side 私
生まれて始めて心から気になる人に出会った
まともに話したことはない
名前も住んでる場所も仕事も何も知らない
彼は兄の経営する喫茶店の常連客でしかなかった
病弱な私は学校に通うことも職に就く事も出来ず
少しでも面倒見てくれる兄の力になりたくて
調子のいい日だけ喫茶店を手伝う
いつも窓際の奥の席に座りコーヒーを頼む
ただ窓から外を眺めていたそんな彼から
私は目を離すことが出来なくなった
誰も写さないその目を私は知っていたからかもしれない
仮面をつけてただ微笑む
それが最大の防御である事を誰よりも知っていた
兄が客の忘れ物を届けに行った少しの時間に私は発作に襲われた
毎度の事ながらその苦しさは耐えがたい
でも彼に気付かれたくなくて
カウンターの奥へ入ろうとした
でも足が言うことを利かず 崩れるように倒れた
『ゴトッ・・・』と言う音に振り向いた彼は
一瞬驚き目をこわばらせた
でもすぐに車で病院へ運んでくれた
私を抱きかかえる彼が病院に足を踏み入れるなり
医者もDr.も何も聞かずに
でも何の戸惑いもなく当たり前のようにICUへ運ぶ
彼はただソファに腰を降ろした
少しして兄が到着した
兄はお礼を述べそれで終わりにするつもりだった
でも彼は尋ねた『危ないのか?』と・・・
見透かしたような彼に兄は事情を話した
その日から彼は毎日お見舞いに来てくれるようになった
ベッドに横たわる私に色んな話を聞かせてくれた
その話を聞いているとまるで
自分が彼の世界に生きているような錯覚を覚えた
そんな日がどれくらい続いただろうか
彼と話しながら私は気付いてしまう
彼の話に出てくる世界観
1ヶ月前に彗星のごとく現れた小説家
世界からも注目を浴びながら
本名も素性も公表していない小説家
『輝夜(きや)』の作品と重なる事を
『輝夜(きや)』の作品は3作が旅物語だった
小説の世界が現実に起こっても不思議では無いほど
やけにリアルで読み手を引き込む力があった
どんな世界でも参考文献に上がるリストは半端な数ではなく
どんな土地でも実際に足を運んで描かれているのが
誰の目にも明らかなものだった
そして数日前に出た最新刊を読んだ時涙が止まらなかった
今までの旅物語とは違ってシリアスなものだった
主人公は死んでしまった少女
病院の中がやけにリアルに描かれていて
思い出の中で描かれた死を前にした少女の心情が
驚くほど今の私と重なった
私の中でまた1枚壁が出来るのがわかった
あの小説はノンフィクションではないか?
だとすれば彼は過去に恋人を亡くした事になる
そう考えると喫茶店での彼の宙を見つめる瞳に納得がいく
彼が見舞ってくれるのは私のためではない
私はそう思った
本の中がリアリティが溢れていたのは
彼女のためだったのではないか?
病院の外に出られない彼女に
小説の中でだけでもいい
自分を主人公に重ねることで
旅をさせてあげたかったのではないだろうか
その彼女が亡くなり彼は小説を書く必要がなくなった
だから最後に彼女が生きていたことを証明するかのように
実話を基にして作品を書いたのでは無いだろうか
気付いてしまった事を確かめる事が出来ないまま
時間だけが過ぎていった
倒れてから1ヶ月
私の中の彼への思いは募るばかりで
それでも何もいえないままだった
彼の私に向けてくれる笑顔が少しずつやわらかくなる
その笑顔に私はいつも泣きそうになった
死期が近いこと
小説の中の彼女の存在
それを考えれば打ち明ける事も素直に喜ぶ事もできない
それでも彼の存在は私を支えてくれていて
死に対する不安をぶつけてしまう
ただ聞いてくれるだけだった彼が
はじめて違う行動に出たのは
私が始めて吐血したときだった
震える手で抱きしめてくれていた
少しずつ冷えていく体に
彼の抱きしめる腕に力が加わる
『結局俺は何も変えられないのか?』
彼はそう口走った
『お前を2度も失うのは嫌だ・・・』
その言葉に驚きつつも何かが見えてくる
どう考えても非科学的でありえない事
でもどこかで納得が出来た
小説の中の彼と少女は
今の私と彼に似すぎていたのだから・・・
そして私は今新しい未来を生きている
吐血後もう無理だと誰もが諦めかけたとき
ドナーが見つかった
一か八かの移植手術のおかげで私は命をとりとめ
今では走り回れるほど元気になっていた
そして私の隣には彼がいる
後から聞いた彼のペンネームの由来
私が1度目に吐血した日、しし座流星群が出現していた
彼は本には載せていなかったが
その流星群に願った
私の運命を変えたいと・・・
彼の思いを託した輝く夜
それをペンネームとして彼は小説を書いた
そして彼は今新しい作品に取り掛かっている
その最新作のタイトルは『新しい未来』―――
新しい未来のために 真那月 凜 @manatsukirin
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