相次ぐ更迭

……………………


 ──相次ぐ更迭



 第601飛竜騎兵師団副師団長のジャス・ツー・オズボーン少将が更迭された。


 第601飛竜騎兵師団は対空砲の次はテクニカル、テクニカルの次はMANPADSに狙われ、損害を増やし続けていたことが原因だ。


 どうして無敵と言われた飛竜騎兵がこれほどの損害を出すのか、誰もがまるで理解できず、原因解明が行われようとしていた。


 そして、分かったのは敵は鉄を飛ばす魔術だけではなく、飛竜騎兵を自動的に追尾する魔術を行使するということが判明した。それは逃げようと回避機動をとっても追尾を続け、飛竜騎兵に肉薄すると炸裂し、騎手とワイバーンの双方を屠るのだという。


 もしこれが開戦前に報告されていたら、失笑ものだっただろうが、もはや開戦後となり、敵の魔術が猛威を振るうのにドラゴニア帝国軍は頭を抱えていた。


 あと一歩。南東の森を制圧するだけでスターライン王国は完全に陥落するのだ。


 それが訳の分からない魔術によって、戦況が覆されて行く!


 事態を重く見たドラゴニア帝国陸軍総司令部は頭部征伐軍司令官ヴァルカ・ツー・ダコタ大将を呼び戻し、事態の把握を試みた。


「ダコタ大将。スターライン王国戦線について率直な意見が聞きたい。これは軍法会議ではないし、ここに国家全体戦線党の党員もぃない。貴公の率直かつ、スターライン王国戦線で実際に起きていることについて報告してもらいたい」


 そういうのはドラゴニア帝国陸軍最高司令官のリスタ・ツー・サンチーロン元帥だった。彼は皇帝にその能力を高く買われ、極右にして最大与党である国家全体戦線党の反対を押し切って陸軍最高司令官に任命された経緯がある。


 彼の他にもドラゴニア帝国陸軍の頭脳である上級大将クラスの人員がヴァルカの証言を求めていた。何が起きているのか、と。


「まずはリッグス中将の件について感謝します。降格などの処分はなく、予備役への編入だけは温情ある処置だったと思います」


「皇帝陛下も気になされておられた。それにリッグス中将が軍法会議で証言したことが事実ならば、我々は開戦前の調査が不十分だったということになる。それは陸軍情報部の失態であり、リッグス中将の失態ではない」


 ヴァルカが礼を述べるのに、リスタがそう返す。


「リッグス中将の証言は事実なのだな、ダコタ大将」


「事実です。副司令官のイスト・ツー・バヤンザグ中将が証言したと思いますが、スターライン王国戦線で起きていることは不可思議としか言いようのない事実。騎兵や歩兵を薙ぎ倒す鉄の魔術、ワイバーンをも撃墜する鉄の魔術。それもワイバーンを撃墜する魔術はワイバーンを追尾し撃墜するというものなのです」


 ヴァルカはこれまで起きた出来事を語った。


 第201騎兵中隊未帰還事件から、第2親衛突撃師団の壊滅。第601飛竜騎兵師団を襲った未知の魔術とそれに対する対抗手段の失敗に至るまでヴァルカは図式と物証を交えて、こと細かに語った。


 陸軍司令官として、何が起きたかを報告するのもヴァルカの義務である。彼は物事を分かりやすく、かつ何が危機的なのかを知らせるべく、真剣に説明した。


「以上です」


 スターライン王国戦線での出来事をヴァルカは語り切った。


「まさかこのようなことが」


「あり得ない。事前の陸軍情報部の調査ではこのような魔術は確認されなかった」


 下は少将、上は元帥にいたるまでの陸軍総司令部の英知が揺れていた。


「確かにこれに損害なければあり得ないで済んだだろう。だが、事実損害があって、その原因をヴァルカ大将が説明した。我々は向き合わなければならない。この脅威に対して。今はまだスターライン王国戦線でだけ見られる兆候だが、これから先どうなるか分からない。帝国は戦線を広げすぎたのだ。あまりにも広く」


 ここに国家全体戦線線党の党員がいたら、反国家的発言としてリスタを吊るし上げただろうが、ドラゴニア帝国の理性と知性の牙城たる陸軍総司令部にそのような政治的な人間は存在しない。


「しかし、サンチ-ロン元帥。ここからどう戦いなおすおつもりか。リッグス中将、コリーニ中将、そしてダコタ中将の言っていることが全て事実ならば、我々は手を出すべきではなかった相手に手を出してしまったことになります」


 陸軍総司令部の参謀のひとりがそう言った。


「無論、こちらの勝手で開戦した戦争をそう簡単にはやめられないという事実があるのは分かっている。だが、どうにかして手を引かねば、我々は技術力の圧倒的格差を以てして大打撃を被るだろう。帝国陸軍への打撃は、帝国への打撃。これまで無思慮に戦線を広げてきたツケを支払わされるだろう」


 それは多くの属領で構成された帝国の崩壊を意味していた。


「新たに602飛竜騎兵師団を増派し、敵の戦力を航空打撃を持ってして葬ることとする。また第21歩兵師団を派遣し、スターライン王国戦線の崩壊を食い止める。このまま敵が動かなければ、的には動けない事情があるということ。敵が動けば、帝国陸軍は余剰戦力全軍を投入し、物量を以てして敵を粉砕する覚悟である」


 リスタがそう宣言するのに参謀たちは渋い表情を浮かべた。


 帝国のドクトリンに従えば、敵の脅威が判明した時点で全軍を投入し、敵を粉砕せしめ、それから技術について調査するべきであった。


 だが、リスタが及び腰になっている。もしかしたら、敵の魔術は防衛のためだけのものかもしれないという希望的観測にすがっている。武力とは攻勢にも、守備にも使えるものが当り前だ。防衛専門の武力など存在しない。


 だが、スターライン王国は魔術国家。


 彼らは魔術を重んじ、これまで国を魔術師たちの手に委ねてきた。それ故に人材の層が薄いのは開戦前から分かっていたことであり、敵に理論だった戦略的行動が行えないことは緒戦で判明している。


 下手をしても帝国本土が脅かされる可能性はなし。


 リスタがそう判断したのも当然と言えた。


「新たに東部征伐軍隷下に軍に東部航軍集団を組織。徹底した航空攻撃を持ってして、敵の戦意を挫く。それと同時に地上軍による大規模魔術攻撃を以てして、敵の戦力を削ぐ。ダコタ大将。帝国は貴公に期待する。敵の猛威をスターライン王国戦線だけで終わらせることを」


「はっ。畏まりました、サンチーロン元帥閣下」


「それからムリース・ツー・コリーニ中将を第601飛竜騎兵師団司令官に再就任させる。今度は慎重になるように彼によく言っておくよう。我々は未知のものを相手にしている。そのことを知っている人間がいることは有益だろう。東部航空軍団司令官には、タイラー・ツー・ヴェルンホファー大将を就任させる。これによって貴公を指揮系統の都合上、上級大将に昇格させる」


「私を昇格ですか」


「人は失敗から学ぶもので、我々は未知の相手と戦っている。ここで貴公の首を飛ばして、別に人間を据えるのは上策とは言えないだろう。少しでもスターライン王国戦線の脅威を知っている人間がいることが望ましい。違うかね?」


「元帥閣下のご判断とあらば」


「私と皇帝陛下の判断だ。皇帝陛下は事態を危惧しておられる。このことで優秀な人材が失われるのではないかと。私も貴公の説明を聞くまでは、貴公の怠慢だと思っていたが、貴公は率直に説明し、事態の危機を伝えた。そのような人間の首を切っていいことなどない。私は貴公を昇格させるし、これ以上の戦果を期待する」


「畏まりました」


 ヴァルカはリスタに向けて頭を下げる。


「言っておくが私は一時の情に駆られて貴公の首を繋げたわけではない。貴公がこの新しい戦局においてまるで能力を発揮できないのであれば、別の人間を据えざるを得ないだろう。貴公の役目は第一にスターライン王国戦線での勝利、第二に帝国本土への影響の波及の阻止だ。任せたぞ」


「はっ!」


 こうしてヴァルカの続投は決まり、彼は上級大将に昇格した。


 そしてスターライン王国戦線に第602飛竜騎兵師団が到着。第601飛竜騎兵師団への補充も行われ、東部航空軍団が組織される。


 ドラゴニア帝国にとってのスターライン王国戦線は新しい段階に入ろうとしていた。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る