第2話 欲するものは




「愚か者の末路、と言わせてもらうわ」


 マーヴァミネを前にして、不遜なその言葉を堂々と口にするのはミラだ。


 彼女でなければ、その言葉は言えないだろうし、言ったとしてもすぐに殺されるだろう。


 マーヴァミネとは、そういう人間なのだ。


 人の命を、なんとも思っていない。むしろ、自分のために使用されるなら光栄と思え、とまで言っている。


 人道という概念は、マーヴァミネがいた時は存在していなかったとは言え、暗黙の了解というのは存在した。それを今もなお踏み躙り、無視し続けている。


 確かに、愚か者と言われても仕方のないことだ。しかし──


「なんとでも言うがいい」


 当のマーヴァミネは、なんのその。我を貫き通す、といった様子。


「そうね。なんとでも言うわ」


 気分を悪くしたのか、ミラは冷たくそう突き放した。


 彼の目の前には特殊な金属の容器があり、その表面を撫でている。


 中に入っているのは、『授与の根源』と呼ばれるエネルギーの塊。知性あるものを、神に等しき力を持つ存在まで押し上げ、世界を保つための柱とする。ある意味、人身御供のようなものかもしれない。


 だが、それでも惑星を、銀河を、支配できるような力を手に入れると引き換えならば、安い問題なのかもしれない。少なくともマーヴァミネにとっては。


 そのマーヴァミネは、ただただ見つめていた。


 魔法の力で、内部の様子などを確認しているようだ。


 とても楽しげで、満面の笑みを浮かべている。その様子を見たミラは口を開いていた。


「あなたは、それを使ってなにをするつもりなの?」


 それは、心の底からの言葉だった。少なくとも、ミラはそう思ったのだ。


 それが、間違いかどうかなんて本人にもわかりはしない。


「あぁ、言っていなかったか? 私はね。魔神になりたいのだよ。全てを支配する魔神に、ね」


 なんでもないかのように語られたそれは、ミラにとって信じられないようなことだった。そして、それはあり得ないこと、不可能とまでは言わないが、可能性がゼロに限りなく等しいものだ。


「魔神に、なる」


 呆然と、信じられないという表情でミラはマーヴァミネを見つめる。けれど、彼のその表情はとてもではないが、冗談で言っているようには見えない。とても真剣で、そうするのが当たり前なことだとでも言うような瞳がこちらを見てくる。


「何を言っているの……」


 ミラには、その言葉の意味は理解したが、なぜそんなことを言っているのか。それは、全く理解できなかった。


 もしくは理解したくなかったのかもしれない。それは、彼女にもわからないことだ。彼女は意識せず、ただ思っただけだからだ。


「わからないのか?」


 何を問うているのかわからない。そのような考えが彼の表情から見てとれる。


「私はワラオヌスと同じ魔神に至るのだよ」


 その邪悪な笑みは、誰もが裸足で逃げ出しそうなほど怖気を感じさせる。


「魔神になって、どうするの……」


 心底、ミラはそう思ったのだ。魔神になぞなって、どうするのかと。


「どうする? この惑星の神となるのだよ。不可侵にして絶対の強者。それになるために、長い間、本当に長い間、待った」


 マーヴァミネの瞳はミラを見つめているようで見つめていない。本当に見ているのは遠い過去。自分のこれまでの努力を思い返しているのだ。


「魔神になるために、私は己の肉体を作り変えた。遺伝子も、魂の形さえ、変えてみせた。全ては、魔神に至るため」


 ミラは狂気の存在を見ている気分だった。これがかつての仲間だったとは信じ難く、否定したかった。


 けれど、事実は変わりはしない。目の前の彼は間違いなく、ミラと一緒に生まれ育ってきた親友、マーヴァミネなのだ。


「……なんで、魔神なの。他にもいるでしょ」


 ミラの純粋な疑問でもあるが、同時に話を引き延ばすためでもあったその言葉は、マーヴァミネに意外な効果をもたらした。


 虚を疲れたような、そんな惚けた表情。マーヴァミネは、明らかに驚いていた。何に驚いているのか、ミラにはわからない。だが、その驚愕は次の瞬間には消え失せ、逆に良くぞ聞いてくれたとも言った表情へと変わっていた。


「……知りたいか?」


 ニヤリと、先ほどの調子を取り戻したマーヴァミネは、そう言って笑った。


 これにミラはなんとも言えなかった。知りたいのは間違いないが、その声が出なかったのだ。


「まぁ、つまらない理由なのだがね。私にはもちろん、魔神以外にも神という存在がいることなどワラオヌスから聞いていたし、できることならそれになろうとしただろう……。だがね、私は選ばれなかった。私では足りなかったのだよ。私はワラオヌスを研究した。なぜ『授与の根源』にあいつが選ばれたのか。昔は情報が少なく、これだという結論は出なかった。だが、科学の発展によって、少しずつだがそれが分かった。そして、私はついに突き止めたのだよ」


 興奮し、己に酔っている。


「結局、一番要なのは魂。そして、次に、肉体と魂との結びつきだ。魂がどれだけ肉体に結びついているか。例えば、植物。あれは魂と肉体との結びつきは極めて気薄だ。動物となると、少しは強くなるが、魂との結びつきはまだ『授与の根源』ではクリアできるほどではない。では、人間はどうだ? 残念ながら、地球上では『授与の根源』が認める範囲に一番近いと言える。だが、全人類がそうかと言われると違うのだ。一定の、本当に数少ない人物だけが、魂と肉体との結びつきが本当に強く、『授与の根源』に認められるということが分かった」


 自慢するように、彼はミラに語った。だが、それを聞いてもミラは驚いた様子をせず、ただマーヴァミネを見つめていた。


「だから、私は魂と肉体との結びつきを強めることにした。色々な実験を繰り返し、どうしたら、結びつきが強くなるのかの研究を突き止めようとした。そして、ついに私は見つけたのだよ。肉体が一番魂に結びつきやすい形状、遺伝子の配列を弄った。それが、今の私だ」


 マーヴァミネの姿は陽炎のようにボヤけた。



 ──そこには、人の姿を逸したナニカがいた。



 人肌ではなく、なにかわからぬ物質で構成された皮膚。それは真っ黒で、人型でありながら異質さを覚える。


 目や口、耳はあるのに、その形は人のものではない。なぜなら、口には唇がなく、目には瞼もなければ瞳もない真っ白で。耳はなく、耳があるべき場所に小さな穴があるだけ。


 手や足に爪はないし、生殖器もない。体毛も、どこを探しても見つからず、体内がどうなっているのかなど恐ろしくて聞けない。



「人を……やめたのね」



 声は、自然と口から漏れ出ていた。それは、『やっぱり、そうだったのね』と、納得した感覚をミラは抱いたからか。


 これまでの全ての点と点がつながったと言うか。これまでの疑問が氷解したと言うべきか。


「お前も分かっていただろ。ただ、目を逸らしていただけだろう?」


 マーヴァミネの声が、耳に響く。ミラは、


「はぁ……」


 と、無意識に溜め息をついて頭を振った。


「そうね」


 今度は、意識してそう言う。だが、その言葉にはなんの感情もこもっていなかった。


「ふふふ、あと少しだな」


 マーヴァミネはミラから視線を移し、『授与の根源』が入った容器を見つめるのだった。



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