第12話 とある密談
イグナスから離れたリディアが向かった先は、彼女と同じ色を持つ男のもとだった。
男はソファに座っていて、すぐ近くには体格のいい栗毛の男が立っている。
グウィニスは作業用のハイスツールに腰掛けて、黙って成り行きを見守っていた。
「イグナスのご友人だったのですね。あとを付けられた時は、ついに義母に見つかってしまったんじゃないかしらって……すごく怖かったんですよ」
苦笑を浮かべたリディアが話し掛けたのは、体格のいい栗毛の男のほうだった。
「あの時はまだ、貴女の存命の可能性に気が付いていなかったのです。目的としては、イグナスと接触をはかろうとしているお嬢さんの素性を調べるという程度のものだったのですが」
尾行をまくのがお上手ですねと言われ、リディアは微笑む。
「ウィル兄様のお陰かしら」
視線を下げた先、金髪の男がわざとらしく肩を竦めて見せた。
「自分が教えた技術にしてやられるとはな。しかし、俺を後回しにするとは、相も変わらず可愛げのない」
「尾行は、ウィル兄様のご指示かしら?」
「まあな。いつまでも婚約者の死を引きずるイグナスを元気付けてやろうと思っていたんだ。似た女でも、気晴らしにはなるかと考えたんだが……よもや本人とは思わなかった」
生きていて良かった。会えて嬉しいと告げられて、リディアは泣きそうな顔で微笑む。
「二人が、そこまで親しい間柄だとは初めて知ったのですが……?」
呆然とした様子で漏らされたイグナスの言葉に、よく似た色合いの二人が同時に首を傾げた。
「言っていなかったか?」
「話してなかったかしら? ウィル兄様は子供の頃、我が家に滞在されていたことがあるのよ」
「聞いていない」
記憶をたどってから何かを思い出したのか、リディアが右手の拳で左手のひらをぽんと叩く。
「命を狙われてらしたから、秘密だったんだわ」
「ちょっと! あんた達、命狙われすぎじゃない? 貴族って、そんなに物騒なの?」
思わずという風に反応したグウィニスへ視線を向け、リディアは、自分たちが特殊なだけだと思うと答えた。
「状況の整理が必要ですよね。まずは、互いの紹介からかしら? ――グウィニスさん。彼がイグナスで……ウィル兄様は、私の母方の親戚なんです。それと彼は」
「彼はアヴァン。見習い時代からの友人で、同僚だ」
イグナスが言葉を引き継ぐと、リディアは「お会いできて嬉しいわ」と簡単な挨拶をして、アヴァンは貴族の礼で応じた。
「それで、彼女はグウィニスさんです。行き場のない私に仕事と住居を与えてくれた恩人で、とってもお世話になっています」
そして自分は、今はリディアと名乗っているのだと告げる。
「本当に、何から話せばいいのかしら……」
話したいことは、たくさんあった。
どう話そうかもこの三年、何度も考えていた。
だけど、いざその時が来てみれば、胸が詰まって、思考が上手くまとまらない。
「私の……本当の名前は、ジェレーナ・ローゼンフェルドといいます」
静かな室内に、小さな声が、ぽつりぽつりと落とされる。
「生きるために私は、己の死を偽装することを、継母へ提案しました。どうしても協力者は必要でしたし……命を狙われ続ける流れを、何とか変えたかったんです」
誰も口を挟むことなく、彼女の声に耳を傾けた。
そうして明かされた事実は、自殺と同じか、それ以上に過酷な選択に思えた。
彼女は、自分の存在を世界から消し去ることで、命を守った。
ジェレーナ・ローゼンフェルドが死んでしまえば、継母が心配していたアリソン伯爵家の後継者問題も、財産の問題も、全てが綺麗に解決する。
「もう、そうするしかないと思ったんです」
頼れる人が、いなかったから。
手紙が届いていないなんて、思ってもみなかったから。
「だけど、どうしても最後にイグナスに会いたくて。本当に、あなたが私を忘れてしまったのか……未練たらしく、確かめようとしたの」
「俺が、君を忘れるなんて有り得ない!」
イグナスからの反論に、リディアは泣き出す一歩手前の表情で、微笑む。
「信じてた。でも、ごめんなさい。疑ってもいたの」
衝動的にイグナスが距離を詰め、リディアを腕の中へと閉じ込めた。
再び与えられた強い抱擁に、桃色の唇からは、安堵の吐息が漏れる。
「私、今でもあなたを愛しているの」
「俺も、変わらず君を愛している」
そうして、再会した恋人たちの抱擁と共に沈黙が下りて、とある一つの手が、すっと挙げられた。
それは足を組み直した王太子のもので、彼は、食えぬ笑みを浮かべて口を開く。
「我が騎士であり友人でもあるイグナスと、妹のように可愛がった人形姫。君たち二人のため、本物の王子が一肌脱ごうではないか。――さあ。ここからは君たちの、これからの話をしよう」
凛と通る王太子の声で現在の状況を思い出したリディアは、イグナスと再び会えたことへの喜びのあまり周りが見えなくなっていた己に気が付き、顔面を赤く染め上げた。
身動ぎして逞しい腕から抜け出そうとするも、全く緩む気配はなく。
そろりと見上げた先、周りのことなどお構いなしに甘くとろけた夜空色の瞳とぶつかったことに動揺して、脳みそが沸騰しているような心地のまま、そっと、愛しい男の胸へと顔を隠したのだった。
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