第7話 文字
文字を作る、というのは思った他簡単ではあった。これを文字と言って良いのならば、だが……。
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ただ、目の前に書かれたのは明らかに絵であって、文字などではなさそうだ。というか、これでどうやって言葉にするんだ?
「これが文字か?」
そう、“絵”を書いたワラオヌスに言ってやれば、困ったようにニヘラと笑い返してきた。
「違うんだろ」
「そうとも言う」
「認めろよ」
「僕の不断の努力を?」
「さっき始めたばっか……」
これにはミラも呆れて苦言を呈しているが、もちろん、俺もそれには同意するしかない。というか客観的に見て、空を見上げればさきほどと日が全く動いていない内容に感じられる。つまり、とても短時間なのだ。
これが不断の努力に該当するなら、これほど楽な話はないと思う。
普段の俺の方が100倍努力をしているのではないだろうか?
「そんなに言うなら解決案があるんだよね?」
ついには思考放棄かと言いたくなる質問が飛んできた。わかるわけねぇだろ、と言いたくなる。
「知らないよ」
ミラが代弁してくれた。
「マーヴァミネも?」
「知らないさ」
「なっ、裏切り者! 君たちには失望したよ。しようがない。邪道だけど、これを使うしかないか……」
と言って、彼は演じるような手振り口ぶりをする。
「僕が手にした知識の中にある言語を当てはめるしかないね」
と、一から考えるより難しそうなことを言ってきた。
「で、どうやるんだ?」
「くっ、俺は諦めないからな〜」
そんなことを言いながら、自分の家へ駆け込んでいくワラオヌス。
本当にどうにかなるのだろうか? と考えていた1週間後、どうにかなったらしい。
目の前には、地面に文字(?)とやらを嬉々として書いて説明してくるワラオヌスの姿があった。
本当に作ったようだ。
「ふふふふ、すごいだろ」
驚いた俺の表情を満足げに見て、自慢してくる。
拳をぶち込みたくなる表情だ。
「ほら、これが『炎』だよ。書いたらどう?」
ワラオヌスはミラに尖った石を渡す。それで書けということだ。彼自身もそれで書いていたからだろう。
「はいはい」
呆れながら、彼女は文字を書く。
そして書き終わって────
「何も起きないよ?」
ミラが言わずとも、結果は明らかだ。
「……あっ、魔力の使い方の説明を忘れてた!」
「……おい、まだ忘れてることあるんじゃないか?」
「そ、そんなことはない、よ?」
キョロキョロと、忙しなく動く瞳を見れば、それは明らかな嘘だとわかる。というか、分かりやすすぎるだろ。
無言で見つめる。ミラも心なしか、いつもより冷たい視線を向けているように思える。
そして、沈黙が続く。長い、長い沈黙だった。
ついに沈黙に耐えきれなくなったのか、ワラオヌスが口を開いた。
「じ、実は、言葉自体にも概念付与ってできたんだよね……アハッ」
言葉自体にも、概念付与ができた? それは、つまり……
「文字を考える必要なんてなかったってことか?」
「ハッハッハ……。そうとも言う」
最後の一言はとても小さく、しかし俺たちが沈黙しているなかではとても大きく聞こえた。
さてと、このバカをどうしてくれようか?
散々、文字が必要な雰囲気で、一週間も文字を作るために家の中でこもって作り終えてから、必要ありませんでした、と宣っている。
別に、自分たちにはなんの損害も被っていないのに、この疲労感はなんだろうか。
文句をいいたくなる。
「ま、まぁ、とりあえず、魔力を使えないと、意味がないから。ね?」
明らかな話題逸らし。これにのってやろうか、と考えていると、先にミラが「それなら、早く教えて」と、言っている。
押しの強いその言葉に、気圧されながらもワラオヌスは話し始めた。
「え〜っと、まずこれからミラに魔力を流すので、少し不快感を感じると思います。それが、魔力でそれを自分の意思で動かせるようになったら、魔法(?)が使えます」
とても事務的で、感情のこもっていないそのイントネーションと言葉遣いは傍に置いておいて……
「俺にはしてくれないのか?」
不満げに、言ってみれば、あぁ、忘れていたという顔をしやがった。
「やりたいの?」
意外だとでも言うような言葉で、俺たちを見ているミラも少し驚いたような表情をしている。なんでだ?
「ここまで来てやらないほうがおかしいだろ」
そう言えば、確かにと言った表情の二人。そんなに俺の反応が意外だったのか? 二人して、俺を何だと思っているんだ。
「まぁ、それならやろうか、それじゃあ、手を出して」
そう言って、ワラオヌスは手を差し出す。その手に、重ねるようにして手を置く。
「それじゃあ、いくよ」
ワラオヌスはとてもいい笑みを浮かべた。
それに、気を取られた瞬間、言いいようのない、怖気と、濁流のようなナニカに意識が消え入るようになっていく。そして、気づく。それは、自分がなくはていくような恐怖なのだと。
そして、強大な力の塊に触れた気がした。そして、それは同時に知識の塊でもあった。
たった少し触れるだけで、ありえないほどの知識と、力とがえられたような気分になる。
それは、心の臓を潰すような恐怖と同時に、恐ろしいまでに私を引きつけてやまない。
あぁ、これが自分が手にできたら、どんなに良かったか……。
「あぁ、ごめんごめん、ちょっとやりすぎたかも」
気づけば、手は離れて、目の前にはワラオヌスの顔があった。いつもと変わらない憎たらしい、ニコニコとした顔だ。
「ちょっとやりすぎた? ちょっとじゃないでしょ!」
そうワラオヌスに詰め寄るミラを眺めながら俺が思っていたのは、あの力だった。
あの、誰にも心を屈することを強要するような、そんなあの力だけに、俺の思考は支配されていた。
あの力をどうしたら、手に入れられるのだろう。ただそれだけが、俺の中で短いながらの人生の最大の問題となって立ちはだかったのだ。
ただ、それは俺にとってとても面白いものに思えた。
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