第8話 亀裂




 魔法というものは便利だ。


 使い始めてから200年も経ったが、何度それを思ったのかは数えられないほどだ。


 魔法は村の人々に広まり、今ではなくてはならないものになっている。それほど、魔法が与えた影響は強かったのだ。


 水をいつでも使うことができることは、田んぼの水やりや日常生活において必要だし。火をいつでも出すことができることは、人々に勇気と力を与えた。簡単に風を吹かすことができるということは、砂漠の暑さに微かな安らぎを与えてくれる。砂を自由に動かすことができるということは、狩猟の時、畑を耕すとき、家を建てる時に楽をできるということだ。


 魔法は、それだけではない。怪我や病気を治せる。死産が起こることは無くなった。当たり前のように若くして亡くなっていった子たちが、長く生き延びるようになった。寿命が、100年を超える人も、多い。



 全てが、上手く回っている。



 私たちの暮らしは、もはやかつてのものとは比べ物にならないくらい良くなった。皆んなが、生き生きとして、日々を謳歌している。


 これ以上を求めるのが、どこか愚かしく思えるほどに。けれど、日々は目まぐるしく変わっていた。


 私たちは、辺り一体を支配する優れた民族となった。多くの人たちを導き、暮らしを豊かにし、いつしか村は、国となった。


「もう、200年も経ったんだね」


 この国で最も高い建物から見下ろせる光景は、綺麗に整えらえた街並み。そして、こちらを見上げる人は、深く私にお辞儀をしてくれる。全て、私たちがやったこと、気づきあげたことの結果だ。どこか、感慨深い想いが、胸に広がる。


「そんなに経ったか」


 気づけば、マーヴァミネが隣にいた。


 首筋に、切られた痕があるのは自分への戒めだというが、それがよりいっそう強面の彼を恐ろしく見えさせると、侍女たち言っていたのを思い出す。


「すごい時間が経ったよね〜」


 のほほんとした顔で後ろからワラオヌスが声をかけてきた。


 幾多の戦場を潜り抜けてきたというのに、こいつの性格はいまだになんも変わらない。


 自由気儘で、穏やかな雰囲気。こいつが怒った表情をしたのを最近はとんと見なくなった。それは、彼が成長したのか、怒るようなことがないのか。


 ……後者だな。


 最も確信に近いであろう回答を思いついたところで、ふと気になった。


「なんで2人がここにいるの?」


 今日は間違いなければ戦争に出かけていたはずだ。転移を使ったとは言え、そう早く返って来れるのか?


「マーヴァミネの気が立ってたから、一撃で終わっちゃったんだよ。本当は新人にも実戦の空気を体験させてあげたかったんだけどね〜」


「ふん、相手の猛り声に気圧されてる奴らばかりで、期待できん。それに、あんな茶番に付き合ってられるか」


「も〜、素直じゃないな〜。死にそうだからやってあげたんでしょ〜。過保護だよね〜」


 ニコニコと、ワラオヌスは面白そうといった感情を隠せずにいる。


「ふん」


 マーヴァミネは肯定も否定もせずに、視線を街へと逸らした。


「マーヴァミネ、照れちゃって〜」


 こいつらは性格が尖ってるな。


 私は、より性格が顕著になった彼らの行動を眺めながら思う。


「……わずらわしい」


 ポロリ、とこぼれ落ちたマーヴァミネの一言。けれど、ワラオヌスは慣れた様子で、「わかってますよ」といった顔をしている。


 私は、その様子を笑うのを必死で堪えながら見ている。


「けど、マーヴァミネ。わかってるよね。彼らにもちゃんと実践が必要だって」


「わかっているさ。もちろん。そうしなければ彼らは使えない人間になってしまう。それだけは、私としても避けなければいけなと思っているさ」


「違うよ。避けなければいけないなんて、弱腰なのはいただけないよ。彼らは積極的に戦ってもらわなきゃいけない。そのために、魔法軍人として育てたんだから」


「……そうだな」


「そうだよ。そうしなきゃ、僕たちもいつやられるかわからないんだから。近くの民族は僕たちが嫌で嫌で仕方がないらしい。毎年毎年飽きもせずにちょっかいを出してくる。その根性だけは褒め称えるしかないよ」


 そう言って、ワラオヌスは私たちに背を向けて、歩いていく。


 向かうのは、演習場だろうか。彼には、軍人を鍛えるということを毎日している。彼が魔法を作り出し、最も魔法に優れているからだ。


 どんな魔法も使える。それに敬意を評して、人々は彼を魔神と呼ぶ。恐れも混じっているかもしれない。なにせ、彼は昔と違い、どこか超然とした存在感を放っている。性格はほとんど変わらないのに、その存在感だけは、年を追うごとに強まっているのだ。


 私はワラオヌスを睨みつけるようにしているマーヴァミネを見つめる。どこか不満げなような、納得いかないような雰囲気だ。


 けれど、マーヴァミネもわかっているだろう。それが、ほんとうの正しさなのだと。


 私はワラオヌスの跡をついていく。なにせ、そろそろ休憩の時間は終わりだ。


 後ろからマーヴァミネの視線が注がれているのがわかったが、私がそれを無視した。


 この時、私は大きな間違いを犯していた。


 けれど、私がそれに気づくことは数年後のことで、もはや取り返しのつかないほど後のことだった。




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