デビュー戦

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 ──デビュー戦



 第2親衛突撃師団第201魔術連隊は大規模魔術の行使を始めていた。


 魔術はティノの説明したように射程で銃に劣り、威力でも銃に劣る。


 だが、大規模な人数と長い詠唱を使えば、より長距離に、より大威力の攻撃が叩き込めるのだ。第201魔術連隊はそれを実行しようとしていた。第201魔術連隊は2個大隊から構成され、1個大隊1000名の魔術師が魔法陣を中心に円陣を組み、呪文を詠唱することによって、大規模魔術は発動する。


「リッグス中将閣下。大規模魔術攻撃の準備よしとのこと」


「敵の防衛線は分かっているのだな?」


「はっ。何度かの威力偵察でおおよその位置は判明しております。我々が騎兵を戦術的に機動させられる限界の位置にひとつ。我々が歩兵を纏まった数、運用できる位置にひとつ。この防衛線を抜けば、我が軍はより大きな機動範囲を有し、敵に大打撃を与えられるでしょう」


 ウルイザ・ツー・リッグス中将の作戦参謀がそう報告する。


 ウルイザも作戦参謀も魔術は使えない。スターライン王国の基準に従えば貴族はおろか、将軍になることもできない。だが、ドラゴニア帝国は違う。ドラゴニア帝国は才あるものは魔術が使えようが使えまいが、採用してきた。


 既にドラゴニア帝国では本格的な士官学校が運用されており、そこで教育を受けた優秀なものは登用され、将軍となる。プロイセン的参謀本部も発足しており、それが作戦をより計画的に進めさせた。


 ドラゴニア帝国という大帝国が付近の国々を飲み込んでいき、成立したのも当然と言えるだろう。彼らはシステマティックに軍隊を運用するのだ。古臭い将軍が現地で部下を鼓舞してその場で戦術を練って戦う方法ではなく、事前に念入りな作戦を立てておき、将軍たちは後方でいざという場合に備えておくだけでいいのだ。


 古臭いドラゴニア帝国の周辺諸国はこの戦い方を前に敗北を続け、併呑されて行った。スターライン王国も国王と王太子が最前線で部下を鼓舞し、迫りくるドラゴニア帝国軍を前にその場で作戦を練ろうとして撃破された。ドラゴニア帝国の計画的な外線作戦と分進合撃を前にして、敗れ去ったのだ。


 とは言え、森林部でのゲリラ戦というのは参謀本部があろうがなかろうが、対応が難しい状況だ。参謀本部の得意とする大規模な兵力運用も難しく、飛竜騎兵との連携も難しい。第2親衛突撃師団の師団長であるウルイザは東部征伐軍司令官ヴァルカに急かされながらも、これまで機を見ていた。


 そして、敵の防衛線の位置を明らかに作戦を立てた。


 第一段階。大規模な魔術攻撃で防衛線一帯を破壊する。


 第二段階。防衛線に対する飛竜騎兵による航空攻撃。


 第三段階。騎兵と歩兵による敵防衛線の突破。


 第四段階。後方への機動による敵主力への打撃。


 この四段階の計画的作戦によって敵軍を制圧する。


「リッグス中将。懲罰歩兵大隊はどこに?」


「ああ。それは騎兵部隊の露払いに使う。歩兵は自分たちで罠に気づけるだろうが、騎兵は地面との距離があって罠に気づきにくい。しかし、ただの罠ごときで1個重装騎兵中隊が壊滅するものだろうか……」


 第2親衛突撃師団には2個騎兵大隊が所属し、第2-A重装騎兵大隊と第2-B軽装騎兵大隊が所属している。第201騎兵中隊は第2-A重装騎兵大隊を構築する4つの騎兵中隊のひとつだった。それが威力偵察に出たまま未帰還となった。


 このことは未だにどういうことなのか分かっていない。


「報告します。魔術攻撃準備完了とのこと」


1005ヒトマルマルゴ。予定通りだ。作戦開始」


「はっ!」


 ドラゴニア帝国では時計が普及しているのも戦争を有利に進めさせていた。時刻を合わせることができるのは、大規模な兵力を運用するうえで利点となる。


 そして、大規模魔術攻撃が放たれる。


 魔法陣が輝き、光弾が空に撃ちあがり弧を描いて飛んでいく。


 そして、着弾地点には──。


「来るぞ! 伏せろ!」


「伏せろ、伏せろ!」


 スターライン王国陸軍第13独立猟兵大隊はハーサンの作った塹壕の中で、地面に伏せ、神に祈っていた。彼らの信じる星々の神に祈っていた。


 そして、大規模魔術攻撃が降り注ぐ。


『着弾を確認した。155ミリクラスの砲撃だな』


「これぐらいなら凌げそうです!」


『ああ。敵さんを歓迎してやれ』


 155ミリクラスの砲撃。それも非常に散発的で弾着観測をしていないのか陣地からは離れた地点に着弾している。恐らく20分に1発という感覚の砲撃だ。現代の砲兵の砲撃に比べると砲門数も速射性も不足していると思われた。


「これはまず当たらないですね!」


「ああ! そのようだ!」


 天竜とティノがそう言葉を大声で交わす。


 彼らが塹壕を作らず、森の茂みに隠れているのであればこの砲撃にも意味があっただろうが、そうではないのでほぼ無意味である。


 だが、そんなことは攻撃を行っている第2親衛突撃師団のウルイザ自身分かっていた。彼はこれに続く飛竜騎兵の攻撃のために邪魔な木々を薙ぎ倒しておきたかったのである。そして、その点においては目的は果たされつつある。


 2時間に及ぶ大規模魔術攻撃の末に、飛竜騎兵がやってくる。


 第601飛竜騎兵師団の1個連隊の飛竜騎兵が一斉に上空から急降下し、陣地を狙う。


「対空射撃、対空射撃!」


「当たれー!」


 高度を落とした飛竜騎兵に銃弾が襲い掛かる。


 これまで飛竜騎兵をクロスボウなどの武器で撃墜するのは不可能だと思われていた。いや、魔術ですら難しいと思われていた。飛竜騎兵の跨るワイバーンは高速機動し、そして羽ばたきによる風圧は凄まじく、クロスボウの矢は明後日の方向に飛び、魔獣攻撃も狙いを定められない。


 だが、銃弾は流石の飛竜騎兵も防げなかった。


 塹壕から放たれた銃撃によってブレスの有効射程──100メートル程度──の外から攻撃を受け、飛竜騎兵が次々に撃墜される。もっとも撃墜されるのは飛竜騎兵の騎手たちで、ワイバーンそのものは銃弾を弾いている。


「攻撃中止! 攻撃中止! 地上から狙われている!」


 第601飛竜騎兵師団第6010飛竜騎兵連隊の司令官が攻撃中止を命じ、合図として発煙矢を打ち上げる。


「敵の射程外から攻撃を!」


「畜生。それでは当たらん!」


 それでも攻撃を行ったというアリバイを残すために飛竜騎兵たちは高速で機動しながら、地上に五月雨にブレスを放つ。もちろん、有効射程の外から撃ったブレスが当たる確率は限りなく低く、ブレスは陣地から離れた場所を焼くだけに終わった。


「よし。飛竜騎兵も逃げ出した」


「いよいよ敵さんのお出ましですかね」


「帝国軍のやり方ならば、この後に地上軍の攻撃が来るはずだ」


 大規模魔術攻撃と飛竜騎兵による攻撃で敵を耕した後に本命の地上部隊が進む。


 進んできたのは碌な防具を身に着けていない歩兵部隊だった。懲罰歩兵大隊だ。


「ふうむ。罠があると思って露払いに囚人を使うか。帝国のやりそうなことだ」


「では、思い知らせてやりましょう」


「ああ」


 そして、銃口が塹壕から敵に向けられる。


……………………

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