第3話 恋した君へ

丈夫たけおさん。私、試したい恋のジンクスがあるの」


「何だよ、幸子さちこちゃん。もう俺達夫婦だから必要ないだろ?」


 鉄板の前でいちゃつく夫婦。僕は店主の無神経さにイライラしていた。妻の顔を見るばかりで、片面だけカリカリを通り越した僕の事なんかお構い無しにこの夫婦はラブラブしていた。


「そんなことないわよ。もうあんちゃんも家を出たし、ほっとかれたら私、家出しちゃうわよー」

 杏ちゃんとは、もう成人して家を出たこの色ボケ夫婦の一人娘だ。彼女はこの二人の子供とは思えぬくらい真っ当に育った。


「ええっ、幸子ちゃんそんな」


「ふふっ冗談よ、丈夫さん。でも一緒に試したいの」

 いたずら好きな笑顔を浮かべる幸子さんに店主はメロメロだ。


「もちろん、いいよ。なんだい?」


「夏祭りでたこ焼きとチョコバナナを一緒に食べると来世でも一緒になれるんですって。たこ焼きは焼き過ぎな位の子で、チョコバナナはミルクチョコにピンクシュガー、銀のアラザンらしいわ。今度一緒に行って探して二人で食べましょう?

 私、生まれ変わってもあなたと一緒になりたいわー」


 楽しそうに笑う幸子さんが本気なのか、からかって遊んでるだけの冗談なのかわからないと僕は思った。でも店主は盲目で幸子さんの言葉に大きく頷く。


「もちろんだよ、幸子ちゃん! 絶対見つけて一緒に食べよう」


 そんな迷信より、目の前のたこ焼きの心配をしろと思った。


「あら、丈夫さん。今日のたこちゃんちょっと焼き過ぎじゃない?」


「こいつもジンクスのタコみたいによく焼きだよ」

 勝手な店主は、片面焦げた僕をもう片面もわざと焦がした。ふざけるなと思った。


 ◆


 夏の暑い日だった。よく焼きされて生み出された僕は、今日はやる気と生命力に満ちていた。3分以上はいけそうだ。


 ふと、道路の向こう側に目をやるとポニーテールの女の子の手を掴む男の姿が目に入る。


 いざ、出陣! 今日の僕はやる気に満ちていて、横断歩道は青になってから渡ったけれど何でもできる気がした。


「ちょっとはなしてよ。私はもう別れたいの!」

「待ってよ。話を聞いて」

「話し合っても無駄よ。私たちはわかり合えない」


 別れたい女と別れたくない男が言い争っていた。

「君っ! 無理強いはやめたまえ。その手をはなすんだ」


 僕の大きな声に2人は振り向く。

 ポニーテールの女の子は茶色のTシャツにピンクの文字で「LOVE ME」と書いてある服を着ていた。


 何かが僕のタコに突き刺さる。


 フォーリン・ラブ


 店主の声がきこえた気がした。


「なっなんだ、お前はー」

 未知の生物を前にして声を出せない彼女に対して男は勇敢だった。咄嗟に彼女を守るように立ったのは賞賛に値する行為だ。おそらく彼も恋に盲目なだけで元々は悪いやつではないのだろう。


「僕はタコヤキ・マン。今日はよく焼きだ。無理強いは良くない。その手をはなしたまえ」


 そう声をかけたが、女の子は逆に僕に怯えていて自分から男の手にしがみついている。僕の心に失恋の雨がザーザーと降りかかった。


「タコヤキは話さないし、そんなに大きくないし、よく焼きというより、コゲコゲだよお前。訳わかんないこと言ってこの子に何かしたら俺が許さない!」


 男は僕を睨んだ。確かにちょっと焦げ臭いよね。僕の心は更に傷ついた。


「えっと……一応心はあるから発言には注意して欲しい。いくら暑くても僕はそんなに生きられないから」


「えっ? まじ? タコヤキ・マン、あんた大丈夫?」


 悲しげな僕に対して、敵意から一転して心配してくれる彼はやはり優しい男のようだ。グッバイ、5秒でフォーリン・ラブハニー。彼ならきっと君を幸せにしてくれる。


「大丈夫さ。寿命が短いのはいつものこと。今日は3分半位かな。僕はその中で誰かの役に立つことがしたいんだ」


「カップ麺全部食えねーじゃん。タコヤキ・マン、あんた、すげーな! 何か手伝えることとかないかな?」


 なんと、彼は僕の助手に立候補してくれた。これは長くて短い僕のショート・ショートタコヤキ人生において、初めてのことだ。


「ありがとう、ジョニー。あそこの荷物を沢山持ったご婦人に手伝いは必要じゃないか聞いて、もし必要なら手伝ってあげて欲しい。僕は熱すぎると荷物に害だし、冷えてるともう持てないし、奇跡的に大丈夫でも鰹節と青のりで荷物が汚れたって怒られたこともあるんだ。頼む、君ならできる」


 妄想の中で助手ができたら、ジョニーと名付けようと僕は勝手に決めていた。


「じょ、ジョニー? わかったよ。難儀な身体だな」


「短所は長所にもなる。適材適所さ。任せたよジョニー」


 彼はご婦人の元に駆けていき、その後をポニーテールの女の子が髪をなびかせて追っていった。

 荷物を持つ彼に彼女が「見直しちゃった」とラブビームを送っているのが遠目に見えた。


 ジンクスが叶うのは今日じゃなかったようだ。悪いな店主。


 静かに閉じる僕の瞳に夏の空が眩しく映った。


 愛は調和、バランスが大事。どちらかが重くても軽くても倒れてしまう。

 恋は盲目、目を開けたときに見えた相手の欠点を愛しく思えるか、醜く思うか。

 ラブはタイミング、相手の良さを見る機会と、見る心があるか。


 愛を継続するのは難しい。適度な遊びとジンクスも夫婦円満の秘訣かもしれない。


 まだ、本当の愛を知らないヒーローは、それでも恋に憧れる。

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