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やっぱり、芙由香はまだハル兄のことが忘れられないのだ。電話もLINEもSNSもシャットアウトされた彼女に残された唯一の連絡手段である、手紙。しかし、それすらもこうして返ってきてしまった。おそらくハル兄は引っ越したのだろう。郵便物の転送手続きもせずに。俺と彼女が突撃したからなのかもしれない。
この手紙、本当に彼女に届けるべきなんだろうか。
いや、もちろん郵便局で働いている俺としては、届けるのが義務だ。だが……それによって彼女が被る精神的ダメージは、果たしてどれほどの物なのか。俺には想像できなかった。場合によっては取り返しの付かないことになってしまうかもしれない。
だったら、そのままこの手紙を届けずに処分してしまうか? それは当然犯罪だが……少なくとも彼女の心の平穏は、しばらくは保てるだろう。
だけど……
それで、いいんだろうか。
……。
さんざん迷ったあげく、結局俺は、彼女の家の郵便受けにそれを入れてしまった。
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バイトを終えて家に帰ってきても、俺の心は沈んだままだった。
今頃芙由香は返ってきた手紙を見て、ショックを受けているに違いない。だからと言って俺からは何もできない。それをしてしまえば法律違反になるのだ。
郵便法第八条、第二項。
「郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」
だから俺はこの一件を、彼女はおろか、他の誰にも相談することはできない。
せめて芙由香の方から相談してもらえれば……と思っているのだが、彼女からの連絡は全くなかった。結局、俺なんて彼女にとってはその程度の存在でしかなかったのだ。それを思い知らされた俺は、さらに落ち込んでいた。
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翌朝。
ちらほらと雪が舞っていたが、まだ積もるほどではない。俺が配達する範囲ならチェーンを付けなくても大丈夫だろう。
いつものように配達をこなし、芙由香の家に郵便を配ろうとしたときだった。
いきなり玄関から、血相を変えた彼女の母親が飛び出してきた。
「おばさん、どうしたんですか?」
俺が声をかけると、
「あ、明尚ちゃん! 芙由香が行きそうなところ、分からない?」
芙由香の母親はそう言って、俺の腕を掴む。
「な、何があったんですか?」
俺がそう言った瞬間、彼女は泣き崩れた。
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか、おばさん」
号泣しながら芙由香の母親は、一枚の便せんを差し出す。それを開いた俺は、顔がみるみる青ざめていくのが自分でも分かった。
それは、遺書だった。
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