敵陣、攻撃しません?
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──敵陣、攻撃しません?
敵の増強はスターライン王国抵抗運動の斥候の手によって知られた。敵は歩兵師団2個と飛竜騎兵師団1個を増強。そして、さらに2個の歩兵師団には増強部隊とし軍団魔術連隊が随伴する。
これにより敵の大規模魔術攻撃はさらに本格化し、砲撃が昼夜を問わず続く。
「うわあああっ! ダメだ! もう耐えられない!」
「止めろ! 塹壕から出るな!」
終わったはずの雨期が忘れたように戻ってきて、塹壕の中は水浸し、泥まみれ。塹壕足になる兵士が出るのも時間の問題のように思われた。
一方のシャリアーデたちはハーサンが作ったコンクリート製のバンカーにカモフラージュネットを被せたものに隠れ。そこから指揮統制を行っていた。
「女王陛下。是非とも鮫浦殿が登用してもらいたい人材がいるとのことです」
「通しなさい」
「はっ」
近衛兵が敬礼を送ると、鮫浦が2名の男たちを連れて現れた。
「女王陛下。このような時世ですが、いやこのような時世だからこそあなた様のお役に立てる人材をお連れしました」
「中国の民ですか?」
「いいえ。彼らはイギリスの民です。元軍人で我々の武器にも、その武器を用いた戦術にも精通しており、是非とも護衛の役割を、と」
サイードは元SASのコネを利用して2名の男をスカウトした。
ひとりはマイロ・マクミラン元曹長。サイードと同じ第22SAS連隊の所属であり、サイードとは現役時代からの戦友であった。退役後、民間軍事企業で働くも、アジアの戦争後の民間軍事企業の需要低迷もあり、引退していたところをサイードに誘われた。
もうひとりはグレアム・グッドリック元大尉。マクミランとともに民間軍事企業に勤めていたが、同じく民間軍事企業の需要低迷を受けて引退していた。大学に進ませたい子供がおり、資金が必要だったところをサイードに誘われ戦線復帰。
ふたりの精鋭部隊の兵士がシャリアーデに向けて敬礼を送る。
最初の接触ののちからそうだったが、天竜やサイードと同じく、迷彩服とボディアーマー、そしてタクティカルベストという格好。ヘルメットも被り、手にはHK416自動小銃を手にしている。さらにはHK45自動拳銃を装備。
「何を申すか、武器商人風情めが! 女王陛下の身の安全は近衛兵が守っておる! 商人の護衛など必要ない! 貴公は我が国に対して多少の貢献をしたとは言え、身分の差をわきまえぬか!」
「やめなさい。メテオール候。そのものたちも鮫浦殿たちの扱う武器を扱えるのですね? あの対空砲や地対空未ミサイルというものも」
「もちろんです、陛下。彼らは武器を扱うプロフェッショナルであります」
SASは特殊作戦の遂行だけでなく、同盟国の軍事教練も行う。その過程で東側の武器に触れる機会もあり、56式自動小銃も80式汎用機関銃も85式対空砲もイグラ対空ミサイルも扱った経験がある。
天竜とサイードを鮫浦の護衛に当てねばならない以上、どうしてもシャリアーデが危険にさらされるリスクが高まる。そして、今の鮫浦にとってシャリアーデほどの都合のいい取引相手も存在しない。
「ふたりの給与はこちらで支払います。これもサービスの一環ということで」
ふたりは鮫浦が高給で雇っている。サイードには口が堅く、信頼できる人物をと頼んでおいたので、この異世界での取引が発覚する可能性は限りなくゼロだろう。
「いいでしょう。このふたりには私の相談役にもなってもらいたいものです。私たちはまだ鮫浦殿の扱う武器について知らなすぎる。少しでも彼らの知見が役立ち、そして私の身を守ってくれるとあれば、受け入れることに異論はありません」
「しかし、女王陛下。それでは近衛兵が……」
「ふたりは一応近衛兵に任命し、騎士の地位を授けます。鮫浦殿も騎士の地位は必要ですか? 今後の取引はやりやすくなると思いますが」
シャリアーデがにこりと微笑んでそう問いかける。
「いえいえ。しがない商人にそのような地位は恐れ多い」
首輪付きにされたら何を要求されるか分からんのにごめんだぜと鮫浦は思う。
「それでは、それぞれ名前を」
シャリアーデがふたりの元SAS隊員に促す。
「グレアム・グッドリック大尉です、女王陛下」
「マイロ・マクミラン曹長です」
それぞれが鮫浦が教えていた通りに跪いて挨拶する。
「これからよろしく頼みます。それから鮫浦殿に相談なのですが……」
その時また重低音の爆発音が響いた。
「これ、ですか?」
「そうです。これです。敵の大規模魔術攻撃が士気を削いでいます。飛竜騎兵はほぼ陣地の上空から駆逐したと言えど、この無差別魔術攻撃は続いています。今の我々は塹壕と対空砲、そして地対空ミサイルという武器を得て、防衛力については何の支障もありません。ですが──」
増強された魔術連隊による砲撃は激しく、兵士の精神を削る。塹壕に機関銃。そして、塹壕足とシェルショックとくれば第一次世界大戦の焼き直しだ。
そのことをふたりの元SAS隊員も理解しているらしい。彼らはやるなら俺たちだけでも敵地に単独潜入して破壊工作を行えるぞとシャリアーデとの謁見前に鮫浦に伝えていた。もちろん虚勢ではなく、彼らには実際にそのような任務を行う確かな技術がある。
だが、そうそう安上がりに終わってもらっては武器商人である鮫浦が儲からない。
「我々の国には敵地をこのように攻撃する兵器が存在します」
「それがあれば敵陣地を叩けるのですか?」
「そう簡単にはいきません。この大規模魔術攻撃が碌な狙いを定められず行われているのは着弾観測を行う飛竜騎兵が上空から駆逐されてから。敵は飛竜騎兵を増強したようなので、そのうちまた観測射撃が行われるかもしれませんが、それがなければ兵士の精神を損耗させるだけで、決定打にはなりません」
「では、どのように?」
「航空優勢の確保が第一です。何はともあれ、味方の上空から敵陣地の上空までをスターライン王国の空とします。その上で、こちらも航空戦力を用いた観測射撃を行おうではありませんか」
そして、売られる兵器は──。
「敵に飛竜騎兵があるというのならば、こちらも航空戦力を繰り出します。戦闘機と呼ばれる兵器です。これについては残念ながら、スターライン王国の方々の手では運用は不可能。そこで傭兵──民間軍事企業を雇います。全てこちらで準備しましょう」
「私たちは“神の血”を出すだけでよいと?」
「はい。兵器の運用はこちらでお任せください。もちろん、戦術レベルでの運用は、です。これから先、失われた祖国を奪還するなどという戦略的決定になりましたら、是非ともその時はお声がけを。対応いたしましょう」
鮫浦はそう言ってにやりと笑った。
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