社長、トラブルです
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──社長、トラブルです
「それで俺は言ってやったわけよ。『てめえとはもう二度と取引しない!』ってな。そしたら相手の将軍は顔を真っ青にして『待ってくれ!』といったが、俺は無視して、飛行機のファーストクラスでその国からバイバイしてやった!」
「流石ー! 王大人はお金持ちですからねー!」
「そうだぜ。俺は大富豪だ。大金持ちだ。お前たちにもたっぷりと払ってやるから、次の酒持ってこい! この店で一番美味い酒をこの美人のお嬢ちゃんたちに!」
「わー!」
ピンクダイヤモンドが信じられないほどの値段で売れて、鮫浦の懐はほかほかだった。彼は取引のない間はクラブやキャバレーを梯子し、飲み明かし、遊び明かしていた。東南アジアはそういう遊びの値段が低いところもあるが、鮫浦はその中でのVIP向けの高い店で遊んでいた。
「お兄さんは飲まないの?」
ホステスのひとりが、サイードの方に寄る。
彼はまずは左手の結婚指輪を見せ、それからスーツの内側にあるHK45自動拳銃を見せた。それを見たホステスがツンとした様子で離れていく。
「おいおい。サイード。お前は運転手だから酒はダメだろうが、女の子と遊ぶのはいいんだぞ。むっつり黙ってないで、楽しくお喋りでもしたらどうだ?」
鮫浦はサイードの様子を見てそう言った。
「俺はたとえ神を裏切ることがあったとしても、妻は裏切れません」
「そうかい」
鮫浦はそう言って肩をすくめた。
サイードはアラブ系イギリス人で元からクリスチャンの家系というわけではなく、イギリスに移民するにあたって改宗したものだ。それでも彼はコーランの内容を知っているし、聖書も当然知っている。彼が敬虔なクリスチャンであろうとしているのは、祖先代々のルーツが失われたことへの埋め合わせだろうと思われる。
そこら辺は鮫浦には分からない。彼は宗教はどうでもよかった。武器が売れるならば、それでよし。だが、顧客にはムスリムが多く、その手の交渉の際には向こうの慣習に合わせる。それぐらいのものであった。
「今日もパーティーだ! 刑期のいい音楽を流せ! イケてる奴をな! それから酒だ、酒! 全員に振る舞ってやれ! ぐでんぐでんに酔っ払うぞ! 二日酔いのことは明日考えればいい!」
DJが鮫浦好みのエレキな音楽を流し、鮫浦は自分も高いシャンパンを味わいながら、ホステスを眺める。景気よく振る舞っていれば、今晩はひとりで夜を過ごさなくてよくなるかもしれない。高くは付くが、値段に見合った夜になる。
そこで鮫浦のスマートフォンが鳴る。
発信者は倉庫番の天竜。鮫浦はそのままスマートフォンを手に取る。
「なんだ、天竜?」
『社長、エマージェンシーです。苦情が殺到してます!』
「何の苦情だ?」
『ほら。例のテクニカルですよ。いいから戻ってきてください。酔いは覚ましておいてくださいね!』
そう言って天竜は通話を切った。
「あー。お嬢ちゃんたち。今日は仕事が入ってしまった。全員にいつもの2倍払うからそれで勘弁してくれ」
「ええー。王大人、行っちゃうのー。寂しー!」
「俺もだよ。また今度、来るからな。じゃあな」
鮫浦はクレジットカード──ブラックカードで精算を済ませると、サイードの運転で倉庫に戻った。体内循環型ナノマシンにアルコールを強制分解させて、酔いを覚まし、ミネラルウォーターを飲み干す。
「おう。苦情ってなんだ、天竜?」
「そこにお客様が来ています」
裏口のゲートにティノとハーサンの姿があった。彼らはしげしげと倉庫内に並ぶ武器を眺めている。彼らには何がどう動くのかまるで想像できない様子だった。
「これは、これは。何かお求めのものが?」
「これは全て武器で、商品なのか?」
「もちろんです。全てご購入いただけます」
「ふむ。どういうものなのか想像すらできない」
そりゃクロスボウとワイバーンで戦争した連中には冷戦時代の在庫でも訳が分からんだろうなと鮫浦は思った。
「鮫浦殿。例のテクニカルなのだが」
「どうなさいました?」
「どうも我々では運用できそうにない」
「と言いますと?」
鮫浦はちゃんと自動車教習も行ったし、車の簡単なメンテナンス──タイヤ交換なども教えておいたはずだが。
「地形が悪いのだ。鮫浦どのも知っての通り、あの森では騎兵が集団で行動できるだけの広さのある場所は少ない。これがテクニカルにも跳ね返ってきた。木にぶつかって故障する車両。木の根に乗り上げて動かなくなる車両。そういう車両が出始め、半分が行動不能になっている」
「ああ。そうでしたか」
「何か手はないだろうか?」
「もちろん、ございますとも」
よしよし。テクニカルごときで満足されていても困っていたところだ。ここはひとつとっておきを売りつけるとしようと鮫浦は考えた。
「今日は夜も遅いことですし、明日の朝一番にいつもの場所で取引を」
「ここで直接はできないのか?」
「今度お渡しする武器は扱い方がこれまでのものとは異なります。まずはパフォーマンスを見てもらい、そして扱えるかどうかを確かめてもらい、そして女王陛下の許可をいただかなくてはなりません」
「分かった。夜分、失礼した。しかし、店を構えたと聞いたが……。こんなところにこのような建物があっただろうか……」
鮫浦の倉庫は異世界側から見ると、木製の巨大な倉庫に見える。地球側から見ると鉄筋コンクリート製の倉庫だ。
どうもふたつの倉庫の空間がねじ曲がって、鮫浦の倉庫に繋がっているようである。
「では、明日。いつもの場所で」
「はい。明日、お届けに参ります」
いつもの場所というのは南東部のさらに南東部。ドラゴニア帝国の飛竜騎兵も滅多に飛んでこない場所。そこで56式自動小銃や80式汎用機関銃などを取引してきた。流石に85式対空砲についてはスターライン王国抵抗運動側に輸送手段がなかったために鮫浦たちが、森の中を輸送することになったが。
思えばあの時点で鮫浦は森林部がテクニカルの運用に適さないことを知っていたのだ。あの時もMTVRで85式対空砲を運ぶのには苦労した。狭い森の道。軍用輸送トラックだからこそ踏破できたが、民生品のピックアップトラックでは限界があるとは分かっていた。
それでも求めれば、何かしらの解決策を鮫浦が与えられるということは知らしめられた。そして、在庫の対空火器も売れた。
向こうが運用にしくじっただけで鮫浦たちにとっては儲けものだ。
「社長。何売るんです? カモフラージュネット?」
「馬鹿言え。そんなものは売らん。もっと高い値がついて、相手が仰天するものだ」
「もしかして……」
「そうだ。世界を恐怖に陥れた兵器。それを売る」
鮫浦はそう言ってにやりと笑った。
車両の通行困難な地形で、対空陣地に頼らず、敵を撃墜するには?
その答えが木箱の中に入っていた。
その兵器とは──。
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