第53話

 前衛部隊が水王星に帰還してから10日後、オリガ・カールスルーエ中将指揮下の冥王星艦隊後衛部隊が入れ替わりに天王星宙域に到着した。対戦相手も時を同じくして戦場に到着する。

「天王星の向こう側に、冥王星軍と思しき艦影が見えます!数はおよそ100隻!3個艦隊はあるものと思われます!」

 木星軍の指揮官はジトーミル中将。2個艦隊を率いている。数の上では劣勢だが、艦種は彼の手札が上回っているように思われた。

「戦艦と思しき影は10か」

 そう、艦隊戦の主力となる戦艦の数が違うのだ。ジトーミルの艦隊は共に強化艦隊に指定されており、戦艦の数が異常に多い。その上、敵軍の新航空戦術に対応しており、その分砲艦が少なく、従来の雷撃艇向けでも対空砲火の役割を持つ護衛艦も多く配されている。

「この戦い、戦艦で敵母艦隊を沈められるか否かが勝敗を分ける」

 ジトーミルはそう見ていた。母艦を沈めれば、小型の戦闘機ごとき物の数ではない。砲艦を前面に押し出していたこれまでとは違い、戦艦を突出させて、さらにその前に護衛艦を並べて、従来とは真逆の陣形を取る。超攻撃的な陣形だ。

「護衛艦って、実は脅威なのよね」

 オリガは誰に向けてでもなく呟く。しかし、彼女の呟きは参謀長に聞こえていた。

「そうですな、マダム。これまでの艦隊戦では対空機銃など戦艦に何も傷も与えられない無用の長物でしたが、コメートには通用します。護衛艦の弾幕はコメートには脅威です」

 オリガは彼女の趣味を知った部下からは「マダム」と呼ばれていた。無論、敬意を持ってである。

「コメートには頼れないわね。劣勢な戦艦砲艦部隊で敵を脅かす必要があるわ」

「そのようですな。母艦隊には敵正面を引きつけてもらいましょう」

 オリガの脳内からはコメートを使った航空戦術での圧倒的な勝利は排除されていた。そもそも、後衛部隊にも航空母艦隊は4隻しかいない。未だ航空戦力は再編途上だった。

「敵戦力は航空母艦がいる正面に釘付け。なら、側面を有難く突かせてもらうわ」

 護衛艦はそういう時に脇を固める役目を果たすが、今日は前面に出てきている。敵は正面突破を狙っているし、事実それは叶いそうだ。

「時間との勝負よ!」

 30隻もの戦艦の猛攻を、1個艦隊13隻の砲艦が相手取っていた。形勢が著しく悪い。砲艦のすぐ後ろには戦艦隊がおり、その中の一隻が旗艦「マンハイム」で、オリガは自らを的にして敵艦隊を引きつけようとしていた。

「さあ、いらっしゃい…」

 彼女が採ったのは敵軍を引きつけての包囲戦術だった。


「ロドナ、被弾!ペレセチェニ、通信途絶!」

 ジトーミルの元には次々と艦隊の被害報告が寄せられ始めた。正面からではない、側撃を受けているのだ。

「横からの攻撃は覚悟の上だっただろう!それよりも前面は?まだ破れないか!?」

「敵砲艦の損害が開戦前比3割に達していますが、まだ崩れる気配が無いとのこと!」

 中央突破さえ成れば、敵母艦隊と戦艦隊をまとめて片づけられる。その中には敵旗艦も含まれるだろう。始めてしまった以上、やり切るしかない。

「やらねば…やられるのだ!」

 ジトーミルが必死に檄を飛ばす間にも、挟撃の構えを取る冥王星艦隊両翼の砲艦たちは次々と名だたる木星艦隊の戦艦たちを仕留めていく。いつしか包囲陣が完成し、横からだけではなく後ろからも砲撃を浴びる羽目になった。その前に逃走に成功した艦も5,6隻いた。

「司令官同志、もう限界です!」

「どうかご決断を!」

 参謀たちが言い募る。しかし、ジトーミルには降伏に踏み切れないわけがあった。

「家族はどうなる…!」

「それは…」

 艦隊司令官のみならず戦隊司令官や高級参謀といった高級士官も同様、木星政府に家族を委ねて出征している。彼らの戦場の働き次第ではその家族の扱いがどうなるか分からない。

「息子が生まれたばかりなんだ。せめて逃走して…半個艦隊でも残っていれば格好がつく…!」

 ジトーミルは40台前半にして艦隊司令官と遠征軍指揮官に補されるほどのエリートだ。「トロヤ群の魔女」の威名によって艦隊に君臨するロリータ・ナボコフ中将の成功と、「アポロの汚点」とされたアンドレイ・アバーエフ大将の失敗と失墜を目撃している。成功者は最先端医療を受けられて永遠の美を謳歌し、失敗者は一族郎党そろって収容所行きだ。

「投降などしてみろ、家族はどうなる!?」

 ジトーミルは幕僚たちに繰り返し訴える。冥王星政府は木星政府が投降者の家族の扱いに関与する余地などありはしない…

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