第54話

 踏ん張ろうとするジトーミル中将に呼応して、艦隊付き軍事コミッサールはより前進性のある意見を述べた。

「私が前に出よう」

「同志!?」

 ジトーミルはこの監視役コミッサールを信用していなかった。丸裸で帰っても、彼の家族の無事は保証されている。

「君が疑うのは分かる。私だってそうするだろうさ。でもな、中将…私だって血が滾る時ぐらいあるのだよ」

 艦隊付き軍事コミッサールと遠征軍司令部は別の艦に乗艦している。ジトーミルが木星政府…もっと言えば木星共産党に反する行動を取ろうとしたその時には、即座にその乗艦を撃破し亡き者にする任務を帯びている彼が全艦隊の命運を賭けて前進しようと言う。

「試してみたいこともある。もしもの時は、そのデータを手土産に軍部要路に泣きつくと良い」

「試したいこと、ですか…?」

「ああ…」

 話を聞いたジトーミルはまさかという気持ちだった。そんなことで艦隊運動を崩せるのだとしたら。

「ちょっとした革命だろう?それくらいは分かるさ」

「しかし、同志は…」

 宇宙戦史に残る発明だろうが、もしも想定通りに事が運んだとしたらその発案者は自ら実験台となって戦死の憂き目に遭うだろう。

「良いんだ、私は思うんだよ。人には役目がある。その命を使うに足る、人生で一度きりの役目だ。私のそれは今で、君のそれはまだ来ていない。共産主義の未来は、君たちのような若くて優秀な人間が守っていくべきなんだ。老人は舞台を去るのみだよ」

「どう、し…」

ジトーミルはこの監視役が嫌いだった。いつでも飄々として酒の席に誘っても乗らないし、何か便宜を図ってなどくれない。お飾りとして担いでおけば良い、と部下たちにも言い聞かせていた。この日、初めてジトーミルは党上層部の人間に心からの最敬礼を捧げた。


「さて…」

 艦隊付き軍事コミッサール…シュレポフ議員は自身の仮説が正しいかどうかを確かめてもらうために、自身の乗艦の乗員たちにあるお願いをした。

「私と、一緒に死んでくれる者を募りたい」

 シュレポフにとって、自身の死は既に決定事項だった。しかし、戦艦ともなると彼独りでは動かせない。協力者が必要だった。

「操舵はお任せください」

「主砲はブリッジからでも操作できます。小官がやります。オイ、誰か近接砲を操作してくれ」

「俺がやる」

 こうして、必要なブリッジ要員以外の800名近い乗員がシュレポフの指示で艦を離れることになった。彼らを降ろし切ってからは、シュレポフのやりたいようにできる。

「今、艦を離れる君たちは、今後の共産主義にとって必要な人間だ。砲を撃ち、機関を整備し、飯を準備する…戦争をするには人が要る。多くの人員が必要だ。共産主義の未来を、どうか」

 退艦者を集めた前でそう言って、シュレポフは頭を下げた。彼らをまとめる副長が代表して返辞を述べた。

「ご期待に応えられるよう、これまで以上に粉骨砕身する覚悟です」

 答えにシュレポフは頷き、艦後部から脱出艇が離れて行った。


「行くぞ」

 退艦者を降ろしたシュレポフの乗艦「ボルガル」は遠征艦隊旗艦「ガガーリン」を追い抜き、前線に進出していった。当然、主砲や副砲を放っているが、その弾頭がやや特殊なものであった。

「マダム!前線で、一部レーダー類に不調が起きているとの報告が!」

「何ですって?」

 カールスルーエにとっては突然の情報に、戸惑いを隠せない。まだ範囲は限定的だが、前線に並ぶ砲艦たちの複数で一斉に方位盤を含め電子機器が不調を起こしたという。

「敵側のコンピュータウイルスと言う可能性は?」

「システム的な不具合ではない、と技術者は訴えています」

「そう…ならなぜ」

 今、前線では砲艦たちが目隠しをされた状態で戦っている。もはや、砲艦も7隻を数えるまでに減少している。正面戦力ではもはや支えきれそうにない。

「戦艦3隻を前へ。彼らのレーダー類も不調を訴えるようなら、いよいよ敵のペースよ…!」

 決壊寸前の敵前面に本体から増援を出して、乗り切りたいカールスルーエの策をシュレポフの新技術はその上を行った。

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