第5話

「沙耶さん、起きて下さい」

声が遠くに聞こえて、私は無視を決め込んだ。

私は眠いんだよ!寝かせてちょうだい!

すると頬に大きな手が触れて

「そんなに無防備だと、危ないですよ」

そう囁かれて唇が重なる。

ん?夢……だよね?

やけに生々しい感触が、唇から頬へと移って行く。

「あっ……」

首筋を這う唇の感触に、思わず声が漏れる。

夢なら、相手は鈴代じゃない方が良かったな……。

逞しい背中に手を回し、私はそう心の中で呟くと意識を手放した。


明るい日差しが顔に当たり、ゆっくりと目を覚ます。

覚まして、顔面蒼白になった。

何故、私の隣にこの世で一番大嫌いな奴が寝ている?

しかも……ラブホ!!

ベタな展開に、頭が真っ白になる。

ガバっと飛び起き、頭痛と軽い吐き気に再びベッドに撃沈。

そして、自分の姿を見て……真っ白になる。

全裸!

そっと隣で寝ている鈴代の姿を確認したら、鈴代も全裸だった。

「ぎ……ぎゃ~!」

悲鳴を上げた私に、隣で寝ていた鈴代が飛び起きた。

掛け布団を手繰り寄せ

「こ、こ、これはどういう事!」

叫んだ私に、鈴代はゆっくりと身体を起こして

「え?覚えて無いんですか?」

と、呆れた顔をしている。

「覚えてないって……」

「思い出させて上げましょうか?」

ベッドに押し倒され、息を飲む。

「俺は何度も、忠告しましたよね?」

耳元で甘く囁かれ、心臓がバクバクと高鳴る。

鈴代の大きな手が、そっと私の頬に触れて唇が近付いて来た……その瞬間だった。

『コンコン』

と、部屋のドアがノックされ

「お客様、起床のお時間になりましたので、お預かりしていた衣類をお持ちしました」

の声。

鈴代が残念そうに

「タイムオーバーか」

そう呟いて、床に落ちているバスローブに手を伸ばして身に纏うと、ドアに向かって歩いて行く。

ドアを開けると

「すみません。ありがとうございました」

「とんでもございません。こちらで全てでお間違えないでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

という会話を交わすと、昨日、私が着ていた衣類と鈴代の衣類が綺麗に畳まれた状態になって鈴代が戻って来た。

「ど……どういう事?」

状況が飲み込めず呟くと

「一度ベッドで寝落ちたかと思ったら、夜中に吐き気がするけどトイレの場所が分からないと騒ぎ俺を叩き起こして、挙句の果てには……」

そう続けた。

「果てには?」

ゴクリと固唾を飲む私に

「風呂に入りたいと浴室を開ける、バラ風呂に興奮して一緒に入ろうと言われたので断ったら、俺をバラ風呂に突き落としました」

冷静に言われ、ゆっくりと昨夜の醜態が蘇る。


「凄い!バラ風呂!!初めて見た!!見てみて、浴槽がハート型」

ゲラゲラ笑う私に

「吐き気は大丈夫ですか?お風呂に入るなら、俺は向こうに……」

そう言いかけた鈴代に

「え~!バラ風呂だよ?浴槽がハート型だよ。折角だから、一緒に入ろうよ!」

と手を引っ張る私。

「いや、それはちょっと!」

「もう!うるさいなぁ~」

そう言って、鈴代の手を引っ張り一緒に浴槽にダイブしたのを思い出す。

「うわぁ!」

無理矢理引っ張られた鈴代は、浴槽の中で私を押し倒したような状態になった。

浴槽からは、バラの香りが漂う。

そう……バラの香り……

「うっ……ぎもぢわるい」

叫んだ私に、鈴代が

「わぁ~、ここで吐かないで下さい!」

と叫んで……以外、自主規制。

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