塹壕・機関銃・血
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──塹壕・機関銃・血
懲罰歩兵大隊は当初は罠がないか調べろと言われて前進させられていた。
後方には鉄の規律を持つドラゴニア帝国陸軍野戦憲兵隊が控えており、彼らはクロスボウを握り、短剣を腰に下げ、逃亡するものを殺害する権限が与えられていた。
懲罰歩兵大隊に士気など期待できるはずもない。
彼らは野戦憲兵隊に殺害されることを恐れて、前進してるだけである。どうか自分がこの辺境の民族の野蛮な罠にかかりませんようにと祈って。
「何かあるぞ」
「落とし穴、か?」
「馬鹿。あれは塹壕だぜ」
彼らが塹壕を視認できたときには既に彼らの命運は決していた。
盛大な銃声が鳴り響く。
56式自動小銃と80式汎用機関銃が火を噴き、懲罰歩兵大隊の兵士たちを薙ぎ払う。死は一瞬で訪れ、56式自動小銃から放たれた7.62x39ミリ弾は兵士の臓腑を抉り、大量の出血を起こさせながら突き抜ける。
80式汎用機関銃から放たれた7.62x54ミリR弾はより高威力で、射程が長い。自分たちの射程にまで引き付けた懲罰歩兵大隊に銃弾を滅茶苦茶に浴びせかける。隊列が薙ぎ払われ、屍と屍になりそこなった重傷者だけが残る。
全てが一瞬だった。一瞬で血の臭いで満ちた戦場へと変わった。
「う、うわああああっ!」
「殺される! 殺される!」
聞いたこともないようなけたたましい銃声と戦友たちに訪れた一瞬の死を目にして懲罰歩兵大隊の士気は一瞬にして崩壊した。
兵士たちは後方に逃げようとする。
「何をしてる! 進め!」
「殺されるんだぞ! ふざけるな!」
「では、俺がお前を殺してやるぞ!」
野戦憲兵隊は一斉にクロスボウを構え、狙いを定める。
「連中よりこっちの方が生き残れる可能性がある!」
「野戦憲兵隊をぶち殺せ!」
懲罰歩兵大隊は与えられた鉄くず同然のなまくらの剣を振り回して野戦憲兵隊の敷いた陣形に向けて突入した。野戦憲兵隊もまさか懲罰歩兵大隊がここまでのことに及ぶとは思わず、緊張が走る。
懲罰歩兵大隊にとっては進むも地獄、退くも地獄だ。なら、まだマシな地獄を選ぶというもの。懲罰歩兵大隊の生き残りは一斉に野戦憲兵隊に襲い掛かった。
クロスボウの矢が吹き荒れ、懲罰歩兵大隊の兵士たちが撃たれる。だが、後方からさらに兵士たちが続き、野戦憲兵隊にクロスボウを再装填させる暇を与えない。
「うおおおおっ!」
「突破しろ!」
これまでの恨みつらみもあって、懲罰歩兵大隊の兵士たちは情け容赦なく、野戦憲兵隊に襲い掛かった。なまくらの剣で兜ごと頭を叩き割り、胸を貫き、急所を突き刺す。
野戦憲兵隊は必死に抵抗したが、数の上では懲罰歩兵大隊の方が勝っている。
30分に及ぶ格闘戦の末に懲罰歩兵大隊はほぼ壊滅しながらも、野戦憲兵隊を壊滅させた。野戦憲兵隊は最後まで戦い、背中に傷を負ったものはいなかった。
だが、そのような名誉も今は無意味。懲罰歩兵大隊の兵士たちは逃げだしていく。
「む。あれは……? あれは懲罰歩兵大隊?」
「連中逃げてるぞ。野戦憲兵は何をしている」
騎兵部隊の先陣を切って進んでいた第202騎兵中隊の将校と副官が怪訝そうに逃げてくる懲罰歩兵大隊の兵士たちを見る。
「おい! 何があった!」
「進むな! ここから先には進むな! 悪魔だ! 悪魔がいる!」
懲罰歩兵大隊の兵士たちはそう言って逃げていく。
「何があったんだ……?」
「進軍を中止しますか?」
「いや。命令通り進む。恐らくは罠は懲罰歩兵大隊が身をもって除去したのだろう」
重装騎兵中隊である第202騎兵中隊は軽やかな足取りで進軍していく。
「野戦憲兵だ……」
「殺されているぞ……」
そして、懲罰歩兵大隊と交戦した野戦憲兵隊の死体を彼らは見つける。
「よほど恐ろしい罠だったのだろう。我々も気を付けなければ」
「はっ!」
そして、第202騎兵中隊は進軍速度を落として前進する。
「前方に敵陣地!」
「塹壕か。面倒な。飛び越えて進むぞ。突撃前進!」
「突撃前進、突撃前進!」
第202騎兵中隊は速度を上げて前進する。
自分たちは防護のエンチャントの付いた鎧を軍馬も人も身に着けている。まず敵が自分たちに有効な攻撃を放てることはないし、あの程度の狭い塹壕など軽々と飛び越えて突破できる。誰もがそう考えていた。
だが、そうはならなかった。
突如としてけたたましい銃声が響き、騎兵たちが薙ぎ倒される。胸や頭を撃ち抜かれて即死した兵士。腹部を撃たれて落馬し、首の骨を折った兵士。軍馬が撃たれて、落馬して後続の騎兵に轢き殺された兵士。
「な、なんだ……? 俺たちは一体何と……」
思わず軍馬を止めた兵士も呆気なく56式自動小銃から銃弾を受けて即死した。
「制圧、制圧!」
「必ず次が来るぞ! 今のうちに弾薬を補充しろ!」
ティノが高揚した様子で兵士たちに向かって叫ぶ。
「無敵だ。あの重装騎兵がほんの数分で壊滅! それも平民たちの手によって!」
「ええ。ええ。塹壕と銃は相性がいいんですよ。我々の国では塹壕陣地を突破するために28センチもの巨大な大砲を投入して、それでも1万5000名──1個師団相当もの死者を出して、ようやく制圧できたってぐらいには辛い戦いだったんですからー」
ティノが喜ぶのに、天竜が80式汎用機関銃に銃弾を装填しながらそう言う。
彼女の話しているのは旅順攻略戦のことだ。あれにはさらにコンクリートの永久陣地が加わるが、両軍ともに塹壕を作り、激しい戦いを繰り広げた。そこで生じた戦死者は大規模なものだった。
「なんと……。そのような激しい戦いを経験しているからこそ、兵器が発達したんだな。もっと強力な武器もあるのだろう?」
「そうですねー。流した血の量が凄い的な?」
日露戦争から続く第一次世界大戦では塹壕と機関銃がまさに無敵の陣地を誇り、戦車や短機関銃の導入と浸透戦術が普及するまで何年もの塹壕を挟んだ睨み合いが続くこととなった。戦死者数は日露戦争を大きく上回る。
「敵騎兵、敵騎兵! 突撃してきます!」
「迎え撃て!」
第202騎兵中隊の壊滅後も第2親衛突撃師団第2-A騎兵大隊と第2-B騎兵大隊による突撃は続き、塹壕の前に屍を晒していった。
塹壕の前には人馬の躯が転がり、中にはまだ息があり呻き声を発しているものもあった。だが、それを救助するものはおらず、やがて呻き声が弱弱しくなり、そして消えていく。2個騎兵大隊はほぼ壊滅し、生き残った僅かな騎兵たちが司令部に逃げ帰り、恐るべき結末を知らせた。
「事実なのか?」
「2個騎兵大隊のほぼ全戦力が未帰還です。突破に成功していれば、今頃は後方を食い荒らしているはずですが……。ここは別ルートで侵攻した歩兵部隊からの連絡も待ちましょう。それからでも判断は遅くないかと」
「うむ」
だが、この時第2親衛突撃師団隷下の2個歩兵連隊がほぼ壊滅していることを、ウルイザは知ることはなかった。
彼の軍隊は銃火の前に脆くも壊滅してしまっていたのだ。
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