最初の勝利

……………………


 ──最初の勝利



 夜が訪れた。


 この世界で大規模な夜戦が行われることはほぼない。


 小規模な小競り合いが夜まで続くことはあるが、夜戦装備のなさ──暗視装置はもちろん、ある程度の光度を持った照明弾も存在しない──から、大規模な兵力を夜間に動かすのは、無用の混乱を招き、同士討ちの恐れもあるとして避けられてきた。


 そして、第2親衛突撃師団師団長ウルイザ・ツー・リッグス中将は自分配下の部隊が全滅したことを知った。騎兵も、歩兵も、未帰還にして連絡なし。最後に偵察を行った生き残りの騎兵は『夥しい死体の山がある』と報告し、生き残った歩兵も地獄のような戦場の様子についてウルイザに報告した。


 ドラゴニア帝国陸軍は1個師団がたった2個大隊を相手に壊滅するという前代未聞の大打撃を受けたのであった。


 ウルイザは責任を追及され、東部征伐軍司令官ヴァルカに呼び出され、軍法会議に掛けられるまで拘留されることになった。彼は自分が軍法会議に掛けられるということよりもどうして親衛の名を冠した自分の師団が壊滅したのかということに戸惑い続けていた。


 何が起きたか分からないのはヴァルカも同じだった。


 精鋭師団である第2親衛突撃師団がどうして壊滅したのかさっぱり分からなかった。軍法会議に掛けられる予定とは言えど、ウルイザは無能な軍人ではないし、第2親衛突撃師団も優秀な部隊だ。それが完全に壊滅した?


 ヴァルカは次に第601飛竜騎兵師団の師団長を呼び出し、航空支援が適切に行われたかを調べた。師団長は率直に敵の地上からの妨害を受け、航空支援は限定的なものにならざるを得なかったと報告した。


 飛竜騎兵を地上から妨害するとはどのような手段かとヴァルカは問うたが、第601飛竜騎兵師団師団長は明瞭な答えを与えられなかった。部下たちからの聴取によれば、敵は地上から上空にいる騎手をブレスの射程圏外から狙えるということだけと言う。


 その時南西方面の平定に当たっていた第10歩兵師団が帰還するとの報告を受けて、ヴァルカは南東方面に第10歩兵師団を貼り付け様子を窺うことにしたのだった。


 そして、ドラゴニア帝国軍東部討伐軍は沈黙した。


「勝利だ!」


 一方のスターライン王国抵抗運動は自分たちが勝ち取った勝利に沸いていた。


 ハーサンたちも歩兵2個連隊の進軍を阻止し、死体の山を作っていた。塹壕と銃を適切に扱えば、無敵の陣地ができることを彼らは示したのだ。


「勝利に乾杯!」


「我々の勝利に!」


 フロックたちへ平民がもっとも勝利に感動を覚えていた。確かに塹壕は魔術で作ってもらったものだが、勝利を実質手にしたのは彼ら自身の力によるものなのだ。そして、銃という武器が勝利をもぎ取ったことも広く知られた。


 魔術によらず、平民が武器によって勝利を勝ち取った。


 その話は瞬く間にスターライン王国抵抗運動の中に広まり、他の貴族の部隊も自分たちに同じ武器と勝利の栄光を与えてくれと指揮官である貴族たちに直訴した。


 上級司令部を占める古参貴族たちの反応は芳しくなかった。彼らは平民がこのような劇的な勝利を手にすれば自分たちの地位が危ぶまれ、ひいてはスターライン王国の政治体制そのものが危ぶまれるということになると思ったからである。


 だが、現場指揮官である若手貴族たちの反応は衝撃と歓喜に満ちていた。ドラゴニア帝国に奪われ、蹂躙されてきた苦い経験を忘れられない彼らは勝利に歓喜し、自分たちの配下の部隊にも銃をと女王に非礼を承知で直訴した。


「無礼な! この若造どもが! 許可もなく女王陛下に直訴すると言うことは死罪に当たるぞ! そのことが分かっているのか! まして、平民を武装させろなどというくだらないことで!」


 イーデン・デア・メテオール宰相は王宮に直訴に訪れた若手貴族たちを一喝する。


「よしなさい。メテオール侯。実際に戦果が上がったのは私がその目で確認しました。あの銃という武器は強い。そして、塹壕と組み合わせれば、まさに鬼神のごとき強さを発揮する。それは事実です」


「し、しかし、陛下。そのような危険な武器で平民を武装させるなど」


「私は民を信じています。民は決して私たちを裏切ることなく、祖国のために戦うと。あなたは自分の民が信じられないのですか、メテオール候?」


「そのようなことは……」


「では、異論はありませんね。彼らに銃を与えましょう」


 女王シャリアーデは若手貴族たちに優し気に微笑みかけた。


「先に銃を手にしたカリスト子爵とマース子爵から教えを乞いなさい。そして、一刻も早く全軍を銃で武装させるのです。今回は敵の油断もあったでしょうが、敵はドラゴニア帝国です。必ずや対抗策を打ち出してくるでしょう。その時にも勝利を」


「はっ! 我々の命を賭してでも勝利を!」


 若手貴族たちは少女女王の采配に感謝し、尊敬の念を深めた。


 シャリアーデはまだ自分たちが銃の威力を知る前から導入を決意し、さらには戦場に赴き、自分の目で戦果を確かめたのだ。これを君主として尊敬せずして、誰を尊敬すればいいのか。戦場で散った先代の国王も勇敢だったが、シャリアーデは勇敢であると同時に聡明だと若手貴族たちは尊敬の念を深めたのだった。


 そして、ティノとハーサンたちは勝利を祝っていた。


「乾杯!」


「乾杯!」


 いつか勝利を収めたら開けようと約束していた葡萄酒の樽を開け、平民たちとともに勝利を祝う。もうここには貴族と平民の垣根はなかった。フロック曹長たちにも貴重な葡萄酒は振る舞われ、ともに肩を並べて乾杯した。


「凄い、凄いぞ。これで俺たちは勝てる。ドラゴニア帝国に勝てる」


 ハーサンは興奮した様子でそう言う。


「ああ。銃は強い。塹壕も強い。だが、この勝利に驕ることがあってはならない。俺たちはまだ国土を取り戻したわけでもないし、銃で武装しているのはたったの2個大隊だけだ。これからもっと銃の功績を広め、そして鮫浦殿たちから、より強力な武器を購入することを女王陛下に上申しなければ」


「そうだな。今回は飛竜騎兵の騎手が怖気づいてくれたが、正直銃でもワイバーンの鱗を抜くのは難しいし、当てるのも難しい。まずは飛竜騎兵をどうにかしたいところだ。強力な武器の中に、空を飛ぶ敵を攻撃するものがあればいいのだが」


「あるだろう。中国の大地では空を飛ぶ兵器が飛び回っているそうだ。塹壕を越える兵器も開発されていると考えると、中国の民は空を飛ぶ兵器を撃ち落す武器も開発しているはずだ。鮫浦殿たちに聞いてみよう」


 ハーサンとティノはそう言葉を交わす。


「兵器、売れますかねー?」


「売れる、売れる。もっと武器を売るぞ。足りなければ追加発注だ。幸い、中国人民解放軍にもロシア軍にも、東欧諸国にもコネはある。いくらでも武器は仕入れられるぞ。連中が軍縮で捨てた武器を安く買い叩いて、こっちではピンクダイヤモンドだ」


「ぼろ儲けですね」


「ぼろ儲けだ」


 天竜と鮫浦は持ち込んだ瓶ビールで乾杯して勝利を祝った。


「サイード。お前の方はどうだった?」


「素人でも基本的な扱い方さえ教えておけば、使い物になります。問題は防衛から攻勢に転じるときでしょう。兵站線を彼らがどう維持するのか」


 サイードはアラブ系だがクリスチャンであるために普通にビールを飲んでいる。


「その時はトラックでも売るさ。売れるものは相手に金がある限り売る。戦闘機と戦車も捌いてしまいたいものだが……」


「自動車運転できるんです?」


「普通自動車はともかくとして軍用トラックは難しいかもしれんな……」


 だが、鮫浦はこれは絶好の儲けるチャンスだと確信していた。


 相手は兵器の価値を知らないが、知らなくても銃の件で信頼は得られた。


 これから口八丁手八丁で武器の売込みだと武器商人魂に火をつけた。


……………………

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