新しい未来のために

真那月 凜

side 俺

『ピ―――ッ』

病院内に機会音が響いた

沢山の管を繋がれた少女の脇で俺は泣き崩れた


少しして屋上へ出た俺の目の前がひときわ輝いた

獅子座流星群

数日前から騒がれていたその流星が目の前に降ってきていた

その流星に俺は願った

『あいつの人生を変えたい』

ただひたすらそれだけを願った

その時空がひときわ輝き

あまりの明るさに俺は意識を失った


意識を取り戻した俺は驚いた

自分の部屋には変わりがない

でも時がさかのぼっていた

かかっているカレンダーは2ヶ月前のものだった


俺は家を飛び出した

彼女の兄がしている喫茶店

彼女と出会ったのもその店だった


『いらっしゃいませ』

静かに笑いながらマスターが言った

俺はコーヒーを頼み自分の置かれた状況を考えた

今が2ヶ月前なら彼女はまだ生きている

そしてここにも来るはずである


俺は本を書こうと決めた

ペンネームは『輝夜』

再びあの輝く夜が来るまでに彼女の運命を変えたい

そんな気持ちを込めたものだった


彼女が何より望んだこと

それはごく普通の元気な体であること

そして自分の足で色んな場所へ行くこと

俺は自分が何度も言った場所を舞台に

元気な少女に旅をさせた

本を読んだ彼女が小説の中でだけでも

夢をかなえられるように・・・


3つの場所を舞台にした3部作の小説を

2週間で書き上げた俺はすぐに有名になった

でも素性は一切明かさなかった


喫茶店で時々顔を見せる彼女を

気付かれないように見つめる

声をかけたい衝動を必死にこらえて窓の外を眺める

どうしても自分から声をかけることは出来なかった


1度目の人生で俺は彼女に声をかけ夜景を見に誘った

はじめて見る夜景にはしゃぎすぎて彼女は倒れた

その事が俺に声をかけることを踏みとどまらせていた

そのやりきれない気持ちを抑えるために

俺はいつも遠いもう1人の彼女を想う


時を遡ってから1ヶ月たった

俺はいつものように喫茶店に出向き

店に出ている彼女に安堵する

でもマスターが店を離れた少しの時間にその時はやってきた


コーヒーを置く彼女の手が不自然に震えていた

いつものはにかんだ笑顔を見せる間もなく

彼女は戻ろうとした

異変を感じた俺が顔を上げた瞬間

嫌な音が聞こえた

『ゴトッ・・・』

血の気が引くのがわかった

反射的に書置きをして彼女を病院に運んだ


1度目の悪夢がよみがえる中ただ必死に願った

『彼女を助けてくれ』と・・・


集中治療室の前で1人うなだれている俺の前に

マスターが駆けつけてきた

お礼を言って頭を下げるマスターに俺は尋ねた

『危ないのか?』と

一瞬顔をこわばらせたマスターは

自分の不安をぶつけるかのように全てを話してくれた


1度目の人生で彼女が隠したままだった真実を

俺はこのときはじめて知ることになる

生まれつき体が弱く

これまでの人生の8割がたを病院内で過ごしたこと

体調のいいときだけ店に出ること

そして生まれた時に宣告された命の期限は

もうとっくに過ぎていること

助かるには心臓を移植する以外にないということ・・・


俺は毎日病院へ足を運んだ

枕元に『輝夜』の小説が並んでいるのに気付き

俺はもう1冊書くことを決めた

1度目の人生で彼女に伝えられなかった想いを

小説の中でだけでも伝えたかった

どれだけせがまれても照れくささが先立って

伝えられなかった言葉を添えて・・・


彼女は出来上がったその小説を読んだ後

少しよそよそしくなった

それでも何か想うところがあるのか

俺に色んな話をするようせがんだ


ぶつけられる不安の数が増えるたび

彼女の死を意識してしまう

でも俺はもう2度と彼女を失いたくなかった

不安を受け止めてやるしか出来ない自分が情けないと感じた


そして再び巡る運命の日

俺は何も起こらないことを願った

でもその願いは届かなかったのだろうか

彼女はあの日と同じように吐血し俺にしがみつく

そんな彼女に俺は思わずつぶやいてしまった

『結局俺は何も変えられないのか?』と

その自分の言葉が胸に刺さる

『お前を2度も失うのは嫌だ・・・』

彼女には理解できないだろう言葉

でも本心だった

この日が来なければと関係を変えてみても

結果は変わらないのだろうか


彼女がICUに入りその表示を

ただ眺めていた俺の頭に

混沌とした闇が訪れた

『何も変えられないまま元の世界に戻るのか』

どこかでそう確信している自分がいた

もう抗う気力すら残っていなかった俺は

その闇に身を任せた


誰かの声に目を覚ます

『夢・・・か・・・?』

ふとカレンダーを見る

流星の降った日から半年が経っていた

突然扉を開けて彼女が入ってきた

一瞬目をこすったが幻ではない


その時頭の中で記憶が書き換えられていくのが分かった

彼女はあの日奇跡的に一命を取り留めた

そしてわずかな時間のずれでドナーが見つかった

その心臓で彼女は今も生きている


俺は彼女との新しい未来を手に入れたのだ

流星への感謝を込めてもう1冊だけ話を書こう

そのタイトルは『新しい未来』―――

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