6

「……お前に、現実を見て欲しかったんだ」


 とうとう、俺は言ってしまった。


「え?」


「お前が好きだったハル兄は、もうどこにもいないんだ。お前にそれを分かってもらいたかった。そして、ハル兄をあきらめて前に進んで欲しかった。だから俺はあの手紙を届けたんだ」


「私はそんな現実なんか見たくない! ハル兄のいない、そんな現実になんて……生きていたくない……」


 そう言って芙由香はうつむく。そんな彼女を、俺は呆然と見つめることしか出来なかった。


 死にたがっている彼女に対して、何を言えばいいのか。全く分からない。そんな自分が不甲斐なくて仕方ない。


 でも……


 もし芙由香が死んだら、俺は一体どうなってしまうのだろう。


 そんなの決まってる。今の俺に出来ることは……それを、彼女にぶつけることしかない。


「芙由香」


「え?」


「そんなに生きていたくないんならさ、その前に、俺を……殺してくれ」


「ええっ!」


 そう言ったきり、彼女は言葉を失う。


「そのロープで俺の首を絞めてさ、殺してくれ。俺があの手紙を届けたせいでお前が死ぬなんて……そんなの……俺は耐えられない。だから……俺も死ぬ。お前になら、俺は喜んで殺されるからさ……」


「喜んで殺される……? どうして……?」


「俺はお前のことが、ずっと好きだったから」


「……!」


 どさくさ紛れに告ってしまったが、気にしてる場合じゃない。


「お前に殺されるのなら、本望だよ。だから……殺してくれ」


「そんなの……できるわけないよ」芙由香が訥々とつとつと言う。「明尚を殺すなんて……私には無理だよ……」


「分かった。それじゃ、俺が先に首吊って死ぬから、お前はそこで見ててくれ」


「……!」芙由香の目が丸くなる。「やだ! やめてよ……私、明尚が死ぬところなんて、見たくないよ……怖いよ……」


「お前はさっき、俺の目の前でそれをやろうとしたじゃねえか!」


 思わず俺は怒鳴ってしまう。


「!」芙由香の体が、ビクリ、と震えた。


「俺だってめっちゃ怖かったよ! なんなんだよ、お前は俺が死ぬのは怖くて、お前自身が死ぬのは怖くねえのかよ! わけわかんねえよ!」


「……」


 芙由香はうつむいて、黙り込んでしまった。


 やがて、ため息のような声が、彼女の口をついて流れ出る。


「私だって……怖かったよ……だから、ずっとためらってた……でも、明尚に見られて、パニックになって、まずい、早く死ななきゃ、って、思って……」


 ……。


 なんてことだ。知らず知らずにまた、俺は彼女を死に追いやろうとしてしまったらしい。


 だけど。


 ようやく彼女の本音が見えた気がした。やっぱり、彼女だって本当は死ぬのが怖いんだ。


「だったらさ、芙由香……もうちょっと、生きてみたらいいんじゃないか? 死ぬのなんていつでも出来るんだし」


「……え?」


「今のお前はハル兄なしじゃ生きていけない、って思いこんでるのかもしれないけど……月並みな言い方だけどさ、世の中の人間の半分以上が男なんだぜ。ハル兄よりもいい男だって、絶対いるはずだ」


「……」


「だから、もう少し生きて、そういう『いい男』を探して捕まえたらいいんじゃないか? 案外すぐに見つかるかもしれないぜ。そうすればハル兄も見返してやれると思うし」


「……!」


 かすかに芙由香が反応する。彼女が死に場所にここを選んだのは、ハル兄に対する当てつけの気持ちもあるんじゃないか、と俺は何となく思っていた。やはりそれは正しかったようだ。


「……でも、ハル兄以上の男なんて……どうやって、探したらいいの?」


 芙由香が、ポツリと言った。


「そうだなあ。例えば、YouTuber になるってのは? お前はそこそこかわいいんだからさ、顔出しでやれば人気出るかもしれないぜ」


「……」


 しばらく芙由香は黙ったままだったが、やがて、ふっ、と空気が抜けるような音をさせてかすかに笑った。久々に見た彼女の笑顔だった。


「明尚、やり方、教えてくれる?」


「ああ。もちろん」俺も笑顔を返す。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る