4

 ――私はもう、生きていたくありません


 ――思い出の場所で死にます


 ――ごめんなさい


「携帯も全然通じないし、友だちの誰に電話して聞いてもわからない、って言うのよ……もう、あたし、どうしたらいいのか……」


 泣きじゃくりながら、芙由香の母親が言う。


 なんてことだ。考えられる限り最悪の事態になってしまった……しかも、俺があの手紙を配達したせいで……芙由香が……死ぬ?


「落ち着いて下さい、おばさん。警察に連絡しましょう。俺も……心当たりを調べてみますから。何か分かったら連絡します」


「……ありがとう……明尚ちゃん……」


 芙由香の母親の声を背に、俺は急いで赤カブに戻ってシートにまたがる。


 芙由香を止めなくては……でも、彼女の思い出の場所って……どこなんだ……?


 その時だった。


 俺の脳裏に閃きが走る。


 ひょっとして……二子山の展望台じゃないか? 俺はあれから何度もタンデムで二人が二子山の方に向かうのを見ている。おそらく、ファーストキスの場所も……そこだったんだろう。


 彼女の家から二子山の頂上までは、歩けば1時間くらいになる。でもバイクならばものの数分だ。配達業務以外の用途にコイツを使うのは厳禁だが、人命がかかっている。最悪俺がバイトをクビになっても、芙由香が助かる方が何百倍も何千倍も望ましい。


 アクセルターンを決めて、俺はそのまま赤カブの前輪を二子山に向けた。


---


 二子山の頂上に向かう山道は、麓の辺りで既に3cmほど雪が積もっていた。これくらいの積雪になるとさすがにスノータイヤでも登るのはかなり厳しくなる。それでも俺はなんとかだましだまし赤カブを走らせた。だが……雪はどんどん深くなり、ついにバイクで登るのが不可能な程になった。


 路側帯に赤カブを停め、俺は頂上に向かって走り始める。と言っても雪道で走りづらいことこの上ない。それに加えて上り坂だ。はやる心とは裏腹に、俺は全く思うように進んでいなかった。


 それでも、ようやく頂上に達する。そして……


 いた!


 芙由香がベンチの座る部分に立ち、雪に白く覆われた展望台の上にかかっている桜の枝に……何か、ロープのような物をかけていた。それが垂れ下がった先は……輪っかのように丸く結ばれている。それで首を吊るつもりなのか?


「やめろぉ! 芙由香ぁ!」


 息が切れていたが、俺は全力で叫んだ。


「!」


 ビクッ、として芙由香が振り向く。俺は彼女目がけて最後の力を振り絞って走った。だが、彼女は輪っかに自分の頭を入れ、そして……両足で、ベンチを蹴った。


「芙由香!」


 彼女の体がだらりとぶら下がる。間に合わなかった……


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