いきなり謁見

……………………


 ──いきなり謁見



「社長、社長。この格好で女王陛下に会うって不味くないですか?」


「うるせえな。仕方ないだろ。俺はてっきり軍閥かなんかが利権を巡って争っているものだとばかり思ったんだよ。それが帝国に侵略された祖国奪還を目指すレジスタンスだった、なんて分かるはずないだろ」


 小声でスーツ姿の天竜と鮫浦がやり取りする。


 そう、彼らの接触した兵士たちはレジスタンスだったのだ。


 スターライン王国。


 どこぞの鉄道かキャッシュカードみたいな名前のこの国は、3年前にドラゴニア帝国を名乗る西方の巨大軍事国家に侵略を受けた。国土の4分の3を失い、王様も王子様も戦死。王妃も戦って死んだそうだ。


 そして、このスターライン王国抵抗運動の旗頭として担ぎ上げられたのが、生き残りである第一王女。それが今女王になって、抵抗運動を指揮している。……そうだが、ティノたちの口ぶりからすると、女王はお飾りのようだ。


 彼らは祖国奪還と帝国への報復の意欲に燃え、これまで戦ってきたが、帝国軍は残党狩りを続け、追い詰められている。


 そこに鮫浦たちがやってきた、というわけだ。


 藁をも掴む思いのところに、カーボンファイバーの縄が投げ込まれたようなものだ。彼らは銃による戦闘を経験した。彼らはこれまで銃というものを全く知らなかったのは、彼らの反応からして確実だ。そして、銃の威力を知った。


「頼むぜ、少佐。ちゃんと購入の約束を取り付けてくれよ……」


 とは言え、代金を何で支払ってもらうかが問題としては残っていた。


 その点について鮫浦がティノに尋ねるとここには王家の宝物庫があるとのことだった。それで恐らくは銃火器の類が一斉処分できるだろう。流石に宝物庫程度の品で、戦車や戦闘機が買い取れるとは思えない。


「誰か!」


「ティノ・デア・カリスト子爵だ! 女王陛下に謁見願いたい!」


「子爵閣下。女王陛下はお忙しいのです」


 城らしき建物があった。城と言っても古城だ。それも最近攻撃を受けたのか焦げている。これで期待できるのかと鮫浦は心底心配になり始めた。


「祖国を取り戻せるかもしれない情報を手に入れたとお伝えせよ! 確実にドラゴニア帝国の者どもを屠り、我らがスターライン王国を奪還するための手段が手に入るやもしれぬと! この機を逃せば、もう機会が2度と訪れぬかもしれぬと!」


「りょ、了解しました、閣下」


 ティノの気迫に押されて、衛兵たちが城の中に駆けこむ。


 それから15分ほどが経った。


 鮫浦がやきもきしているときに、衛兵が戻ってきた。


「謁見を許可されるとのことです。失礼のないように、と」


「行こう、鮫浦殿」


 ティノがそう言うのに鮫浦は彼についていった。フロック曹長も同行している。


「しかし、子爵って貴族ですよね?」


「貴族だな。それっぽい感じじゃないか?」


 ひとりだけ立派な軍服なので浮いていたのは貴族だったかららしい。


「異国の民がどのように君主に接するかは分からないが、女王陛下が謁見なさるときは許可があるまで跪き、視線を向けないように」


「畏まりました。大切なお客様には礼を尽くしますよ」


 やれやれこういう行事には縁がないと思っていたのだがと鮫浦は思う。


「ささっ。謁見の間へ」


 ティノに言われて鮫浦たちは城の部屋のひとつに入る。


 王座らしきものはあったが、誰もいない。


 そこでティノとフロックが跪いたのを見て、鮫浦たちも跪き、視線を落とす。


「社長。これ、無防備ですよ」


「静かにしてろ、馬鹿」


 跪くと起き上がるのに時間がかかる。それは逃げにくいことを意味する。


 だが、大事な顧客から逃げる必要はない。


「女王陛下、ご入来!」


 そして、つかつかと小さな足音が響いた。


 この足音からするに子供かと鮫浦は見当をつける。


「面を上げてください、カリスト子爵。そしてフリーネシア曹長。それから異国の民よ。遠慮はいりません」


 そこでカリストたちが頭を上げたのを確認してから、鮫浦も頭を上げた。


 女王は読み通り、少女だった。プラチナブロンドの髪を伸ばした、13際か14歳程度の年齢の少女だ。あどけない顔立ちには決意を秘めた表情が潜んでいる。


「カリスト子爵! その者たちは何者だ! 得体のしれぬ者たちを連れてきおって! そして、フリーネシア曹長! 平民の分際で女王陛下に直訴とは!」


 いきなり女王の隣にいた老年の男が叫ぶのに鮫浦は些か驚いた。


「女王陛下! どうか聞いていただきたいのです! 先ほど、我々は敵の重装騎兵60体と交戦しました! 敵は防護のエンチャントの付いた鎧を纏い我が軍の防衛線を突破しました! もはやこれまでと玉砕を覚悟したときです!」


 ティノが叫ぶような声で述べる。


「この者たちが我々に売りたいと言っていた武器によって、そしてたった2名の兵士によって敵の重装騎兵は全滅したのです! この武器は平民であろうと、貴族であろうと使え、そして年齢すら選ばないと言います! これが全軍に行き渡れば、祖国の奪還は夢ではなくなります!」


「何を戯けたことを。そのようなでたらめ、信じられるか!」


「私は見ました! この目でしかと! 鮫浦殿!」


 おいおい。ここで俺に話を振るのかよと鮫浦は嫌な予感になった。


「どうかあの56式自動小銃という武器でこの広間の天井を撃ってもらいたい!」


「ふん。この広間には防護のエンチャントが3重に掛けられておる。無駄だ」


 老人はそう言って鼻で笑った。


「サイード。頼む」


「了解です、社長」


 サイードは立ち上がると天井に向けて56式自動小銃をフルオートで放った。


 ガラガラと音を立てて城の天井が破壊される。7.62x39ミリ弾は天井を抉り、ぱらぱらと落ちてくる。


「なあ……」


「どうですか、この威力! それも彼は魔術師ではないのです! 彼からは私も魔力を感じません! これからは平民たちが主役となって戦えるのです! 優秀な者は魔力の有無を問わず、人材として活躍できるでしょう! これぞ勝利への道です!」


「ば、馬鹿を申すな、カリスト子爵! 平民を取り上げるだと! ここは卑しいドラゴニア帝国ではないのだ! 戦場での勝敗は魔術が使える魔術師こそが決するもの! それを平民が左右するだとおっ!」


「そのドラゴニア帝国は祖国の大地を奪い、今も我々を攻め滅ぼそうとしてるではありませんか! 彼らは優秀! 人材の層が厚い! だが、我々もフロック曹長のような優秀な平民を登用すれば勝利の道は開けます! この武器はそれを可能にする!」


 そこで両者とも息が切れたのか、睨み合うだけになった。


「分かりました。彼らは商人なのですね?」


「はっ。東方の異国中国から来たと言っております」


「信じましょう、あなたの言葉を、カリスト子爵」


 老人貴族は今にも発狂するような視線で女王を見ている。


「今後の話は私と商人たち、そしてカリスト子爵で内密に行うのがよいでしょう。直ちに応接間に、彼らを」


「陛下!」


「イーデン・デア・メテオール宰相。時代が変わるかもしれぬのです」


 縋るような老人貴族に女王はそう言い放った。


……………………

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