第9話 平和の崩壊




 かつて、この惑星を支配した生物はいない。今も昔も、そしてこれからも、永遠にない。


 そう、誰もが思っていただろう。いや、むしろそんなことすら考えもしなかっただろう。なにせ、この知識は僕がはじめてこの惑星で手にしたものであり、その情報を僕の国ではごく当たり前となっているが、そんな思想は出てきやしなかった。


 だが、今日この日。僕はこの惑星を支配したことを宣言した。


 僕にできないことはなかった。


 僕にこの惑星上で逆らえるものはもはやどこにもいない。


 この惑星は僕のために生まれた、そんな気さえする。自惚れている、と誰かが言ったとしても、僕は自分にはそれを実現するだけの力を手にしているのだ、と答えるだろう。


「ははは、この大陸ももう、僕のものだね」


 点在する人里、村、国々はそのままに、僕は世界を掌握して行った。言語を改めろだとか、文化を変えろだとか、そういうことは強制したりしていない。


 僕が“力”を見せれば彼らは黙って僕たちの属国となり、支配を受け入れた。


 そして、今日ついに、すべての人類の国々を支配するに至ったのだ。


 もちろん、少数でしか活動しないものたちは支配していない、というか支配できていないのだが、そんなことは関係ない。


 ほとんどの人類を支配するに至ったという事実こそが重要なのだ。


「ん〜、楽しいね」


「何が楽しいんだ」


 おっと、感動に浸っていてマーヴァミネのことに気づかなかった。部屋の前でつまらなそうに立っている。


「いや〜ねぇ。この惑星もついには僕のものになったな〜、ってね」


「そうか。それで、次はどうするんだ?」


 僕はその言葉を聞いた途端、雷に打たれたような気分になった。


「……次? 次はどうするかだって?」


 どうするなんて、決めていなかった。


 そんなことは露ほどにも考えなかったからだ。


「……」


 僕は黙ることしかできなかった。急に、自分がとても愚かしいように思えた。世界を手に入れたというのに、ちっとも嬉しくならなくなった。


「そうか、何もすることが見つからないのか」


「……マーヴァミネ?」


「お前は、いつも自分勝手だな。魔法を村の人に教えた時も、他国に戦争をふっかけた時も、いっつも楽しんでた」


 まるで、路傍に捨てられたゴミを見るような目で、こちらを見てくる。何が気に入らなかったのだ? 彼は、マーヴァミネは、自由な生活をできていて、不満など持っていないと思っていた。


「……それが、どうしたんだ」


 自分は引き攣った表情をしていて、声は震えている。


「お前は世界を自分のものにしたと言うが、それはお前の利己的で傲慢な欲を満たすためだけのものだ。お前は、やりすぎたのだよ。かつての想いは完全になくなった。今のお前はただの老害だ」


 マーヴァミネはそう吐き捨てて部屋を出ていった。すぐ隣で驚いた表情をしているミラがいたが、そんなことは頭から抜けてしまうほどに僕は頭が真っ白になった。


 訳がわからなかった。


 なにを間違えたと言うのか。昔も今も変わらずやってきたつもりだった。自分は誰にも尊敬され、感謝されていると思っていた。


 マーヴァミネが、僕のことをそんなに疎んでいたり、していただなんて思っても見なかった。


 信じたくなかった。


 彼とはずっと昔から、それこそ生まれてからずっと、苦楽を共にし、生きてきたと思っていたのに。


 裏切られただとか、そっちの方がどれほど良かっただろうか。彼が僕を見捨てたのだ。見限ったのだ。


 そんなことがあっていいのだろうか?


「……ミラ。どうしてだと思う」


 部屋の前で黙りこくってこちらを見つめてくる彼女に問う。


 返事を期待したわけではなかった。何かを口に出して聞いてもらいたかった。


「マーヴァミネには最大限彼の望む通りにやってきたつもりだった……。なにがいけなかったんだ。教えてくれ、ミラ……」


 息を吐いてミラは口を開いた。


「……わからないわ。けど、彼はこの国の民たちを思っていた。どうしてかわからないけど、彼は人が死ぬのを極端に厭っていたわ。あなたは、そんなことを気にしていなかったでしょうけど、それが、彼の何かを狂わせたのじゃないかしら」


 半信半疑といった口調ながらも、彼女の言葉には思い当たることがあった。


「ははは、はははははは」


 濁流のように罪悪感と悲しみの感情が押し寄せてきた。けど、どうしてそんなことを忘れていたのだろう。最初はみんなで素晴らしい平和な村を、世界を作ろうとしていたのに、どこかで歯車が狂ってしまった。僕のなにがそうさせてしまったのだろうか。僕のなにがいけなかったのだろうか。


 マーヴァミネに謝ろう。そうすれば、彼は許してくれるから。


 そう思った時だった。


 青空に一つの影が過ぎった。それは、一筋の煙だった。


 そして、それはあっという間に広がっていく、街全体を飲み込み、人が死んでいく。


 生きたまま、焼かれていく。


 悲鳴がそこらじゅうであがる。


 魔法でどうにかしようとする人がいるのに、それすらまともに発動していない様子だ。


 誰かが、そう、誰かがこれを画策したのだ。


 一体誰が……?


 炎が発生した中心には、一人のフードを被った男が立っていた。バサバサと、風と火の粉に煽られながら、悠然と立っている。


 空恐ろしい。


 『それは原初の恐怖か、知ることへの恐怖か?』そう問われれば、間違いなく後者と答えただろう。


 なぜなら、そこに立っていたのは……


「マーヴァミネ……」



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