空の敵を撃て
……………………
──空の敵を撃て
鮫浦は鼻歌でも歌いたい気分だった。
ついにスターライン王国抵抗運動は対空火器の購入で同意に至った。
早速ピンクダイヤモンドが支払われ、対空火器がハーサンの作った塹壕陣地の中でも対空陣地として整備された場所に設置される。
「鮫浦殿。これは何という兵器なのですか?」
「はい。こちらは85式対空砲と申します。口径23ミリ連装砲となっておりまして、機関銃のように連射することができます。では、天竜大尉とサイード曹長によるパフォーマンスをご覧いただきましょう」
丁度、ワイバーンが高度800メートルを飛行してきていた。
「ひ、避難するべきです、女王陛下! あんな平民でも扱える武器に飛竜騎兵が落とせるなど、あり得ません! ヴァンガード伯のようなことがあれば!」
「落ち着きなさい、メテオール候。高い身分にあるものとして自分の軽はずみな行動が、兵卒たちにどのような影響を与えるか考えるのです。我々はずっと飛竜騎兵を恐れ続けていては戦えないのですから」
シャリアーデはぴしゃりとイーデンにそう言った。
肝が据わっているなーと鮫浦はそれを見て思う。戦時指導者として、これ以上ないってください立派な女王様だ。しかし、塹壕の殿に塗れた服はどうにかするべきだなと鮫浦は思った。今度ロシア軍横流し品の迷彩服とヘルメットでも売るかと思ったのだった。
「天竜、サイード。撃ち落せ」
「了解、社長」
サイードが目標の距離をレーザーレンジファインダーで測定して伝え、天竜が対空砲を旋回させる。そして光学照準器により目標を捉え、射撃。
機関銃より大きな音を立てて、口径23ミリの機関砲弾が放たれる。高速とは言え、平時の輸送ヘリより遅い程度の速度で飛行していた飛竜騎兵が突如として、機関砲弾を浴び、ワイバーンが血と肉を撒き散らして落ちていく。
この鮫浦が売りつけようとしている85式対空砲というのはロシアのZU-23-2対空砲とほぼ同じものである。ロシアのZU-23-2対空砲はアフガニスタン戦争でも使用され、ソ連軍が水平射撃で歩兵を薙ぎ払ったり、ムジャヒディンが鹵獲してソ連軍のヘリを攻撃したりと八面六臂の活躍を見せた。
対空砲としてはもう古い部類に入り、中国人民解放軍でも後継機が開発されたためお役御免になって倉庫に仕舞われていたもの。それを、軍縮ムードの中、鮫浦が買い叩いた。古くても低速飛行するドローンを撃墜するにはもってこいだ。ヘリだって相手にできるということはこれまでの戦場で証明されている。
天竜は1体、また1体と飛竜騎兵を撃墜し、ついに飛竜騎兵は撤退していった。
「ご覧いただけましたでしょうか! もう飛竜騎兵なんぞに、空飛ぶトカゲなんぞに怯える必要はないのです! 連中を空から一掃してやりましょう! スターライン王国の空はスターライン王国の民のものです!」
「おおーっ!」
歓声が沸き起こる。平民たちはまたしても自分たちが活躍できる武器が購入されたことを率直に喜んでいる。若手貴族も戦争に希望が見え始めるのに平民と肩を組んで喜んでいた。苦い顔をしているのは、平民の発言力が大きくなることを恐れた古参貴族たちだけである。
「それではこの兵器を次々に運んで参ります。ひとまずは1個大隊相当の18門の対空砲をご提供しましょう。それから運用に慣れてこられた陣地転換などの訓練もなされてください。敵は航空優勢を握っております。たとえ、対空砲があろうとも、油断は禁物です」
まあ、こっちは2個大隊相当の85式対空砲抱えているわけだけら、幾分か砲撃──もとい、大規模魔術攻撃で破壊されてくれれば、敵陣地への攻撃意欲が湧いてくれて、榴弾砲、ドローン、戦闘機が売り込めるようになるんだが、と鮫浦は思った。
「その脅威というのは弾着観測射撃、というものがあるのですね?」
「ええ。我々の世界では飛竜騎兵のような航空機でも行われていたものです。敵が航空優勢を握り、このような開けた場所に対空陣地があるということは、弾着観測射撃を以てして、対空陣地を潰しにかかるでしょう」
対空陣地は空が見えな変えれば撃てないために開けた場所に設置されている。
飛竜騎兵が命がけで航空偵察を行い位置を記録すれば、砲弾、もとい大規模魔術攻撃が飛んでくることは予想するに容易い。
「皆の者! 鮫浦殿の言われる通りです! 武器を手にしたと言っても未だに我々は敵から空を奪い返していない! これからは日々、新しい戦いになるでしょう! ですが、我々は決して降伏しない! 必ずや祖国を奪還するのです!」
シャリアーデが将兵に向けて告げる。
「女王陛下万歳!」
「女王陛下万歳!」
対空陣地は万歳の声に包まれた。
この日からである。
第601飛竜騎兵師団に損害が発生し始めたのだ。
いつものように無差別攻撃に出動した飛竜騎兵の未帰還が相次ぐ。辛うじて生還した飛竜騎兵は『突然目の前の戦友が弾け飛んだ』と報告する。
第601飛竜騎兵師団師団長のムリース・ツー・コリーニ中将はそれでは意味が分からないと詳細な報告を求めた。戦友が死ぬまでに何があったのかを思い出させる。そこで飛び出たのが『何かが飛翔してきた音がした気がする』というものであった。
飛竜騎兵は高高度を飛行するため、寒さ対策に毛皮の耳当ての付いた兜を被る。それから飛行中にゴミや虫が目に入っては大変だとドラゴニア帝国でしか作れないという、ちょっと歪みのあるガラスのゴーグルを身に着ける。
そのような装備を付けていて“飛翔音”が聞こえたということは、間違いなく地上から狙い打たれたのだという結論になる。
既に敵が銃という鉄を飛ばして攻撃してくることは分かっていた。敵はやはり持っていたのだ。飛竜騎兵を、ワイバーンを撃墜できる武器を。
「攻撃を夜間のみに限定。夜間の損害は今のところない。敵がいくら遠距離に鉄を叩き込む武器を持っていたとしても夜の闇に紛れれば、狙いは付けられまい」
ムリースはそう言いながらも、もう自分たちの常識は通用しない未知の相手と戦っていることを自覚していた。敵はこれまで夜間攻撃を行う飛竜騎兵を撃墜しなかったが、それは夜間攻撃を行う部隊が少なかったためではないのかと。
彼の最悪を想定した予想は的中した。
85式対空砲には暗視装置が搭載されている。前世紀の遺物だが、狙いを定めるには十分。夜間飛行を行った部隊も損害を出し始める。
被害は1個大隊相当の270体の飛竜騎兵が失われるという結果になり、ムリースは釈明のために都市テルスを訪れることになった。
ちなみに第601飛竜騎兵師団は2個連隊の飛竜騎兵からなり1個連隊の飛竜騎兵部隊は3個大隊の飛竜騎兵部隊からなる。つまり全部で6個大隊の飛竜騎兵大隊があり、そのうち1個大隊が壊滅したということだ。
第601飛竜騎兵師団には飛竜騎兵そのものの他に地上で基地の整備を行う工兵中隊や管制を行う管理中隊が付随しており、それらの規模も1個大隊程度である。
「コリーニ中将。やはり連中にやられたか……」
「分かっておいでだったのですか?」
東部征伐軍司令官のヴァルカが呟くように言うのに、ムリースが言う。
「敵は思いもよらぬことをする。我々の常識は今や通用しない。できることをしようとは決意したものの、損害がでるのは覚悟の上だった。私は貴公を責めはしない。だが、陸軍総司令部と皇帝陛下は納得されないだろう」
無敗と言われた飛竜騎兵がこれだけの損害を出すのは前代未聞だ。
「いずれ中央に呼び出されることになるだろう。その時は私も同伴する。私が無理ならば副司令官のイスト・ツー・バヤンザグ中将を同伴させる。そして、中央に対して訴えるのだ。我々が未知の敵と戦っていることを」
ヴァルカは静かにそう言った。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます