第3話 かつての真実




 ミラは、とある思考に耽っていた。


 目の前で一心不乱に調査をしているマーヴァミネについて、だ。


 マーヴァミネはどんな人であったか。ミラははっきりと思い出そうとしてた。それは、マーヴァミネの『それはお前の記憶が美化されているからだろう』という言葉に原因があった。


 マーヴァミネの傲慢さはいつ生まれたのか。なぜ、神に至ろうとする妄執に取り憑かれているのか。


 彼は、実験を行い、その度に失敗し、死体を拵え、そしてまた繰り返す。そんなことをずっと行ってきたという。その時のマーヴァミネはまるで自慢でもするかのように語っていた。


 どこか狂っている。人ととして大事な何かを失っている。


 もちろん、ミラたちが生きていた時代では人の命は軽く、死など当たり前にあった。それこそ、路傍の石のように。


 今では倫理に反するようなことが平然と行われていた。


 けれど、そうであったとしても、マーヴァミネはどこか昔の人でもおかしいと思える何かがある。


 人の死が当たり前だからと言って、人を殺すことが正当化されるわけでもないし、人を積極的に殺すなんてことは普通あり得ない。


 常軌を逸している。


 そうなのだ。マーヴァミネは常軌を逸しているのだ。


 だが、それはいつからだ?


 彼がワラオヌスを殺すその瞬間、彼は回りくどいことをしているが間違いなくワラオヌスを殺すことに成功した。


 その時、己の行いを誇るかのようにしゃべっていた。『私の感情とお前の感情を入れ替えた』と。


 なら、いつから彼は、マーヴァミネは、感情を入れ替えていたのだ?


 これが、最も謎に思うことだ。


 ワラオヌスは間違いなく強かった。そもそも魔神であるワラオヌスが魔法でマーヴァミネに負けるなんてあり得るだろうか?


 何度も考えた。時系列と、ワラオヌスとマーヴァミネの力量差という問題に直面した。結局、満足いく答えを見出せず終わっていた。


「なんで、あなたはワラオヌスを殺すことができたの……?」


 それは、漏れ出た呟き。けれど、その場にはよく響いた呟きだった。


 ピタリとマーヴァミネは動きを止めた。そして、ゆっくりとこちらに振り向いた。


「不思議なことを聞くな」


 『授与の根源』が入った金属の容器から手を離し、彼はこちらに足を向けた。


「どうして私がワラオヌスを殺せたのか……。方法か動機か、どちらを指しているのかはわからんが、それを実行犯に聞くとは、ミラ。お前もやはり昔から随分と変わったな」


 なぜか、マーヴァミネがミラを見るその視線は穏やかだった。


「私は、何も変わってないわ。それと、聞きたいのは両方よ」


「ほう? そんなに知りたいのか?」


「どうせ、まだ時間はかかるんでしょ。暇つぶしにでも教えて」


 マーヴァミネは真っ直ぐにミラを見つめる。恐れているわけでも、諦めているわけでも、達観しているでもない。ミラはただ、何かを追い求めている瞳をしていた。


 何を追い求めているのかはマーヴァミネにもわかりはしなかったが。


「ふん。まぁ、いいだろう」


 彼は一度容器の方を見るも、すぐにミラへと視線を戻し、話を切り出す。


「さて、どこから話せばいい?」


 と、問われたミラは考える。


 どこから、と聞かれると困った。それは、ミラは全てを知りたかったから。


「全部。全部教えて」


「……長くなるぞ」


 本当に全部話すのかと、マーヴァミネは問うているのだ。


「いいわよ。どんなに長くても、聞くわ」


 それが、私の果たすべきことなのだと、そう思いながら。


「そうか……」


 ミラの言葉を聞いたマーヴァミネは、口元に手を置き、考え込んだ。過去の景色を思い浮かべるその瞳は、遥か遠くを見ているように思える。


「私がワラオヌスを殺そうと決意した……いや違うな。最初それはただの妬みだった。私は彼から初めて魔法を使えるように手を合わせたその時、嫉妬したのだ」


 マーヴァミネは記憶を整理するようにして、喋り出した。過去の記憶に自信がないからか、言葉遣いは曖昧で、少しつっかえながら話を続けている。


「なぜなら、ワラオヌスは強大な力を持っていた。その力の片鱗と私のナニカが接触したというただそれだけで理解した。あまりに強大で、あまりに深い溝が私とワラオヌスの間に生まれたのだと知って、恐ろしくなった。私は、弱いのだということを突きつけられたからだ。だが、それと同時に私は彼の力に魅了された。その力を手のできるならば、何を失ってもいいと思ったのだよ。それが、私の親友であり、過去現在未来を通しても出会えることはないであろう無二の存在であったとしても、だ」


 マーヴァミネの気迫は、ミラを否応なく黙らせ、聞き入らせた。


「わかるか? 私たちがまだ子供であった時から私はその狂気とも呼べる計画を立案し始めたのだよ。まず、魔法について詳しく知ろうと思った。そして、私がワラオヌスと同じ領域まで達するにはどうすればいいのか、私はワラオヌスと触れ合うことでどうにか理解しようとした。自分の持つ力に振り回されていたワラオヌスに、私が『授与の根源』から知識を得ようとしているなんてわかりはしなかっただろう。そして、実際そうだった。長い時間をかけ、ワラオヌスが概念付与を使用いくつも使用し、強くなろうとしていた。その中のいくつかを組み立てて、どうにかできないかと考えた。そこで、天啓が舞い降りた」


 マーヴァミネは言葉を止め、強くミラを見つめた。


「これからどれだけ頑張ってもワラオヌスは強い力を制限しようとするだろう。ならば、そのたがを外すにはどうしたらいいのか? 答えは簡単だ。箍を外れるような状況にする、別の思考を植え込む、色々な候補が浮かんできた。その中で、最も自分が望ましい状況へと持っていけるのは、自分しかいない。私は魔法を使い、ワラオヌスの思考と私の思考をゆっくりと移し替えていった。もちろん、全てを変えるわけにはいかない。結局のところ私ができるのは彼に少しの後押しをすることぐらい。あとは彼の元の気質を誘発することを願うしかなかった。もちろん、別の案も考えていたが、一番自分の都合のよくて、バレにくいのがそれしかない。その時はそう思った。……結果はわかっているだろ?」


 ミラはゆっくり頷き、続きを視線で促した。


「ワラオヌスは私の思考に感化され、次第に荒く、野心かとなり、最後は私が引導を奪ってやった。それが全てだ」


 全てに満足していると言わんばかりのマーヴァミネの表情。ミラはそれを眺めながら呆然とした気分に陥っていた。


 まさか、まさかと思いながら。全てが分かった今、マーヴァミネがどうしようもない人間であるということがわかった。それは、『授与の根源』がそうさせたとも言えるし、マーヴァミネの元からの気質だったとも言える。


 ただ、そうであったとしてもミラはただただ目の前に突きつけられた答えを精査し、信じられないと思うことしか、できなかった。


 










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