第11話
星を覆うジェット気流の海の中に、「港」がある。
「海王星だあ…!」
海王星の人類居住区画「港」は、野球場10万個分という超巨大シェルタードームで囲われた領域をテラフォーミングされたものだ。空は透明な超強化セラミックで覆われ、外は青い乱気流が渦巻く。
「碧は海王星は初めてか?」
「はい!空が寒そうですね…」
「そりゃ、マイナス100度とかでしょ?絶対零度じゃないけど、ドームの外出てごらんよ…」
寒っ!とリーラは身をすくめた。海王星の港は冥王星のように本格的なテラフォーミングと温暖化処理が施されていないため、非常に寒い。コンクリートむき出しの部屋の、冬に感じる寒々しさと言えばわかるだろうか?
「雪ですよ!雪!かまくらって作ったこと無くて!」
今は天体周期的に冬に相当するタイミングなので、特に寒い時期だ。自然発生した雪がこんこんと降っている中、碧は元気なことこの上ない。
「あー、ベティちゃん言ってた通りだわ。犬」
「犬だな」
「何でですか!?」
ガーン!と頭にタライでも落ちて来たかのような碧。彼女の先祖の国には、こういう童謡があるのを、碧当人だけが知らない。
「雪降れば~犬は喜び、猫はこたつで…って知らない?」
「ん!?なんか聞いたことある…」
「俺らはベティちゃんから聞いたけど」
まんまだよね、とリーラは呆れ笑い。
「犬…犬…?」
ショックを受けた碧はしばらく大人しかったという。
「さて…敵艦隊はまだ偵察を続けていると」
「はい。日に日に海王星からは遠ざかっていますが」
木星軍艦隊は海王星方面への偵察を繰り返して突破口を探っていたが、戦艦5隻を主力とした冥王星軍第2艦隊も到着し、数・質で完全に差を開けられた。木星軍第5艦隊を率いるロリータ・ナボコフ中将はどうにか、敗軍の将となったクロパトキン中将に失地回復の機会を与えたいと粘っているのだが。
「木星軍の信賞必罰は、落差が激しいようです」
「うむ…」
ランブルク中将が話している相手は、冥王星軍第2艦隊司令官のパーレン少将。冥王星政府の士官学校を出て将官に至った初の世代で、まだ若い提督だ。ランブルクとは親子ほど年の差がある。
「閣下はこの後、敵はどう出て来ると思われますか?」
「十中八九、退くだろうが…政治だろう」
「つまり、木星政府内の政治劇の結果次第、と?」
「うむ」
木星国家は共産主義国家にありがちな、一部有力者のワンマンが目立つ政体だ。国家の代表たる書記委員長や、書記委員会に所属して各機関の委員長を務めるようなメンバーが万事の可否を決める。
「クロパトキン中将の首が無くなることを祈りたいものだ」
「A艦隊は対応策を見破られたのでしたか」
新編艦隊はA艦隊とも呼ばれる。どちらが正式なものとは定義されず、欺瞞のためにあえて両方が使われる。
「私の航空参謀が悔しがっていたよ」
「シュライヒャー中佐ですか。今でもその時の表情が見えるようです」
パーレン少将とシュライヒャー中佐は士官学校同期だ。3階級の差があるのはシュライヒャーの能力不足を表すのではなく、パーレン少将の武勲による。
「何にせよ、期待している。『神速艦隊』パーレン提督」
「は・・・その呼び名は恥ずかしいのですが…」
この世界の指揮官には、特別に呼び名が付いた部隊名で呼ばれる者がある。多くはその指揮官の部隊運用や武勲に依り、パーレンは艦隊指揮が迅速なことからそう呼ばれる。
「恥ずかしがるな。30代で将官位を得たのだから、胸を張りなさい」
「は・・・」
ランブルクと言えば冥王星宇宙軍の代表格だ。彼に言われてはパーレンも照れ臭くはあるが従わねばならなかった。
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