5

 だが、次の瞬間。


 バキッ、と乾いた音がして、芙由香の体は雪が積もった地面に投げ出される。彼女がロープをかけた桜の枝が折れたのだった。枝に積もった雪の重みも影響したのかもしれない。


「芙由香!……はぁっ、はぁっ……」


 息が切れて、俺はそれ以上しゃべれなかった。


 俺が近づいても、芙由香は地面に横たわったまま目を開けようとしない。首のロープは十分緩んでいる。俺は彼女の右手首を取る。脈はある。呼吸もしているようだ。気を失っているだけか……


 良かった……


 安心すると同時に、俺もヘタヘタと地面に座り込んでしまった。


 だが、いつまでも彼女をこのままにしてはおけない。間違いなく風邪を引いてしまう。


「芙由香! しっかりしろ!」


 ようやく息が整った俺は芙由香の両肩を掴んで揺さぶる。しばらくして彼女は目を開いた。


「明尚……? なんで、ここに……」


「お前が遺書を残して消えた、っておばさんから聞いたんだよ。それで、もしかしたら、ここかも、って思って……」


「なんで、私がここにいるって思ったの?」


 ……しまった。口が滑った。ええい、正直に話しちまえ。


「それは……前に、お前とハル兄がここで一緒にいたのを……見たから……」


「そう……すごいカンだね。だけど……ほっといて欲しかった。私は死にたいの。だから……何もしないで、死なせて欲しい」


「バカなこと言うな!」


 思わず怒鳴ってしまった。


「お前が死んだら、俺はどうすればいいんだよ……」


「別に……私が死んでも、あんたには関係ないでしょ?」


「関係なくねえよ! お前が死んだら、それは俺のせいになるんだよ!」


 芙由香が目を大きく見開いた。


「……ええっ? どういうこと?」


 ……またやらかしちまった。まずい。それをこいつに説明してしまったら、俺は……守秘義務違反になっちまう。


 だけど……これはもう、言わなきゃ収まらない。かまうもんか。


「……俺が郵便配達のバイトしてること、知ってるよな」


「うん」


「お前の家にさ、あの手紙を届けたの、俺なんだよ」


「……!」


 芙由香は絶句する。


「だから……今、お前が死んだら、俺は……後悔するどころじゃ済まなくなっちまう。俺がお前を殺したも同然だからな……」


「だったら、なんで私の家にあの手紙を届けたの?」


「……え?」俺は思わず芙由香の顔を見上げる。彼女は俺を睨むように見据えていた。


「あんたがあの手紙を届けなければ、私だってこんな気持ちにならなかった。そりゃ仕事だから仕方ないのかもしれないけど……あんたはあの手紙が戻ってきたのを見たら私が傷つくって、分かってたんでしょう? だったらなんで届けたのよ!」


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