦闘中や別のことに気を取られることはあったが、目を開けているときのほとんどはマップを汚すソイツを視ていた。


 はじめにマップに浮かんでいた白くぼやけた丸は、すぐに黒く染まり、他のどの存在よりも輪郭が定まらなかった。

 集中して視ているのにも関わらず。

 人なのか、魔物なのかの判別もつかなかった。


 だが、三十分以上経つとその輪郭は人の形を成し、

 ここに至る十字路に着く頃には――


 面長で整った顔だち、長身、右利き。

 嘆きの剣・ダークアーマー【魔式:障】一式・シリウスの外套等を装備。

 それと、アンダーウェアに『Dryad(ドライアド) Dungeon(ダンジョン)』というゲームのTシャツを着ていた。


 これは、れっきとした冒険者装備で、『ノット』というクラフターがつくった一点物だった。

 これと『吸音の壺』を競り落としたのが『DK6※※※※※』というアカウントだ。

 最初の三字以降は伏せられてはいるが、それで充分だった。


 あとわかったことは、



 Lv31

 HP185/185 MP 98/98 AP 74/77

 

 攻撃力 :196   防御力 : 98

 投擲力 : 75

 魔法攻撃: 91 魔法防御:128  

 回復魔力: 0


 力   :119   知力  :107  

 体力  : 76    魔力  :104  

 素早さ : 50   精神力 : 46

 器用さ : 38   息吹  : 54

 命中力 : 61  運   : 9


『光属性が苦手』

『打たれ弱い』

 ・

 ・

 ・

『プライド超高い』

『ドケチ』

『暑がり』

『犬嫌い』

『頭に血がのぼりやすい』

『他人をナメがち』

『ギャンブル大好き』

『ゲーム大好き』

『衝撃映像大好き』

『ワイドショーで人の不幸観るの大好き!』

『ネットのカキコミ大好き!』

『他人の失敗大好き!』

『弱者をいたぶるの大好きィ!!』

『苦痛に歪んだ顔がみたァい!!』

『ド底辺は皆死ねばいいと思ってるゥゥッ!!』


【ダークナイト・スキル.Lv18】

《ダーク・シュート.Lv5》

《ダーク・ハウンド.Lv1》

《ダーク注入.Lv2》

  ・

  ・

  ・


【幻術.Lv10】

《幻影.Lv6》

《幻壁.Lv6》

  ・

  ・

  ・


【エクストラ・スキル】

《暗黒ジャマー》

 探知系魔法・スキルを妨害。

 自身の居場所を探知不能にする。



 などのステータスだった。


 気配の認識から一時間以上かけて、ステータスの九割は透過していた。 


 こうなれば後は、一目視るだけだった。

 ドス黒いソイツを――

 この眼で――

《視切る》。


 これが、十桜のサンライズ・スキル《ダンジョン・エクスプローラー》の能力である。



 0005 ダンジョン・エクスプローラー







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