第9話 カチカチで冷たいお前と

「で、できた」

 俺は額の汗を拭った。地道な研究と繊細な作業の末に俺、天才岡野おかの丈夫たけおは怪人ニナール液を冷たくカチカチなアレに正確に注入することに成功したのだ。


 やっと、長年の研究の成果が出るのだ。


 目の前のものがムクムクと大きくなっていく。ただよう冷気が興奮して火照った俺の身体を心地よく冷やした。


 やはり怪人は冷たくないといけない。俺が追い求めていた凶悪な怪人はこいつだ!

 思わず頬がゆるむ。臨時ボーナスは出るだろうか? 出たら幸子ちゃんに圧力鍋を買ってあげるんだ。


 だが、俺の笑顔は長くは続かなかった。


「……おい、てめぇ。くそ巨人だな? 」

 鋭い眼光でやつは俺を睨みつける。


「ん? 俺はお前の創造主だが? 」

 初対面、いくら悪役でも「へへーご主人様」とひざまづくところではないだろうか。

 この子、めっちゃ無礼だけど?


「ただのハゲ巨人だろ? このやろう」

 やつはお決まりの武器の切っ先を俺に向ける。

 凍ってて刺せなかったけど、密着させて置いといたらちゃんとでかくなったやつ。親切心で置かなきゃ良かった。


「ヒィっ」

 刺さないで刺さないで刺さないでぇぇぇ!

 俺はただの会社員だから! 怪人を作るのが仕事なだけ。文句は社長にお願いします!


「お前ら巨人はみんな駆逐してやるっ! 」


 俺はヤバイやつを作ってしまったようだ……。


 タコ、助けてぇ。

 タコヤキ・マァーンンンンン(エコー)!



 ○●○●○●○



 と心の中で叫んでも、都合良くヒーローが来るようにはなっていない。現実は世知辛いのだ。そもそも作者の性格が悪いからご都合展開なんてあり得ない。


 いつのことだったか、タコが「あの作者は極悪人だから頼りにしちゃいけない。僕たちはむしろあいつと戦うくらいの勢いでいなきゃいけないんだ」と言っていたっけ。


 おい、作者聞いているのか? 

 この怪人は俺を殺そうとしているんだぞ! それをよい子の読者たちに見せるっていうのか。そんなことしていいと思っているのか?! 通報されるぞ! 



「覚悟はできたか? ハゲ巨人。そのきたねぇ口で、今までどれだけ俺の仲間を食らってきたんだ? あいつらの恐怖と苦痛を思い知りながら死んでいきやがれ。お前は不味そうだから食ってやらねぇけどなぁ! 」


 木の先端が俺の左胸に刺さる。

 大きな爪楊枝がこんなにこわいものだとは知らなかった。タコはいつも頭に刺してるし、自分じゃ抜けないから使っているところは見たことがない。


「まっ、待ってくれ。俺を殺したらお前は一生一人一個だぞ? 」

「ァん? 」

「なぁ、仲間に会いたいだろ? 会わせてやるから殺さないでくれ! 」


「嘘だ! 俺の仲間はみんな死んだ。お前らにやられて……」


 まんまるではない顔の彼は、結露しているのか涙様のものを流す。


 彼は冷凍された一口ゼリーではなく、チョココーティングされた一口アイスでもない。もっと弾力があり、元はヌメヌメとした欲望を内蔵しているもの……


「俺以外の『冷凍タコヤキ18個入り』は巨人に食べられたんだ! 」


 ああ……大容量の冷凍タコヤキの多くはなぜ丸ではないのだろう? 6個入りの少しお高めなやつは丸い気がする。

 研究費を削減されたからお得なやつを買ったんだよ。


 いや、命の危機を前にして、そんなことはどうでもいいんだ。苦労して生地ではなく、タコに怪人ニナール液を注入したのにこんなことになるなんて……。


 熱々たこ焼きは食べられることを望む正義の味方なのに、冷凍タコヤキは食べられることを拒否し人間を憎んでいるなんて……。


 ううむ、想定外の展開!


「おい、なに黙ってんだよ! もしかして仲間に会えるって本当なのか……? 生き残りがいるってのかよ! 」


 デマカセを言ってしまったが、手伝ってくれていた飯田いいだくん(六話に登場)が全部食べちゃったんだよなぁ。若いから勢いよくバクバク食べて……。


「全部は悪いからちょっとだけ残しときまーす。レンジに入れときますね。んじゃ、お疲れっスー」


 そう言って帰って行った。そうだ! 彼の優しさが本物ならば数個生き残っているはずだ。


「本当だ。すぐ会わせてやる。だから少しだけ時間をくれ! 」

「……ヘタな真似しやがったら刺すからな」


 なんて凶悪なんだ。タコが別名デビルフィッシュと呼ばれるのも間違っていないのかもしれない。


 飯田くん! 君を信じるよ!


 爪楊枝を背中に突き立てられながら、俺は震える足でレンジに向かい、温めボタンを押す。


 チーン!


 ほかほかで現れたのはたこ焼き一個だった。


 飯田、お前ってやつは……。

 まぁ、どっちみち一個にしか命は宿らないんだけどさ。


 熱々なたこ焼きに怪人ニナール液をポトリ。


 あっ、焦っててトッピングとか胴体トイレットペーパーの芯とかマント折り紙とか忘れた。武器爪楊枝もない。大丈夫か? 


 時すでに遅し。


 それはみるみる大きくなった。

 いつものような手足も胴体もない。


 それは大きなプレーンのたこ焼きだった。


「店主、今日の僕は何か違くないか? 」

「たこ! 生きてたのか!」

 熱い声と冷たい声が交差する。


 熱いだけの無防備なたこ焼きと凶悪な冷凍タコヤキ・マンの勝負の行方はいかに! 


 食べられることが正義なのか、種(?)の存続が正義なのか。これは壮大なテーマになってしまったぞ。なんてこったい、大変だ!


 ということで続く。○vs●たこ焼き食べて待っててくださいね

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タコヤキ・マン @tonari0407

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