王宮崩壊

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 ──王宮崩壊



 暫定的に王宮と呼ばれている城は100年前に作られたもので、元はこの地方を収める辺境伯は保有していたものだった。


 だが、ドラゴニア帝国の侵攻と辺境伯の血筋が絶えたことにより、城は王室のものとなり、新たに防護のエンチャントが掛けられ、王宮となった。


 このスターライン王国抵抗運動の司令部とも言える王宮に対して、ドラゴニア帝国陸軍はハンマーを振り下ろそうとしていた。


 城を視界に収められる距離。その高空を飛竜騎兵1体が飛行していた。


『大規模魔術攻撃開始。弾着まで40秒』


 一昔前のブラウン管モニターのパソコンほどの大きさがある魔道具から遥か後方から魔術攻撃を行う第10歩兵師団の魔術連隊の通信が入る。


「了解」


 時計を見る。通信機材としての魔道具は重たく、嵩張るが、時計は小型化に成功しているネジ巻き式の懐中時計で飛竜騎兵がカウントを行う。


『弾ちゃーく、今!』


 ズウンと重低音の爆音が響き、王宮から離れた位置に砲弾が落下する。


「弾着を確認。弾着、目標より北に30、東に60。修正、南に30、西に60」


『了解。修正射を行う』


 再び大規模魔術攻撃が行われる。


 今度は王宮のすぐ傍に弾着した。


「効力射を要請、繰り返す効力射を要請」


『了解』


 これが第10歩兵師団師団長のシリナ・ツー・マークグラフ中将が魔術連隊の将校たちとともに考えていた航空弾着観測射撃である。


 ドラゴニア帝国陸軍はまずは何はともあれ航空優勢を取ろうとする。


 航空優勢の有無が戦局を左右することを彼らは理解しているのだ。


 彼らは航空優勢の確保が、航空攻撃だけはなく、敵の偵察にも使用できることを知っている。特にここ最近のドラゴニア帝国の拡張主義に伴う侵略戦争において、航空偵察は重視されていた。


 地球では衛星が一般企業でも運用できるようになり、現地の詳細な地図を入手することはさほど難しいことはないが、この世界では地図は最高機密だ。


 地図さえあれば軍略を立てる大きな役に立つ。軍の進軍経路、兵站線、補給所、確保するべき要衝。そういうものが分れば、戦争での勝利はより確実なる。


 それを誰もが知っているために、地図は真っ先に隠されるし、戦争前に測量など行えば戦争行為と見做されることすらある。


 そこで航空偵察だ。


 航空偵察で敵の陣形や規模はもちろん地形を把握し地図を作成する。ドラゴニア帝国陸軍飛竜騎兵部隊の中でも航空偵察を行うものたちは頭脳面でのエリート揃いだ。


 それだけ航空優勢の重要性と有用性を理解しているドラゴニア帝国だからこそ、この航空弾着観測射撃という発想が出て来る。


 現代の地球でもドローンを前進観測班FOにして、砲兵が砲撃を行うということがどこででも見られるようになった。それの飛竜騎兵バージョン。


 だが、航空弾着観測射撃は遡れば第二次世界大戦前からも見られる。戦艦が何故水上機を運用していたのかと言えば、航空機から弾着を観測させて、水平線の向こうにいる敵を砲撃するためである。


 もっともそのような事例が顕著に行われたことはなく、時代は戦艦から空母に変わったが、地上においては未だに砲兵が力強い火力だ。砲兵の弾着観測を行う機体は多く製造され、戦争に投入されてきた。


 それを飛竜騎兵というワイバーンに乗った兵士でやるのはちぐはぐ感が否めないが、ここには大規模魔術攻撃という遠距離攻撃手段があり、弾着を観測する前進観測班たる飛竜騎兵もいる。成立しないわけではない。


『弾ちゃーく、今!』


 連続した爆発音が響き、王宮が、辺境伯の城が一部欠損する。


「目標に命中すれど、倒壊には至らず」


 飛竜騎兵は報告を行い続けた。


 確かに王宮は崩壊しなかったものの、混乱は広がっていた。


 王宮が揺さぶられ、天井から小さな瓦礫が落下する。


「ま、まさか当てて来たのか? 大規模魔術攻撃をこの小さな目標に当ててきたというのかっ!? あり得ない!」


「次は完全に命中するかもしれません。皆の者、避難するのです。近くにハーサンが準備した塹壕があります。そこに逃げましょう。ここよりも安全です」


「何を仰られるのですか、陛下! ここには防護のエンチャントが3重に……」


「それが鮫浦殿の銃で破壊されたことはあなたも知っていますね?」


「あ、あれは……」


「鮫浦殿によれば、飛竜騎兵の航空攻撃や大規模魔術攻撃の被害を避けるには塹壕がもっとも適しているとのこと。私は彼を信じます。彼のもたらした武器が我々に勝利を与えてくれたのですから、当然のことです」


「くっ……」


 卑しい平民の武器商人ごときが女王陛下の意見を左右するなどとは、とイーデンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 しかし、女王シャリアーデが決めたとあってはもはや決定事項だ。


「では、陛下。今急ぎ避難を」


「皆の者から避難なさい。私は最後に脱出します。主君が真っ先に逃げ出しては士気に響くというもの。お父様もその信念から戦場で戦い、戦死なさったのです」


「ははっ! 流石は女王陛下でございます! 皆の者、聞いたな! 急ぎ避難せよ! 女王陛下の避難が間に合ううちに!」


 使用人から衛兵、そして宮廷貴族にいたるまで次々に塹壕に飛び込んでいく。昨日降った雨のせいで塹壕はぬかるんでおり、誰もが泥に塗れる。女王シャリアーデは全員が避難したのを確認してから王宮を出た。


「上空に飛竜騎兵!」


「ブレスが来るぞ!」


 シャリアーデより先に出て避難をしていた宮廷貴族のひとりがブレスのまぐれ当たりで炎上する。体が燃え上がり、地面をのたうち回る。


「ヴァンガード伯!」


「み、水の魔術師は!?」


「もうダメです。助かりません」


 宮廷貴族のひとりが目の前で死んだのにシャリアーデが衝撃を覚える。


 見知った顔のひとりだった。古参貴族らしく平民の武装化に文句を言っていた貴族であったが、その他の面では頼りになる貴族であった。


 それがあっさりと死んだ。飛竜騎兵の当たらないと思われていたブレスによって。


「女王陛下! 早く避難を!」


「ええ」


 シャリアーデも泥に塗れて塹壕に飛び込む。イーデンは躊躇ったものの彼の背後で王宮についに大規模魔術攻撃が直撃するのに塹壕に慌てて飛び込んだ。


「今もあそこにいたら、スターライン王国指導部は全滅していましたね……」


「なんということ……」


 飛竜騎兵が上空を通過していく。我が物顔でスターライン王国の上空を飛んでいる。


「鮫浦殿から聞いていましたが、航空戦力は直接的な攻撃力だけではなく、航空偵察やひいては大規模魔術攻撃の攻撃を誘導できると……」


 王宮の警護に当たっていた若手貴族がそう言う。


 鮫浦は武器を売るためにあれやこれやと若手貴族たちは現代戦のことについて吹き込んでいた。彼らが現代戦の戦われ方を知れば、おのずと現代兵器という便利な道具に食いつくだろうと見込んでのことだ。


「まさか、あの飛竜騎兵が大規模魔術攻撃を誘導したというのか……! ぜ、絶望的ではないか! あんな高くを飛ぶ飛竜騎兵を攻撃する方法など我々にはないぞ!」


「いえ。あります」


 そこでシャリアーデがはっきりとそう言った。


「おお。お止めください、女王陛下。あの銃という武器だけでも平民は力を持ったのです。これ以上力を与えてはなりません」


「私は民を恐れません。ヴァンガード伯の仇を取ります。鮫浦殿に対空攻撃可能な兵器を購入すると伝えなさい」


 シャリアーデはそう宣言した。


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