飛び込み営業

……………………


 ──飛び込み営業



 とりあえずドラゴンが飛び去るまでは鮫浦たちは待った。


 それから鮫浦はタブレットだけを持ち、天竜はHK416C自動小銃とHK45自動拳銃を装備し、サイードは56式自動小銃とHK45自動拳銃を持ち、森にいた人間たちの下に向かっていった。SUVとは言え自動車では走行しにくそうな土地だったし、商品を使うわけにも行かなかったので、歩きである。


「何者だ!」


 先ほど戦闘が行われていたところに入ると、先ほど戦っていた人間たちが武器を向けてくる。クロスボウだ。剣を構えている人間までいる。恐らくは兵士なのだろうが、タクティカルベストもボディア―マーも身に着けていない。


「オーケー、オーケー。どういうわけか知らないが言葉は通じるな」


「うむ? 異国の者か? 見慣れぬ格好をしているが……」


 すると、先ほど杖から炎を放っていた人間がやってくる。アングロサクソン系の顔立ち。若い。10代後半か、20代前半。他のクロスボウを持った人間と比べると軍服らしい軍服を身に着けている。ただし、戦場で着る戦闘服のようなものではなく、礼服に近い軍服だ。他の人間はまるでファンタジー映画のモブという感じだ。


「私たち、武器を扱っておりまして。よろしければ、と」


「武器? ふむ。どういうものだ? どこにあるのだ?」


 天竜とサイードが手に持ってるのが武器だって分からないのかよと鮫浦は心の中で突っ込みを入れた。


「異国の武器でして、これがあれば怖いものなしの素晴らしいものです。どうかご覧になっていただきたい」


「ふむ。ドラゴニア帝国の人間ではなさそうだが、東方の民か?」


「はい。遥か東方。中国から参りました」


 鮫浦は取引をするときは必ずと言っていいほど、本名や日本国籍を使わない。地球の取引の際には王夏(ワン・シィア)という偽名と偽装IDまで使う。日本国籍を出すと、日本に連絡が行く可能性があるからだ。日本人が紛争地で武器を売り歩いてるなんて知れたら、マスコミと警察に追いかけられちまうのだから。


「では、中国の民よ。どのような武器か……」


「た、大変です、閣下! 敵の騎兵集団が防衛線を突破しました!」


「なんだとっ!?」


 おっと。不味いぞ、これjはと鮫浦は思う。これは──。


「その武器とやら、実戦で試してみてくれるか?」


 ノーと言えばクロスボウか炎の弾を撃たれるパターンだ。この手の修羅場はバックのない鮫浦には日常茶飯事。


「是非ともそうさせていただきましょう」


 鮫浦は内心『このクソ野郎』と思いながらも、取引の乗った。


 軍服姿の男が先頭に立って進み、おんぼろな服を着た兵士たち数名が付いて来た。


「曹長! 状況は!?」


 軍服姿の男が話しかけたのは簡素な装いの装備した兵士だった。羽の付いたベレー帽に、金属製の胸当て、脛当て、そしてその下に革の鎧を纏っている。30歳前後のまだまだ若いが鋭い目をした男だ。


「はっ! 敵は騎兵60体。10キロ先の防衛線を突破し、真っすぐこちに向かって来ています。威力偵察かと。この森林では飛竜騎兵も視界が塞がれて航空偵察は行いにくいですからね。しかし、威力偵察を許せば我々が張子の虎であることがバレます」


「阻止せねば。兵を配置せよ」


「閣下。最後までお聞きください。敵は重装騎兵です。それも防護のエンチャントを付けた鎧を纏っています。クロスボウでは阻止できません」


「なんてことだ。流石の私も重装騎兵60体を相手にしては……」


 深刻な顔で悩み始めるふたりの男たち。兵士と思われるクロスボウを持った男たちはどうすればいいのだという表情で、ふたりを見ている。


「よろしいでしょうか?」


 そこで鮫浦が声を発する。


「我々の武器であれば騎兵など赤子の手をひねるかのように始末してご覧に入れますよ。どうでしょうか?」


「異国の民よ。分かっているのか。敵は防護のエンチャントの掛かった鎧を身に纏った重装騎兵だぞ。いくらこの森が騎兵の運用に適さないとしても……」


「失敗すれば我々が全滅するだけの話です。ささっ、指揮官殿。どうかここより前方で迎え撃ちましょう。武器をしかとお見せしたいので、同行していただきたい」


「……そうだな。どの道、防げなければ我々は全滅だ」


 軍服姿の男と鎧姿の男が鮫浦たちに付いてくる。


「天竜。お前の武器は控え目に使え。サイード。そっちは派手にやれ。なるべく目立て。売るのはそっちの武器だ。予備のマガジンは持ってきているな?」


「当然です、社長」


「では、騎兵とやらを歓迎するとしよう」


 鮫浦はそう言ってにやりと笑った。


「笑っている……」


「よほど自信があるようですね。どのような武器でしょうか」


「分からない。東方の民というが、東方と言えば黄金の都や猛き騎馬将軍の話は聞くもののまるで知らない異国だ。だが、流石の彼らでも防護のエンチャントの付いた重装騎兵は阻止できまい。もしかすると幻術を見せて惑わせるのかもしれんな」


「いずれにせよ、自信はあるようですよ」


「なければ困る」


 やがて蹄の音が響いて来た。騎兵参上だ。


「敵の騎兵。わー。本物の騎兵ですよ。ホースソルジャー!」


 騎兵だ。文字通りの騎兵だ。装甲車やヘリで移動する騎兵という名を冠しただけの連中ではない。西洋のフルプレートアーマーと馬にも鎧を着せている重装騎兵だ。


「ぱからぱからとご機嫌だな。距離950。射撃開始の合図はしない。任せる。ただ、何が起きたか分かるようにはしてくれ」


「了解」


 そして騎兵が進み続け距離が300メートルまで縮まる。


 その時、この世界で初めて銃火が弾けた。


 56式自動小銃から放たれた7.62x39ミリ弾は真っすぐ直進し、鎧を貫き、騎兵の心臓を貫くと体内でバウンドし、心肺を掻き乱した。その時点で騎兵は即死していた。騎兵は落馬し、混乱した馬が他の馬にぶつかる。


 サイードは単射で、かつスムーズに騎兵を平らげていく。胸と頭を的確に撃ち抜き、鎧をあっさりと破壊し、中の柔らかな人体を銃弾が貪る。騎兵は瞬く間に数を減らす。そして、その隣では天竜が馬を狙って攻撃していた。放たれた5.56x45ミリNATO弾が馬の鎧を貫き、倒れた馬に騎兵が押しつぶされ、後続の騎兵に轢かれて蹴り殺される。


 虐殺は10分で終わった。


「社長。片づけましたー」


「よくやった。朝飯前だな」


「えへへー」


 天竜がにやにやと笑い、サイードは無言で土を払って立ち上がる。


「どうです? これが我が社の商品。56式自動小銃です。騎兵でも何でも怖くない」


 戦闘の様子を見ていた軍服姿の男と鎧姿の男は顎の骨が外れたかのように口を開いていた。彼らは目の前で起きたことが信じられないという様子だった。


「死体をご覧になります?」


「あ、ああ」


 唖然とした様子で鮫浦たちに付いていき、倒れている騎兵たちを見る。


「全滅しています。幻術ではありません」


「なんということだ……」


 鎧姿の男が死体の脈を取って告げ、軍服姿の男が額を押さえる。


「異国の民よ。あなた方は……魔術師なのか?」


「いえいえ。種も仕掛けもございません。これは誰だろうと扱える武器です。70歳の老人から12歳の子度まで、誰でもこれさえ握れば人を殺せます。どうです? 購買意欲をそそられる品でしょう?」


「もちろん! もちろんだ! これを全軍に配備した日には……!」


 勝利という文字が軍服姿の男の頭に浮かぶ。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は鮫浦才人。こちらは私のボディガード」


「こちらこそ申し訳ない。私はティノ・デア・カリスト少佐。こちらはフロック・フリーネシア曹長だ」


 ティノとフロックと名乗ったふたりが地球と似たタイプの敬礼を送る。地球の敬礼と違って握りこぶしを額に当てる形だ。


「是非ともあなた方と取引がしたい。そこで、我々の司令部に来てもらえるか?」


「もちろんです。上位の指揮官の方に会われるのでしょう?」


「いや。ある意味ではそうなのだが」


 ティノが言いにくそうに言う。


「あなた方に我々の女王陛下に会っていただきたい」


……………………

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