第51話

 ライプツィヒ参謀長からの報告を受けた前衛艦隊司令部でも、大急ぎで陸上部隊の精査が進められていた。捜査する点は、1つだけで良かった。

「この兵士は共産思想に染まっているかどうか?」

 それを判断するのが難しいという話ではあるが、普段の行動・言動、予科練学校での過ごし方などが焦点となった。まず、上陸部隊の指揮官たちが各戦隊旗艦に集められて、上級参謀の査問を受けていた。

「現在、捜査状況は30%と言ったところです」

 ライプツィヒ参謀長に変わってランブルク提督を補佐する最先任参謀のジーゲン大佐が報告する。ランブルクは疑義を挟む。

「早すぎないか?操作に手抜かりは無いか?大丈夫か?」

 ランブルクは、現場でできることは限られているとは知っている。上官が保管する行動調査書などの書類も手元にない中、できることは限られている。しかし、実際に被害が出てしまっているのだから、ランブルクの立場としては厳正に捜査させるしかない。

「そうなのですが…こればかりは現場を信用するしか無いかと思われます」

「確かに、早いに越したことは無いのだ。それは間違いない。だが、拙速に過ぎてはいかんぞ」

 ランブルクは各戦隊旗艦に作られた特別捜査室にそう伝えるように命じた。


 一方、「アルテミスの柱」司令部でも混乱が生じていた。いや、どちらかと言うと、困惑である。

「いったい、敵艦隊で何が起こっているのだ!?」

 陸戦部隊の叛乱は、彼らの命令系統には無い、別のライン上の出来事である。要塞側から見ると、突然、彼らが仲間割れを起こしたようにしか見えないのである。

「コミッサール同志、本星もくせいの軍事委員会から何か聞いておられないのですか?」

 天王星から前線視察に出て来た天王星軍事コミッサールも困惑はしている。

「あ、ああ…何も聞いてはいない…だが、こういう話を聞いたことがある」

 冥王星軍の養成機関である予科練学校に調略の手を伸ばしている軍事委員がいると。彼らは、予科練学校の訓練生を夜な夜な洗脳しているとか。

「かなりの人数を影響下に置いているらしい。陸戦隊が何個もその影響下にあるとは知らなかったが…」

「なるほど、こちらの命令を聞くかもしれませんね。呼びかけてみましょう」

 要塞司令官のジトーミル中将は、労働賛歌と共に、短文の命令「指揮官に合同せよ」を前線のスピーカーで流し始めた。


「なんだ、歌…?」

「こ、これは!」

「共産主義者諸君!」

 前線指揮官の1人が腕を広げて前へ出て来た。銃弾が飛び交う中、なんとも豪胆なことだ。

「帝国の苛政に良くも耐えて来た!これからは我ら共産主義の旗の下に戦おう!」

 その指揮官はその言葉を言い終わるや否や、頭を撃ち抜かれてこと切れたが、冥王星軍内の共産主義者たちは沸き立った。

「『共に戦おう!』だとさ!」

「よし、要塞守備隊に合流するぞ!」

 要塞内に侵入していた陸上部隊の内、70%に上る人数が寝返った。勢いづいた要塞守備隊は接舷していた揚陸艦に逆襲を仕掛けてくる。

「離舷だ!離舷しろ!」

 揚陸艦艦長たちは苦渋の決断を下す。艦を奪われかねないこの状況下では、前線部隊を見捨てて逃げるのも仕方ないように思われた。そんな理論武装で味方を見捨てる覚悟を決めた艦長たちに、朗報がもたらされる。

「こ、後続の陸戦隊が来ます!」

「そいつらは大丈夫なんだろうな!?」

 何故か陸戦隊に多い共産主義者。後続の部隊がやって来ると言っても、彼らも共産主義に染まってしまっていては目も当てられない。

「前衛部隊司令部による捜査を受けた部隊ということです!きっと大丈夫ではないかと…」

「分かった!我々はどうすれば良いのだ?」

「橋頭保の死守命令が出ました!」

「死守か…!」

 文字通り、死守である。艦の要員も使って、今の地点を敵に明け渡すなということだ。

「この戦い、だいぶ死ぬぞ…」

 この艦長は、せめてもの義務を果たさんと自らも前線に赴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る