敵の戦略転換

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 ──敵の戦略転換



「諸君。ウルイザ・ツー・リッグス中将の更迭と第2親衛突撃師団の本国での再編成が決定した。これは陸軍総司令部と皇帝陛下の決定である」


 スターライン王国のかつての王都テルスの王城だった場所にして、今はドラゴニア帝国陸軍東部征伐軍司令部と属領省東部属領局出張所の入った建物の大会議室にて、ヴァルカ・ツー・ダコタ東部征伐軍司令官にしてドラゴニア帝国陸軍大将が重々しく告げた。


「まずは何が起きたのかについて諸君らに話しておかなければなるまい」


 ヴァルカは第201騎兵中隊の未帰還事件から今に至るまでの経緯について語った。


 まず威力偵察中の第201騎兵中隊が行方不明になったこと。ヴァルカは率直にこの事件をその時点ではそこまで重要視していなかったということを述べた。


 それから第2親衛突撃師団に南東部のスターライン王国残党の殲滅を命じたこと。そして、何かしらの原因で第2親衛突撃師団は全滅したということ。その件を受けてウルイザが本国に呼び戻され、軍法会議に掛けられ、第2親衛突撃師団師団長の地位から更迭され、恐らくはさらなる懲罰が待っているだろうということを述べた。


「元を正せば私が第201騎兵中隊の未帰還事件を重要視しなかったことにある。私も東部征伐軍司令官の地位の辞職と降格の末、予備役への編入を申し出たが、皇帝陛下の温情から今の地位に留まることになった」


 事情をまるで知らなかった第10歩兵師団師団長のシリナ・ツー・マークグラフ中将とテルス防衛に当たっている第35歩兵師団師団長のアールザ・ツー・ステルンベルギ中将は第2親衛突撃師団の壊滅の知らせに唖然としている。


「諸君もできることがあればリッグス中将への弁護を願いたい。予備役への編入は避けられぬだろうが、彼は決して軍務を怠ったわけではないのだ」


「何があったのですか?」


 シリナが自分の担当範囲になった南東部の状況を知りたがる。


「敵は強力かつ速射可能な魔術を使ってきたと考えられている。第601飛竜騎兵師団の帰還したワイバーンの鱗に挟まっていたのが、これだ」


 ヴァルカがテーブルの上にコロンと金属の塊を乗せる。それは潰れた銃弾であった。


「敵はこれを飛ばしてきている。どういう原理かは不明だ。だが、これはワイバーンのブレスの射程外から放たれ、ワイバーンにこそ影響は与えられないものの、騎手の鎧を貫き屠るだけの威力がある」


 ぞっとする空気が流れた。


 ワイバーンのブレスの有効射程外からの攻撃。それは陸上においては大規模魔術攻撃ぐらいしか思いつかないものであった。


 クロスボウや長弓でもワイバーンのブレスを上回るのは不可能だ。


「今回の戦いを分析した。敵は地上軍に猛威を振るった反面、高空から攻撃を行う飛竜騎兵には手を出していない。今回の戦いでも第601飛竜騎兵師団の損害は少ない。敵は確かにブレスの範囲外から攻撃をしかけるかもしれないが、射程は無限ではないということだ。故に方針を一時的に転換する」


 ヴァルカが宣言する。


「この際、有効射程などの精度は気にしない。数に任せた無差別航空攻撃を仕掛ける。飛竜騎兵は敵の攻撃武器の射程圏外と思われる高度800メートルから地上に向けて無差別にブレスを発射。これを昼夜を問わず行う」


「閣下。お言葉ですが夜間飛行は危険です」


 ここで第601飛竜騎兵師団師団長のムリース・ツー・コリーニ中将が発言する。


「リスクは承知の上だ。それをカバーするために同時に大規模魔術攻撃も無差別に行う。こちらも昼夜を問わず。森が焼ければ少しは光源になるだろう。夜間飛行を行う部隊は小規模でもいい。1個中隊でも十分。状況が分からない今、我々にできることをする。敵に物理的な損耗を強いるのが難しいならば心理的損耗を強いる」


 ここでドラゴニア帝国陸軍は方針を大きく転換してきた。


 これまでのようにドラゴニア帝国陸軍が誇る地上軍による大規模な殲滅戦ではなく、敵の精神に打撃を与える心理戦へと転換したのだ。


 大規模魔術攻撃は威力こそ155ミリクラスの榴弾砲ぐらいだが、これが昼夜を問わず、あちこちに無差別に降り注げば、スターライン王国抵抗運動も落ち着く暇がなくなる。それに加えて、飛竜騎兵に無差別航空攻撃。そらから無数の火球が狙いが定まっていないとは言え、降り注ぐのは敵の士気を挫ける。


 援軍もなく、士気も落ちれば、次に地上軍を侵攻させるときに優位に運ぶかもしれず、かつ敵の戦意を喪失させ戦わずして勝利できるかもしれない。


 もちろん、これが楽観的観測に基づくものであることはこの場にいる全員が理解していた。敵は今回は投入しなかっただけで、ワイバーンすらも撃墜できる魔術を開発しているのかもしれない。


 もはや、ヴァルカたちの常識は通用しないということだけは分かっている。その上で、彼らにできることをするのだ。何もせず座して戦況を見ているのは、それこそ軍法会議ものの怠慢である。


「最善を尽くそう。祖国と皇帝陛下のために。帝国万歳、皇帝陛下万歳」


「帝国万歳、皇帝陛下万歳」


 そこで会議は終わった。


「ムリース殿、話があるのだが」


「なんだろうか、シリナ殿」


 第601飛竜騎兵師団師団長ムリースに第10歩兵師団師団長のシリナが話しかける。


「例の、航空弾着観測射撃を試せないだろうか。貴公が航空優勢を確保したのならば、こちらの飛竜騎兵は自由に飛行できる。そこで飛竜騎兵が大規模魔術攻撃の着弾地点を観測し、修正射を行う。実を言うと本国から魔道通信機材が送られてきているのだ。ダコタ大将閣下は第2親衛突撃師団のことで忘れられておられるのかもしれないが、我々は確かにそれを装備している」


「ふむ。だが、飛竜騎兵で魔道具を扱えるものは少ない。限定的なものになるだろうがよろしいか?」


 飛竜騎兵を志願するものはドラゴニア帝国でも魔力のないものたちだ。彼らは魔力がなくとも一気に少佐ぐらいまでは昇進できるエリート兵科である飛竜騎兵を目指す。


 もちろん、目指した全員が飛竜騎兵となるわけではない。飛竜騎兵はただワイバーンに乗るだけではなく、長距離飛行のための航法技術や戦闘機動の際の対G能力が求められる。地球における戦闘機パイロットと同様にこの兵科に配属されるのは心身ともにエリートであるものだけだ。


「構わない。観測用の飛竜騎兵は1体でいいのだ。それも着弾が観測できる範囲を飛行するだけで、敵に近づかずともいい。この戦術を南西地方の平定で試してみたかったのだが、そのような敵でもなかったのでな」


「おかしい。南西の勢力は普通に第10歩兵師団に平定されたというのに、何故第2親衛突撃師団だけがしくじった?」


「ああ。確かにおかしい。スターライン王国は魔術ばかりを重視する国だと聞き、人材の層は薄いと思っていたが、我々の悪い思い込みだったのかもしれない。連中の中には、我々以上に頭が回る人間がいるのかもしれない」


 ドラゴニア帝国は拡張主義の派閥が大きく、今回のスターライン王国への侵攻に当たっても『相手は魔術だけを重視する遅れた国家。我々の優れた戦略を前にしては手も足も出るまい』という楽観的予想で戦争が始まった。


 確かに参謀本部はそれに応えられるだけの優秀さと知性と理性を持っていたが、帝国議会の右派勢力による拡張主義に軍部はうんざりしている。いい加減、戦線を広げすぎている、と。このまま拡張を続ければ、いずれは破綻をきたす、と。


 だが、右派勢力の帝国議員たちは拡張こそ帝国の義務とし、占領地の同化政策を推し進めるとともに、植民を推進している。それで確かに国は豊かになったものの、敵を蛮族と思い込み、軍部に戦争を迫るのは軍人たちも辟易していた。


 一部の右派政党の支持者である軍人だけは偉い口を叩くが、そういう人間に限って能力不足であったりする。


「我々軍部が帝国の理性と知性の牙城であらねばならん。敵を軽視せぬよう」


「もちろんだ」


 ふたりの中将はそう言葉を交わしてそれぞれの職務に向かった。


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