陣地のお勉強
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──陣地のお勉強
「凄い。凄いとしか言いようがない。戦争が変わる」
「ああ。見る価値はあっただろう?」
「君がどうして俺に手伝ってほしいではなく、手伝うべきだと言ったのが分かったよ。これからは平民が貴族になることもあれば、貴族が平民になることもあるだろう。全てはあの銃という武器が使いこなせるかどうかだ」
ハーサンは衝撃を受けた様子で、そう言う。
「戦術も何もかも変わる。これに適応しなければ。古い戦い方は通用しない。新しい戦い方を学び取るべきだ。彼らはそれを教えてくれるだろうか?」
「頼むしかない。俺もあんな武器をどう扱うべきかなんてことの知識はない。だが、いち早く知ったことで、アドバンテージが得られた。彼らが言うには、お前のような土魔術の使い手こそ、銃火器と相性がいいらしい」
「土魔術が?」
土魔術は地味な魔術だ。落とし穴を作ったり、塹壕を掘ったり、壁を作ったりはできる。その中でもハーサンは最高位の土魔術の使い手だった。
後で鮫浦たちが知ることになるが、土魔術はコンクリートの構造物や道も作ることができる。小規模で良ければ、鉄も錬成できる。だが、そこまでが限界だ。金銀といった価値のあるものや、ましてダイヤモンドなどは生み出せない。
「話を聞けば分かる」
ティノはハーサンを連れて、天竜たちの下へと向かった。
もう早速射撃訓練が始まっている。ハーサンの作った射撃レーンで抵抗運動の兵士たちが銃を握り、射撃訓練を行っている。
ここに集まったのはティノの指揮下にある1個歩兵大隊。1000名。それが銃による射撃訓練を受けるべく集結している。ハーサンも工兵大隊を指揮しており、彼は自分の部下たちにも銃の使い方を教えたいと思っていた。
「やあ、天竜大尉。この間、ハーサンはもう知ってるな?」
「ええ。こんな立派な射撃レーンを作ってくださってありがとうございます」
天竜は丁寧に礼を言った。
「彼の土魔術が銃火器の運用に適していると聞いたのだが」
「ええ。ええ。塹壕は御存じですよね?」
天竜がハーサンに尋ねる。
「知っているよ。敵の侵入ルートを限定して、各個撃破するための野戦築城のひとつだ。防衛側にとっては非常に有利。だけど、剣で戦うには不便な環境になり、魔術がものを言わせる。そういうものだ」
「いいえ。塹壕は防衛側にとても有利です。この際、剣による戦いは忘れてください。我々はあなた方の全軍を銃に装備を置き換えられるだけの銃を保有しています。剣が出る幕は今後限定的なものになるでしょう」
そう言いながら天竜は空を見上げる。
飛竜騎兵の姿はない。
「塹壕はどのように作られますか?」
「縦に複数の線を描き、そこから敵の戦力を招き入れる。そして横に掘った陣地に誘い込み、そこで戦う。そういうものじゃないのか」
「ノンノン。これからの塹壕はジグザクに横線を描き、複数の横線を重ねる形でいいのです。縦線もいりますが、それは連絡用の狭いもので結構」
そう言って天竜がタブレット端末を出し、図式をすらすらと描く。
「これは、紙か?」
「お気になさらず。説明すると長くなるので。まあ、ざっとこんな風に塹壕を作ってください。ジグザグの横線を数本」
「これでは敵兵を誘導できないよ」
「する必要はないのです。これは純粋な防御陣地です。まあ、試しに作ってみてくださいよ。すぐに作れるって仰ってましたから」
「分かった。大きさはそこまで大きくなくていいね?」
「ええ。大人ひとりと半が入れる程度で十分です」
「分かった」
ハーサンが意識を集中し、天竜がタブレットのノートに描いたものと同じ構造の塹壕を構築するように念じる。すると地面が陥没し、あっという間に塹壕が完成していく。
「十分です。では、射撃訓練を行っている人たちをこっちに呼びましょう」
天竜がインカムで射撃指導をしているサイードと射撃訓練を受けてるスターライン王国抵抗運動の兵士たちを呼ぶ。
「皆さーん! 塹壕に入って銃を構えてください! さあ、入った、入った!」
抵抗運動の兵士たちは言われがままに塹壕に入り、機関銃のバイポッドを据え付け、自動小銃を構える。
「こうするとどうでしょう。敵からは攻撃できる部位が少なくなり、それでいてこっちからは撃ち放題です」
「た、確かに。だが、飛竜騎兵のブレスが来たら……」
「飛行中の飛竜騎兵のブレスの精度はいかほどで? 正確にこの狭い塹壕を狙えますか? 低空飛行をすれば、こちらの銃火器の射程に入るし、高高度からなら狙えない。そうじゃないですか?」
「……ああ」
何ということだとハーサンは呻く。
塹壕だけで敵の騎兵はおろか、飛竜騎兵まで無力化してしまうなんて!
銃火器は強い。だが、土魔術が合わさればもはや突破不可能な無敵の陣地となる!
「だが、魔術攻撃には耐えられるのか。大人数で行う遠距離魔力攻撃だ」
「それってこういう奴ですか?」
天竜がタブレットで砲撃を行う榴弾砲と砲弾が着弾したときの様子を見せる。
「そう、このようなものだ」
「丁寧に作れば塹壕はそう簡単には壊れませんし、むしろ爆発は上と地表にしか影響を及ぼさないので、塹壕に潜ればまぐれ当たりでもしない限り大丈夫です。塹壕をジグザグに掘っているのも、もし攻撃が中に入ったとき、被害を最小限に抑えるためですから」
「そ、そうか……」
ティノがハーサンの方を見る。
「ハーサン。これまでお前は土埃の貴族だのなんだのと言われてきたが、言ってきた連中を見返してやるチャンスが来たぞ」
「まさに、だ。これは戦闘を激変させる。ジグザグの塹壕と銃火器。まさに無敵だ。ただ、どうして複数横線を描くのだろうか?」
ハーサンが天竜に尋ねる。
「敵が屍を乗り越えて進軍してきたとき、予備の塹壕があると後方に移って攻撃を続けられます。そのためのものです。あと、この世界に鋼鉄の乗り物ってあります?」
「ううむ。私は聞いたことがない」
「なら、そこまで重要性はないですね。こっちには戦車っていう塹壕を乗り越えて進軍する車両があるんです。それは銃火器の攻撃を防ぐし、強力な主砲と無数の機関銃を備えていますから。それがあると塹壕の縦深がより重要になるんですけど」
「銃火器を防ぎ、無数の機関銃を……?」
「はい。より大きな威力のある50口径の機関銃と今使っている機関銃の両方を搭載したものがポピュラーですよー」
ハーサンがティノに掴みかかるように振り向く。
「そんな兵器があるのか!?」
「あ、ああ。俺も初めて聞いたが、鮫浦殿はより強力な兵器があり、それを売る準備もあると言っている。女王陛下とそう話していた」
「買うのか?」
「女王陛下は今は銃火器を、と。だが、銃火器が活躍すれば、その手の武器も買うかもしれないな」
そう言ってティノは肩をすくめた。
「わ、私たちはなんて遅れていたんだ……」
ハーサンはこの戦争の激変に付いていけるのか心配になり始めていた。
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