第10話 魔神の……




 炎はあっというまに街を飲み込み、惨憺たる光景が街を支配していた。


 泣き叫ぶ民。川に身を投げ炎から逃れようとするものたち。けれど、わかっていた。


 今燃えている炎は、炎であって炎にあらず。


「呪いの炎だ……」


 ミラの呟きが聞こえた。そして、それを否定するのではなく肯定することしか僕にはできなかい。なぜなら、それはまごうことなく『呪いの炎』と呼ばれる、禁止したはずの魔法だったからだ。


「どうして……」


 マーヴァミネが、その魔法を使っているのか。そう言いたかったが、言いたくなるのを拒否をした。


 目の前で禁止された魔法を使っているのがマーヴァミネだなんて信じたくなかった。


 どう言うことなのだ。


 どうして、こうなったのだ?


「不思議に思ってるだろう?」


 マーヴァミネの声だ。


「私はお前が憎かった。憎悪していた。けれど、私にはお前を殺す正当な理由も手段も持ち合わせていなかった。殺したいほど憎かったのに、私には力があまりにもなかった」


 歌うように、呪うように、嘆くように、怨嗟を込めた言葉は続く。


「だから、私はお前を倒すためにお前を使うことにした。お前に気づかれないように私の感情とお前の感情を入れ替えた。私の感情が、お前を蝕み、悪への道を突き進んだ、力を求め、力に溺れ、そして、その力を私に使われる。お前を殺せるのはこの惑星上にはただ一人、お前しかいないのだから。私の力ではいけなかったのだ」


 嗤っている。嘲笑っている。


「失意のままに死ぬと良い……」


 炎が、よりいっそう燃え上がる。


 人の魂を薪にし、さらに威力を増したのだ。


「マーヴァミネ、お前は……人じゃない」


「それはお前もだ、ワラオヌス」


 面白おかしそうに、彼は返答してきた。


「お前を、ここで止める」


 断固とした意思を持って、僕は彼に宣言する。絶対に、彼を止める。そうしなければいけない。彼に力を与えたものとして、その力の使い方を教えたものとして。それが、使命だと思った。


「残念ながら、お前は死ぬのだよ」


 僕を巻き込んで街で最も頑丈なこの建物が崩れていく。


 呪いの炎が結界を破り、建物を燃やしたのだ。そうして、僕もあの炎に身を焼かれればただでは済まない。


 崩れ落ちてくる天井に両手をかざして、そのまま振り下ろした。天井が真っ二つに割れ、落ちて砕けて、原型をなくしていく。


 それをまってましたと言わんばかりに、炎が火柱をあげ、僕に迫ってきた。


「そんなものは効かないよ」


 腕を振れば、炎は跡形もなく消えていく。マーヴァミネの苦々しい表情がこちらからでもくっきり見える。


「負けを認めたらどう?」


「ふふふ、どうして勝てるのにそんなことwしなければいけない」


「まだ勝てるつもりなのか?」


 どうやら、マーヴァミネにはまだ勝てる自信があるらしい。もはや彼に手は残っていないはずだ。


 呪いの炎は僕には効かない。どれだけ攻撃を繰り返そうと、向こうの方に限界が来て終わるだろう。


 ザッ


「……あっ?」


 変な音がした。そう思った瞬間、胸に変な感触を感じた。


 見れば、心臓のあたりから刃の先端が突き出していた。


「コフッ……」


 口から血がこぼれ落ちた。


 そして、やってくる胸を焼くような痛み。


 痛みを堪えて、背後を見やる。すぐ近くにミラがいた。長剣を持っていた手にはぬらぬらとした血がついていた。彼女は呆然としていた。


 なにが起こったのか理解できない、理解したくない。そんな表情だ。


「これが、お前の策か……マーヴァミネ」


 震える声でマーヴァミネに詰問すれば、ニヤリと彼は笑って頷いた。


「満足しただろ? 長年の戦友の手で倒れる……。感激で咽び泣きそうだろ?」


 とても愉快で、感情を抑えむことができずに、彼はひたすらに笑った。何がおかしいのか、わからない。反響する笑い声に、苛立ちを覚える。


 けれど、僕にはそれを咎める力は残っていなかった。


 強烈な痛みが脳を支配し、体が震える。寒さを覚えたからか。体温が落ちているように思える。


 こんな終わりでいいのか。そんな問いが聞こえてくる。


『よくないに決まっている!』


 心の中でそう叫べど、僕にできることなどほとんどない。


『奴を見返さなくていいのか?』


 声は再び僕に問う。けれど、僕にはもう力が残っていない。死が僕の近くに、まるで古い友人と合うようなきやすさで歩み寄ってくるのがわかる。


 僕はありったけの力を使った。


 光が空から落ちてくる。


 それは、『神の裁き』と名付けた魔法。けれど、その力はマーヴァミネに当たる前に消えてなくなった。


「お前の力はもはや掌握している。私にお前が栄える力はない!」


 劇場で高らかに、謳い上げるようなマーヴァミネの声が聞こえる。


 あぁ、こんな死に方があるのだろうか? 無念だ。怒りが、湧き出る。


 あぁ、自分でなくてもいい、誰かが、あいつを、マーヴァミネを、死に追いやってくれたなら。


 そう、強く願った。


 もはや、僕の知るマーヴァミネはいない。あれは、マーヴァミネではない。ただの愚かな人間だ。


 そうして、力を放った。


 誰かが、マーヴァミネを殺せるように。この惑星上の全てにいる人々に魔法を作れるような魔法を編みあげる。


 これは、僕の人生最大の魔法かもしれない。


 ふふふ、笑みが浮かぶ。あいつの、苛立ちを含む表情が目に浮かぶ。


 あぁ、あぁ、僕は死ぬだろう。けれど、僕のこの意思だけは、死ぬことはない。


 地面が傾いていた。遅まきながら自分が倒れたということを知る。目の前には血溜まりができていた。


 もう、体さえ震えない。痛みも感じない。


 そして──全てが、無に帰す音がした。




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