第13話 とある騎士の追憶
俺が騎士になる道を選んだのは、周りにいた同年代よりも体がデカくて、腕っぷしに自信があったからだ。
両親が、寄宿学校の生活は俺には合わないだろうと考えたのも理由の一つだと思う。
俺は、七つになるとすぐに、父の知り合いの騎士に預けられた。
その家で作法や武芸を習い、王宮で騎士見習いとなった。
そこで出会った一人の少年。
彼は、他の見習い達に比べて線が細く、明らかに浮いていた。
だからだろう。彼は、ことあるごとに他の見習い達から嫌がらせを受けていたようだ。
彼が嫌がらせを受ける理由の一つに、妬みがあった。
艷やかな黒髪に、一級品の宝石のような夜空色の瞳。肌は白く、女性と見紛うほどに整った容姿。
何より彼は、十二まで親元にいたのだ。
七つから家の外へ出された俺たちとは違って、両親の庇護下で育った。
代々騎士の家系だった訳でもないのに、親元から直接王宮の騎士見習いとなった彼は、異質な存在だったのだ。
「なあ。お前、なんで騎士になろうとしてるんだ?」
彼のような人間は寄宿学校へ行くべきだ。
勉強は得意のようだし、振る舞いも、寄宿学校へ入るような人種のそれだと思う。
俺にとっても他の見習い達にとっても、彼がこの場にいることは、心底不思議だった。
「ジェレーナが、騎士って素敵よねって言うから」
俺の疑問へ答えた彼は、幸せそうに頬を染め、こう言ったのだ。
恋に狂った、ただのバカなのだと誰もが思った。
「少し前までは、王子役をよくやらされていたんだ。だけどある日突然、王子より騎士だと言いだしてね。何か、騎士が出る物語でも読んだのだろう」
「それでお前、本物の騎士になろうとしているのか?」
それだけじゃないよと、彼は微笑む。
「僕とジェレーナは、結婚の約束をしたんだ。それで、僕がジェレーナと結婚する条件としてアリソン伯爵が求めたのが、本物の騎士になることだった」
アリソン伯爵家の、ご令嬢。
精巧な人形よりも美しいという、人形姫。
小耳に挟んだ噂では、彼女はまだ十歳だったはずだ。
「昨年、奥方を亡くされたばかりだからね。ジェレーナを攫いかねない僕に枷を付けようとなさったのだろうと兄達は言っていたけれど……それでも、ジェレーナを僕のものにできるのなら、僕は何だってするつもりさ」
なるほど、だからかと得心がいった。
十二という半端な年齢で騎士見習いとなった訳。それは……アリソン伯爵が、待てなかったからだ。
彼が十三になって寄宿学校へ入ることを、伯爵は待てなかった。それよりも早く、大切な娘から彼を遠ざけたかったのではないか。
大事な娘を奪われることを恐れたのだろう。
二人の年齢を考えれば、距離が熱を冷ますと考えたのかもしれない。
「立派な騎士になって、彼女を害する全てから、ジェレーナを守れるようになりたいんだ」
彼は、目標に向かって一直線に進んだ。努力を怠らなかった。
そんな彼を間近で見ていた仲間たちからの嫌がらせは次第になくなり、いつの間にか、彼は皆に溶け込んだ。
「おい、イグナス。そんなところで何を見ているんだ?」
初めての給料を握りしめて仲間内で街へと繰り出した日、彼は一人、女性用の宝飾品店の前で足を止めていた。
「何か贈りたいなと思ってさ」
「手紙を一度も返してこない、人形姫にか?」
「ここへ来たばかりの頃は返ってきていたさ。……恐らくだが、新しい母親と姉達との関係を築くので、忙しいのだろう」
彼は折に触れて手紙を書いていたが、家族以外から返信が届くことがないことを、同室の俺は知っている。
「忘れられたんじゃないのか?」
「ジェレーナのことだから、有り得るな。彼女の頭は、いろんなことで一杯だから」
手紙は来ない。
会いにも行けない。
それでも彼女を想って幸せそうに笑う彼を、羨ましいと思っていた。
長期休暇が与えられれば、実家よりも先に彼女のもとへ走り。
戻ってくれば、頭の中お花畑状態の緩んだ顔で笑っている。
仕事は誰よりもきっちりとこなし、めきめき腕を上げていく。
それが俺の知る、イグナス・グリーンシールズだった。
「アヴァン……俺、目がおかしいみたいだ。この手紙、内容がおかしいんだ。俺の頭がおかしいのかな? ……読んでみてくれないか?」
真っ青な彼から渡された紙。
そこには、アリソン伯爵令嬢であるジェレーナ・ローゼンフェルドの、訃報が記されていた。
十五で、彼女は自ら命を断ったらしい。
「どうして……? 何故なんだ……? あの時、俺は間違えたのだろうか……? アリソン伯爵の葬儀のとき、あと二年待ってほしいって、俺……ジェレーナを置いてきてしまった……」
近衛騎士になって、一年が経った頃だった。仕事はまだまだこれからで、法律上、結婚が許される年齢までは、残り一年。
十七だった俺たちには、正解なんて、わからなかった。
※
人が変わったように、眉間に皺を寄せた険しい表情か、感情が抜け落ちたような表情が常になった彼が仕事だけに打ち込むようになってから、三年。
今、俺の目の前には昔のように――
いや、昔以上の緩んだ顔をした、友人がいる。
「ねえ、イグナス。ちょっと……っ、やだ! くすぐったいわ!」
「じぇ――リディア、君はいい香りがする」
「か、嗅がないでちょうだいッ!」
「君の体は、どこもかしこもふわふわだ」
「やだもう! 離してっ、恥ずかしいのよ……」
「恥じらう君の姿は、たまらなく可愛らしい」
「ひ、人前よ!」
「人前でなければ、何をしても構わない?」
「だ、だめよ! まだ、だめ!」
「結婚しよう。今すぐに」
「そ、それはまだ待つようにって、ウィル兄様か仰っていたじゃない」
「二人きりで国外へ逃げたらどうかな?」
「お仕事はどうするの?」
「元々は、君を手に入れるための手段だったんだ。君さえいてくれたら、他は何もいらない」
「……イグナス。それは、だめよ」
結果として、人形姫は生きていた。
継母に命を狙われる日々を過ごし、助けを求めた手紙は盗まれ、どこにも届かず。
味方のいない場所で一人きり、生き残るための行動を取った彼女。
彼女は、俺が想像していた人物像よりも更に突拍子もなくて、意外にも、地に足のついた女性だったようだ。
「お世話になった方々に迷惑を掛けるのは、いけないわ」
「……君は一人、死んでしまったじゃないか」
ソファに腰掛けたイグナスの上に横向きに座らされた状態で、彼女は彼を諌める。
「あの時は、そうするのが最前だと思ったからよ」
「下手すれば、俺は君を追って死んでいた」
不穏な言葉で脅しつつ、体勢を変えてソファの座面へ少女を押し倒した友人の頭を、俺は思い切り叩いた。
恨めしそうな視線が向けられたが、無言でもう一度、殴っておく。
「……アヴァン。友人なら、ここは無言で出ていくべきではないか?」
「友人だからこそ、止めてやったんだ」
「お前は殿下の手先なのだな」
「そのとおりだが、お前のためでもあるんだぞ。リディア嬢を手籠にして、後悔するのはお前だ」
「同意の上だ」
「いつ、リディア嬢が応と答えた」
イグナスの視線が戻った先。彼女の白い肌は真っ赤に染まり、今にも泣き出してしまいそうに、淡いアメジストが潤んでいた。
「俺が嫌い?」
卑怯な問い方だなと思いながら、とりあえずは成り行きを見守ってやる。
「大好きよ。愛しているわ」
恥じらいながらも応えた彼女との距離を、無言のまま詰めようとしたイグナス。
それを慌てて両手で押しとどめ、彼女は付け加える。
「でも、あなたにその……触れ、られるのは……私的な、素敵な出来事は、しっかり手順を踏んでから迎えたいわ。……二人きりの、ベッドの上で」
彼女は、とても頑張った。
破裂してしまうんじゃないかというほどに全身を赤く染めながら、頑張った。
それにイグナスは、即座に反応する。
己の身を起こし、彼女のことも抱え起こし、乱れた髪や服を甲斐甲斐しく整えてやってから、とろりと笑んだ。
「まずは、君に相応しい新居を用意しなければね」
絶望の淵から浮上した彼の暴走は、止まりそうにない。
しばらくは目付役が必要だと告げた、王太子。
リディアが同意なく襲われないよう見張っていてと告げて客の元へと向かった、帽子屋の店主。
大袈裟ではないかと思っていたのだが、得心がいったと同時に、思い出す。
そういえばこいつは、恋に狂ったバカ野郎だったなと。
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