武器商人の倉庫の裏口を抜けると異世界に繋がっていた。

第616特別情報大隊

倉庫にて

……………………


 ──倉庫にて



「はーっ。終わった」


 黒髪をオールバックにして纏めたアジア系の男──鮫浦(さめのうら)才人(さいと)がそう言うのはこの東アジア某国を訪れてから3回目だった。


 彼は褐色の肌をしたアラブ系の男の運転するSUVの後部座席に乗って、東南アジア某国の道路を走っていた。手にはタブレット端末とスマートフォンがある。


「社長。気を取り直していきましょう。たった8億ドルじゃないですか」


「8億ドルはたったという形容詞が付く額じゃねーんだよ。8億ドルだぞ? 俺が方々走り回って買い集めた兵器をあのクソ将軍、偉そうに『我々はもっといい提案を受けているのだが、そちらに合わせて値下げするつもりはないか?』だと!」


 黒髪を三つ編みにして纏めたアジア系の女性が言うのに、鮫浦は女性を睨んだ。


 彼女は天竜エミリー。鮫浦のボディガードのひとりだ。


 そして、車を運転しているアラブ系の男はオーガスト・サイード。彼も鮫浦のボディガードのひとりである。


 天竜は元日本情報軍第101特別情報大隊という特殊作戦部隊の大尉だった女性で、サイードは元イギリス陸軍第22SAS連隊の曹長だった男性だ。どちらも優れた戦闘能力を備えており、今も武装している。


 当の鮫浦は元日本情報軍中佐。そして、今は武器商人だった。


 現在は2030年夏。アジアの戦争も終わり、世界的な軍縮ムードが訪れると同時に、核融合発電が実用化し、世界のエネルギー事情が塗り替えられたエネルギー革命の年。


 石油産油国は相次いで破綻し、紛争に突入している。


 そういうときだからこそ、鮫浦のような武器商人が活躍できた。


 彼は中国やロシアで不要になった武器を安く買い叩き、紛争当事国やその周辺国に高値で売りつけていた。彼が問題だと思っている破談した取り引きもそのひとつであった。


 彼は中東某国の将軍に戦闘ヘリ、戦闘機、戦闘爆撃機、戦車、装甲車、榴弾砲、自動小銃、重機関銃エトセトラ、エトセトラの武器を8億ドル分準備し、それを9億ドルで購入させようとしていた。


 だが、取引に邪魔が入った。別の武器商人が安値で将軍に取引を持ち掛けたのだ。もっとも安値だけあって中古品だし、大抵はボロだったが。


 将軍はこれを使って鮫浦から割引を引き出そうとした。鮫浦は8.5億ドルまでは譲歩できるといったが、将軍は6億ドルでと言い出したのだ。


 両者の罵詈雑言が飛び交い、将軍の私兵が乱入し、一発触発の状況で鮫浦たちは取引から降りた。『もう2度とあんたとは取引しない』という捨て台詞を残して。


 そして、残ったのは8億ドル分の兵器。


 鮫浦はいつも買い付けてそのまま買い取り先に送るという在庫を抱えない武器商人だったので、この在庫は痛かった。彼は渋々とこの東南アジアの元は自動車工場でアジアの戦争で企業が撤退したという巨大倉庫を土地ごと買い取り、そこに一時的に兵器を保管することになってしまったのである。


「ああ。固定資産税も払わなきゃならないし、現地の官憲を買収しておく金も用意しておかなくちゃならんしな。出費がかさむばかりだ。さっさと売り払って在庫なんてものは片付けなくちゃならん」


 鮫浦は盛大にため息を吐きながら、都市部の郊外に位置する倉庫に向かった。


 倉庫は8億ドルもの商品が収まっているだけあって巨大だった。


 何せ戦車から戦闘機まで揃っているのだ。それらが劣化しないように保存しなければならないので、温度管理も必要だったし、湿度管理も必要だった。電気代を考えただけで悲鳴が出そうだと鮫浦は思う。


「さあ、点検だ。ちゃんと数が揃ってるか数えるぞ。銃弾はまあいいが、砲弾の類はちゃんと数えておけ。着服されているかもしれないからな」


「ええー。面倒くさいですよ、社長」


「文句言うな、天竜。これも仕事だ」


「じゃあ、人を増やしましょう」


「たった一度の在庫管理をするのにか? 馬鹿言え。自分たちでやればただで済むんだ。それにここに兵器があることが公になると官憲にさらに賄賂を要求される」


 普通、これだけの兵器を保管させてくれる場所はない。


 今回だけは鮫浦のコネでどうにかなったものの、それなりの賄賂が必要だったことは言うまでもない。そして、これからずっと置き続けるならばもっと賄賂を要求される。さっさと次の取引先を当たって捌いてしまわないといけない。


「とはいえ、8億ドルもポンと出す奴はそうそういないだろうな……」


「社長。どんなときでも前向きに、ですよ」


「お前は能天気で羨ましいよ」


 鮫浦がまた盛大にため息を突く。


「T-72MIZ主力戦車……。MiG-29戦闘機……。損傷した痕跡なし。新品そのものだ」


「中古じゃないんですか?」


「銃以外は軍の在庫一掃処分セールに買ったものだ。新品同様だぞ」


 中古市場でも取引することはあるが、やはり金のある取引先は新品を欲しがる。


 中東某国の将軍もそうだったのだ。


 彼が勘違いしたのは中古の武器と違って新品の武器は高いと言うことだ。


「あーあ。どこかで戦争やってねーかな」


「戦争ならそこら中でやってますよ」


「みみっちい地域紛争じゃなくて、もっと派手に儲かる戦争だよ」


「そんなの起きてたら、そもそも社長が武器を安値で買い叩けませんしー」


「分かってる!」


 鮫浦はため息を押し殺して、せめて気分を入れ替えようと外の空気を吸うためと、施錠の確認をするために倉庫の裏のゲートに手をかけた。カギはちゃんとかかっていた。問題なし。後はちゃんと開くかだ。


 ガラガラと音を立ててゲートが開く。


「はあ……?」


 倉庫の裏手は何もない空間だったはずだ。正確にはだたっぴろい空き地が広がっていたはずだった。だが、どういうわけか裏手の先に森林が見える。10キロメートルほど先に見える。そしてそこでは──。


「わー! 社長! ドラゴン! ドラゴンが飛んでいますよ!」


「あ、ああ。マジだな。畜生、何だこれ……」


 森の上空を飛行するのはドラゴンとしか形容の使用がない翼竜。


「神よ……」


 サイードも珍しく口を開いて呻いた。


「双眼鏡あるか?」


「どうぞ!」


「どれどれ」


 ドラゴンはよく見ると人を乗せていた。鞍のようなものが付いており、そこに人が跨っている。持っているものは槍だろうか。だが、ドラゴンが火を噴いたのを見て、槍など必要なのかと武器商人らしい疑問を抱いてしまった。


 だが、注目すべきはその下。


 クロスボウのようなものを持った粗末な格好の人間たちがワイバーンに向けて矢を放っており、さらには炎の弾を杖からほとばしらせる人間までいた。


「なあ、あれは戦争してるんじゃないか……?」


「戦争、ですかね……」


 天竜が双眼鏡を渡されてそう唸るように言う。


「ならさ──」


 ここで最低の発想が鮫浦の中で思い浮かんだ。


「あいつらに武器売らねえか?」


 そして、扉の先のファンタジーな光景に対して、鮫浦は実に武器商人らしいことを言ったのであった。


……………………

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