第12話

「おじ様、どうでしたか?」

「うむ…どうあっても一度、帰って来いと」

 木星軍のクロパトキン中将は査問会が開かれるために召還命令が出ていた。第5艦隊のナボコフ中将がどうしても必要だから、と無理やり引き留めている形だ。

「わたくしも、クロパトキンと帰って来い…と、ひきも切らぬ催促ですわ」

「ナボコフ中将、これ以上は君の立場にも関わる。もし弁護をしてくれると言うなら艦隊を帰すのも一考だと思うぞ」

「まだ何も得ていませんのに…」

 寸土を得た訳でもなく帰っては、クロパトキンの立場が悪くなると思って残留していたナボコフ。しかし、それが自分の立場も危うくし、弁護ができなくなるとあっては元も子もなくなってくる。

「君は同志委員長のお気に入りだ。徒に身を危険に晒すことは無い。ここは退こう」

「そうであればこそ…!いえ、仕方ないですか…」

 木星政府トップである統合書記委員長の寵愛があるナボコフ。若い体で、顔で寵愛を買っただのと言われるが、実際は彼女の有り余る能力(と、やはり顔)が決め手である。自分のような瑕疵も無いなら、口添えの仕方次第で助かる可能性はある。

「クロトワの敵を討たねばならん。頼む」

「おじ様…」

 そう、頭を下げられては否やも無い。元々、彼の立場のために無理に対陣を続けていたのだから。

「わかりましたわ。これ、ウラジーミル」

 ナボコフは待機していた副官を呼んだ。可憐な彼女には似合わず、髭面のむさくるしそうな大男だ。彼以外にもナボコフの幕僚は基本的に髭面が多い。

「は、閣下。どうされましたか?」

「撤退よ。ただし…ただ撤退するのではつまらないわよね?」

 ナボコフはクロパトキンに自分の思いつきを耳打ちする。

「フム…おもしろい、か」

 クロパトキンも副官と参謀長を呼んで協議を始めた。


「木星艦隊に動きが?」

「はっ、撤退の準備を始めたようです。既に補助艦艇の7割が撤退を開始、回廊に入った模様です」

 冥王星軍の第2艦隊司令官パーレン少将が報告に来た。本来は彼のような高官がやるべき仕事ではないが、気になる点があると言う。

「気になる点」

「は、戦闘艦…特に護衛艦は悉くこちらに背を向けていません」

「つまり、最後尾で撤退するということだろう?」

「我らがその気になれば回廊で待ち伏せも可能だったのにですか?」

「むう…」

 一度使われて痛い目を見た伏兵での側面攻撃。わざわざ戦闘力の無い補助艦艇だけをその危険に晒す意味は何か?

「全艦隊が海王星に錨泊していると掴んでいるからでは?」

「ならば、陣形そのままで退けばいいだけです」

「その通りか。ならば、君は何か…?」

「シュライヒャー中佐と話していたのですが、敵の残存戦力からして、航空戦力に採り得る有効な戦術があると」

「ほう」

 何度もシミュレーションを繰り返して、敵が採り得る戦術で4通り程度の弱点があると予想されていた。その中の1つだろうか?とランブルクは反芻する。

「ならばそれは…「大変です!」」

 悲鳴のような声と共に、シュライヒャー中佐が駆け込んできた。顔中冷や汗でべちゃべちゃになっている。

「中佐。どうした?」

「アウグスタ、まさか」

「その、まさかです」

 フルネームをアウグスタ・シュライヒャーという中佐は若干、落ち着きを取り戻して体裁を整え、報告を行った。

「敵艦隊、戦闘艦のみ13隻が回廊とは逆側に、海王星を迂回するルートを採って進軍を始めました…」

「そうか…」

 それは、今彼らが予想している内で最悪のパターンだった。

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