第4話 迷っている君へ

 チーン


 僕はいつもと違う身体の感覚に違和感を覚えた。


「店主、今日の僕は何かいつもと違くないか?」

 浴衣のようなものを着ている店主に声をかける。たこ焼き単体からタコヤキ・マンになった僕の声は彼の耳に届いた。


「あー今日の幸子ちゃんとデートだから、たこ焼き焼いて汗かく訳にはいかないからさ。レンチンで済ませたんだわ」

 店主は僕のことを見ずに、ヘアセットに忙しい。そんなにセットする髪の毛もない気がするが。


「レンチン? 僕の活動は世界の平和を守ってるんだぞ?」

 僕の身体を軽んじた発言をする店主に僕は腹がたった。


「作ってやるだけいいだろ。俺の本職は幸子ちゃんの旦那だし。んじゃ、俺は出掛けてくるから」

 店主は最後まで僕のことは見ずに意気揚々と出掛けていった。


 僕を作ることは副業だったのか。まだ熱いはずなのに、僕の心は冷えていった。


 外に出るともう薄暗かった。浴衣を着た人が何人も通りすぎる。そういえば店主も浴衣を来ていた。


 今日は夏祭りか。


 日が暮れかけているとはいえ、まだ昼間の暑さが残るアスファルトの歩道を僕は歩いた。


 いつもは昼間に作ってもらえるのに、今はもう夕方なのは店主に忘れられていたのかもしれない。思い出したときには時間がないし、汗もかきたくないからレンチンしたと。なんだかんだ長い付き合いの店主の心が読めて、僕は自虐的に笑った。いつもならば困っている人がいないか、精力的に探すのに、今日の僕はレンチンだからか無気力だ。


 だが、そんな僕の心とは関係なく救いを求める人は僕の元へやってきた。やはり、『ヒーロー』は僕の天職なのかもしれない。


「うわぁーん、おかーさーん。どこー?」

 5歳位の女の子が、道端で泣きながら助けを求めていた。さっと駆け寄って、声をかける。


「大丈夫かい。安心して、僕がお母さんを探してあげる」

 女の子からは僕の顔は見えなかったのか、彼女は嬉しそうだった。


「アン○ンマン?」

 期待に満ちた目を見て、僕の心は凹んだ。真実を伝えても彼女は僕のことを受け入れてくれるだろうか。確かに多少シルエット的にはあの国民的ヒーローに似ていることはあるかもしれない。食べ物から派生したヒーローという点も同系統かもしれない。

 ただ、僕は彼女に自分の頭を食べさせようにも、なんというか、一口で食べてこそ美味しさを発揮するたこ焼きだから、僕の端っこをかじっても元気が出るかはわからない。


 僕は一大決心をした。何とか彼女の期待を裏切らないように誤魔化そうと。


「ははっ、僕は君を救いに来たヒーローさ」

 肯定も否定もしない。いつもより高めで少し爽やかさを出した声で僕は答えた。


「アン○ンマン!」

 彼女は勘違いしていた。薄暗い中でも彼女の目が輝いているのがわかる。先程まで派手に泣いていたのに、涙はすっかりとまっていた。国民的ヒーローは偉大過ぎる。


「ははっ、名前を教えてくれるかな? お母さんを探そう」

「わたし、あゆっ」

 彼女は元気良く教えてくれた。


 そこからは手を繋いであゆちゃんと歩いた。

「あゆちゃんのおかあさん、いませんかー?」

 僕は声の限り、あゆちゃんの母親を呼んだ。


 でも時間とやる気が足りなかった。活動限界が近づいていて僕は焦った。

 あゆちゃんも歩き疲れたのか、徐々にグズリ始めて、「おなかへったー。つかれたー」と泣き出した。


 自分の顔をあげようにも、自分がアン○ンマンじゃないとばれてしまうし、そもそもこれで彼女を満足させられるかわからない。

 僕も泣きたかった。


「あれ? もしかしてタコヤキ・マン?」

 薄暗い中で、僕のシルエットから名前を呼んでくれたのはなんと


「ジョニー!」

 優秀な助手のジョニーだった。


「いや、ジョニーじゃなくて、俺『勝利』ってかいて『かつとし』って名前なんだけど?」

 彼女と手を繋いだジョニーはヒーローのように佇んでいた。


「ビクトリー・ジョニーか、いい名前だ」

 僕は彼の名前を心に刻んだ。


「いや、違うけど。っていうか、なにしてんの? また人助け?」


 僕が気づくと、ジョニーの彼女があゆちゃんに話しかけていた。持っていたチョコバナナをもらったあゆちゃんは途端に笑顔になる。


「察しが良すぎるなジョニー。流石だ。毎度申し訳ないが、僕は今日はレンチンなのもあって限界なんだ。お願いできるか?」


 ジョニーを見て安堵したこともあり、僕はもうよろよろだった。


「レンチン? 前と変わんないように見えるけど、もちろんいいよ。名前聞いた?」


「プリンセス・あゆちゃんだ。よろしく頼む」

 僕の言葉を聞いて、ジョニーは変な顔をした。だが、何も言わずに「あゆちゃんな。わかった」と言ってくれた。


 僕は道端に座り込んだ。本当に魂が飛ぶ寸前だったが、僕は大事な事を伝え忘れていたのとを思い出し、ジョニーに向かって叫んだ。


「ジョニー! プリンセスは僕はタコヤキ・マンじゃなくて他のヒーローだと思っているから、彼女をがっかりさせないように誤魔化してくれ!」


 先を歩いていたジョニーは1人で戻ってきて僕に声をかける。


「タコヤキ・マンでも十分だと思うけど、分かったよ。ある程度年齢いかないとお前の良さは伝わんないからな。今日もヒーローお疲れ様」


 ジョニー。君こそ僕のヒーローだよ。


 僕の魂は日が落ちるのと同時に夏の夜空に飛んでいった。


 僕はもう迷わない。誰がなんといおうと僕はヒーローであり続けたい。レンチンだろうと、タコ入れ忘れだろうと。


 僕がそうありたいと願う限り、僕はヒーローなのだから。

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