ソーコルイ・タクティカル
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──ソーコルイ・タクティカル
鮫浦はウクライナ首都キーウを訪れていた。
そこに本社を置く会社に用事があったのだ。
「久しぶりだな、鮫浦!」
「やあ、久しぶりだ。トリャスィーロ中佐」
「お互い元中佐だろう?」
「そうだったな」
30代ほどのウクライナ人。顔には2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際に出撃して撃墜されたときについた傷が残っている。今は軍服を着ておらず、スーツ姿で退役した身であることをしめしていた。
スヴャトポールク・トリャスィーロ元ウクライナ空軍中佐。
彼の率いる民間軍事企業ソーコルイ・タクティカルに鮫浦は用事があったのだ。
「それで、武器商人が民間軍事企業の社長に用事とは穏便ならざるものを感じるな。中央アジアでの軍事教練か? それとも東南アジアか? あそこら辺はもう西側の兵器が食い荒らし始めているはずだが」
「いや。別の場所だ。とりあえず戦闘機パイロットと地上管制要員をMiG-29戦闘機6機分。砲兵をD-20、D-30、M-46で3個中隊相当。バイラクタルTB2無人偵察機のオペレーターを6機分。それだけ数を揃えてほしい。先方の受けがよかったら契約を拡大する」
「おいおい、鮫浦。どこかも分からないのに派遣できるとは断言できないぞ。分かっているだろう。俺たちはロシアの息のかかった国には絶対に派遣しないって決めてるんだ。これだけは絶対に変えられない社是でね」
「安心しろ。ロシア人も、中国人もなしだ。約束する」
「ふうむ。ふたつの国の息のかかってない国で、東側の兵器を運用するのか?」
中東辺りかとトリャスィーロが尋ねる。
「石油はでない。ただし、これがある」
鮫浦は大事にケースに収めておいたピンクダイヤモンドを見せる。
「ピンクダイヤモンド。最近、裏の市場でやたらと出回ってると聞くが……」
「それひとつで6000万ドル。もちろん、そちらには現金化したものを渡す。どうだ?」
「報酬を払う能力はあるということだな?」
「ああ」
幾分か考えてから、トリャスィーロがゆっくりと口を開く。
「俺が軍に志願したのはロシア人のせいだ。ロシア人はこの国を破壊するだけ破壊した。今も制裁は続いている。ざまあみろだ。だが、失われた命も、破壊されたインフラも、そのままだ。この古都キーウは歴史ある都市だった。それが失われた」
トリャスィーロが語る。
「俺はこの国に再び活気を取り戻したいと思った。以前のような笑いのある国にしたいと思った。だから、復興に必要な外貨を稼ぐために今度は民間軍事企業を立ち上げた。東側の武器を扱っている国は多い。需要もある」
「だが、金払いは悪い。だろう?」
「そうだ。決して金払いがいいとは言えない。俺は会社の売り上げの一部を復興機構に寄付し続けているが、残念ながら大した顎にはなっていない。だが、このピンクダイヤモンドならば、これを現金化したものならば大した報酬になる」
「乗るか?」
「乗ろう。戦闘機パイロットなら任せろ。今も空軍にはコネがある。陸軍にもだ。こっちが抱えているコントラクターだけで足りなければ、他所からでも雇う」
トリャスィーロがそう言った。
「これが契約書だ。承認できたらサインしてほしい」
「分かった」
流石に会社の社長なだけあって、取引には慎重だった。
「問題ない。契約する。今からソーコルイ・タクティカルはあんたの指揮下だ、鮫浦。稼がせてくれよ。祖国のためにもな」
「当り前だ。ばりばり稼がせてやる。とりあえず人を集めてくれ。それから飛行機で東南アジアへ。装備は全部こっちで準備する」
「了解。しかし、東アジアでピンクダイヤモンド? アフリカじゃないのか?」
「きっとたまげるぜ」
それからトリャスィーロは電話をかけまくり、コントラクターを招集すると、彼らのための飛行機のチケットと就労ビザを鮫浦が準備し、東南アジア某国へと飛んだ。
そして、サイードの運転するバスに乗って空港から倉庫へと向かう。
「さあ、見てくれ。ここが契約先だ」
「おいおい。冗談だろ。こういうのはクローゼットにあるもんだぜ」
飛竜騎兵が丁度上空を飛行しているのが遠くに見えた。そして、地上から対空砲火が火を噴き、飛竜騎兵が撃墜されて行く。
「不思議の国にようこそ、トリャスィーロ。既に航空基地はできている。戦闘機を運ぶだけだ。準備は万端。MiG-29はイスラエル製の近代改修化キット適応済みだが、それでも大丈夫か?」
「基本的な操作は変わってない。レーダーは?」
「東側の野戦レーダーが数ヵ所に据え付けてる。だが、敵の脅威はほぼないと言っていい。あのドラゴンは飛竜騎兵って言うんだが、戦闘ヘリの最高速度より一足遅い程度で、かつ攻撃能力は有効射程100メートルのブレスだけだ」
「そいつらを排除するならMiG-21でもお釣りがくるぞ」
「俺の抱えちまった在庫を片づけたいんだ。頼むぜ、元エースパイロット」
「まあ、そこまで言うならば敵機を全て叩き落としてご覧に入れましょう」
トリャスィーロはSu-25攻撃機3機、Su-27戦闘機3機、Ka-52攻撃ヘリ4機を撃墜した現代のエースパイロットだ。
「向こうはちょっと前までクロスボウと魔法の杖で戦争していた連中だ。まずは戦闘機の優位性を見せつけたい。派手なパフォーマンスを頼めるか?」
「ああ。誰に見せるんだ?」
「女王陛下だ。ピンクダイヤモンドの支払い主」
「そりゃ気合を入れないとな」
トリャスィーロがそう言ってパイロットと砲兵、無人偵察機のオペレータたちを見渡す。彼らの目には戦意が見られた。
「彼らの国も侵略に晒され、滅亡の危機にある」
「聞いたな! 我々の祖国も不条理な暴力に晒され、不条理な犠牲を強いられた! 彼らを助けに向かうぞ! そして、同時に我々の祖国を復興する! たとえ血を吸ったダイヤモンドだろうと、構いはしない! 行くぞ!」
「ウクライナに栄光あれ!」
そして、トリャスィーロたちソーコルイ・タクティカルが新たに現地入りした。
彼らは戦闘機のバンカーへの設置と、給油車両を扱う人員の手配、整備を行う人間の手配、地上管制を行う人間の手配などなど、現代的な空軍を運用する上で欠かせないことを着実にこなしていく。
「行けそうか?」
「文句なしだ。誰が作ったんだ、この基地?」
「現地の魔術師だ」
「へえ。地球に招待したら土建屋で食っていけるぞ」
トリャスィーロはハーサンの作った基地に満足した様子だった。
「しかし、まだ兵舎がないな」
「プレハブ式のものを注文してある。暫くはテントで生活してくれ」
「ああ。ここよりも酷い戦場で戦ったこともある。前線からの距離が10キロも離れてない基地から航空支援だ。榴弾砲の弾は降ってくるし、下手すれば戦線が崩壊して機体ごと国外に逃亡しないといけないしで苦労した戦場だ」
それに比べれば全然マシとトリャスィーロが言う。
「それじゃあ、女王陛下にパフォーマンスしてみせましょう。あのドラゴンどもを叩き落としてやればいいんだろう?」
「正確にはワイバーンな。まあ、そいつらを戦闘機が撃墜たと分かるように叩き落としてやってくれ。それができれば文句なしだ」
「任せとけ。いざという時の捜索救難部隊は?」
「ない。敵地で堕ちたら自力で脱出してくれ。自衛用の武器は渡す」
「最高にイカした戦場だな。やってやろう」
スヴャトポールク・トリャスィーロ元ウクライナ空軍中佐はパイロットだ。
今もなお。
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